瓦版 第26号

≪ 日 々 挑 戦 ≫

 2011年 3月 11日 東日本を中心に大規模な地震と津波、地震と津波に誘発された原子力発電所の事故、その事故も想定の域を超えたものとなり、国民生活が脅かされるものとなりました。
総てが、想像を絶するものとなりました。
日本国土の一部分が機能しない状況になりました。
亡くなられた方々、不明の方々、家族との再会が出来ない方々、多くの悲劇を齎した大災害です。
残念ではありますが、亡くなられた方々に心より追悼の意を表するところです。

しかし、大災害の地域で暮らしてこられた方々は、今、懸命の我慢の下、生活の再建をお考えの事と察するところです。
今、自分に出来る事は何かと考え、此のたびの大災害から立ち直ろうとする方々への支援をして行かなくてはならないと強く思うところです。
此のたびの様な大災害が、今、私が暮らすところに起こらないとの確約はありません。
逆に、あると考えるのが、地震国日本の現実です。
11日の地震の折、東京では長い横揺れが続きました。
その揺れを感じながら、私自身、次の行動を取る事に迷いました。
地震を感じた時の基本的行動、自分が取るべき行動を再確認しなくてはならないと強く感じました。

11日当日は定例区議会最終日の為、議会は余震が続く中で本会議を終了しました。
議会終了後、地元に戻り地域の様子を見て周りました。
小学校の様子を午後7時過ぎに見に行きましたら、帰宅困難者の家庭の子供たちが校長先生と非常食のカップ麺を食べており、ほっとした思いをしました。
親御さんが帰宅出来ず、学校に泊まった子どももいたと聞いております。
又、近くにある障害者の作業所に行くと、やはり家族と連絡が取れない通所者が待機しておりました。
連絡が付きやすいと考えられた、携帯電話の回線が地震直後パンクする事態となり、便利といわれる中でもろさを感じました。
災害時の帰宅に関する取り決めの難しさを感じました。
又、小中学生の登下校時や障害者の通所途中で災害が発生した場合の対応の難しさを感じました。
阪神淡路大震災等の大規模災害は様々な教訓を私たちに与えてくれました。
此のたびの大地震は、国難と言える試練を私たちに与えました。
国民一人ひとりが、自分に出来る事、協力できる事を積み上げ、国の復興に協力する事が大切と思います。




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