瓦版 第20号

≪ 日々挑戦 ≫ ホームページをご覧頂きありがとうございます。
ホームページ巻頭にあります『熊さんの一言』に私の日々の思いを寄せておりましたが、『熊さんの瓦版』が疎かになりました。
申し訳なく思います。

私のプロフィールに、中学時代から始めたハンドボール競技の事が記してあります。
今、区議会で活動を続ける中、私はスポーツを通して学ぶ教育があっても良いと思う一人です。
幼児教育に始まり高校大学と学びを続ける中で中学校から教育の一環として部活動が始まります。
スポーツに限らず文化部においても、勉強以外に自分の持つ可能性を見つける場として部活動があります。
部活の顧問、先輩、同輩、後輩を通して人間関係を学ぶ場として、スポーツや文化を通して自分を磨き、挑戦の場を見出す事が出来る場として、半分大人になりかけた中学生、もう大人と言われる高校生、最高学府の正しく人間形成の場として、成長と共に段階的に人の生きる道、人生のヒントを得るのが部活動と私は思うのです。
学問以外の人間学の履修を行う場と思うのです。

少子化の中で、中学校の生徒数が減り教師の数が減る中で、部活動の顧問を務める教師が少なくなり、部活動が上手く機能しない学校も出てきている様子です。
22年度予算特別委員会で、私は、中学校の部活動を取り上げ、質問をする中で、「公教育における部活動の顧問制度は世界にも類の無い制度であり、子供達の教育の一つとしてこの制度は大切にしたい。」との答弁を教育長より受け、又、所管からは顧問制度を維持する中で、部活動コーディネーターや外部指導者制度の確立、合同合宿の計画など様々な施策を進めているとの答弁を受けました。

少子化の中で、公教育に学ぶ生徒達のスポーツに関わる形が変わり始めています。
顧問制度と外部指導者、取りまとめる部活動コーディネーターと教育委員会四者と、地域の応援団も含めた環境とより良い指導体制が出来上がれば良いと願うところです。
学習塾と同じ様に民間のスポーツクラブがあるのも事実ですが、中学時代に同じ地域から通う仲間と築く、スポーツを通しての学びは大切と思うのです。

手前味噌と指摘を受ける事かも知れませんが、杉並区はハンドボールにおいて大変輝かしい歴史を持っております。
戦後間もない、11人制の関東大会や東日本大会で優勝をし、7人制のゲームになってからも、都大会で上位にランクされておりました。
区の教育委員会や、スポーツ振興財団にその歴史をたどる事は出来ないと思いますが、戦歴とファイターを生んで来たのは確かです。
それから、競技は違いますが、区役所の隣にある阿佐ヶ谷中学のバレーボール部に優秀な選手が集まっていた事を知っている人も、もう少ないと思います。

先日、60年近く前に宮前中学でハンドボール部に所属したOB、ライバル校であった高井戸中学、後から出来た富士見丘中学校でハンドボールを始めたOBの方々十人と、NPO法人でハンドボールの普及に努めているプロハンドボラーや、日本協会のハンドボール指導者を招いて、夢再びもう一度と題して小さな会を開きました。
とにかく、身体はとっくに動かなくなったのに当時の情熱は消える事無く話しが弾みました。
又、当日は1964年東京オリンピックの聖火ランナーを勤め、当時走り幅跳びの中学記録や100メートルを10秒7で快走したオリンピック候補で富士見丘中学校ОBの小作さんも参加し、当時日本陸連が行った東京オリンピック強化合宿の興味深い話を披露して頂きました。
60歳を挟んだ年齢や70歳を越えた極々普通のおじさん達が中学時代に体験した部活動を熱く語る姿は中々で、今、中学校で部活動に熱中している生徒達との対話が今後出来たら良いと思いました。

後日、NPOの指導者やハンドボール協会の指導員と区内中学校に周知を行い、富士見丘中学の施設を借りて、ハンドボール教室を開きました。
日本リーグや世界選手権に出場したトップ選手も当日参加し中学生も実り多い一日を過ごしたのではないかと思っております。

スポーツ、音楽、ものづくり、様々な文化を通して、自分の限界に挑戦し人生を切り開く力を身に付ける大切さを、議会活動を通して声を上げて参りたいと思います。




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