瓦版 第14号

今回の瓦版は、私の家族を少し紹介したいと思います。
先ず、父親の事を少し紹介します。

紹介と申しても、父親は4年前に85歳で他界いたしました。
大正9年に久我山の農家の次男として生まれ、父親は世相の中、職業軍人として身を立てる事を考えたとの事です。
農家の次男坊ですから、陸士は夢で、下士官の軍人として身を立てる事を目標としたと聞きました。
生まれ育った地域名士の後押しもあり、近衛師団第一聯隊に入隊し、後に憲兵隊を志願し入隊後は宮様の警護に付いていたとの事です。
宮様の名前は聞いておりますが此処では伏せておきます。
宮様と私語を交わす時もあり、大変貴重な経験をしたと晩年には話しておりました。
8月15日の玉音放送が行われる前日14日からは、宮様の御付で大本営に詰め日本の一番長い日と言われた時の狭間を体験したとの事です。

 終戦後、父親は戦犯の扱いを受け公職等には就けず、自営の道を選び、戦後復興の中多くの苦労を背負いながらも、新しい国づくりの中を駆け抜けた様に思います。
 
職業軍人上がりの一本筋の通った人でした、未だに父親の正義感には及ばないと思うところです。

本当に、何も無かったと聞きました。
戦後、店を始め様にも資金も品物も何も無く、住む家を建てるのも大変で、ゼロ以下から良く此処まで生きて来たものだと、晩年父親は話しておりました。

 商売を始めた頃、理解あるお客様が父親を見込んで品物が中々揃わない時でも、一年分の代金を前払いしてくれたと聞きました。
借金をして借用書に利息を書き込むが、返済の時には、利息代わりに一杯のコップ酒で済ませてくれた人がいたそうです。
日頃の父親の生き様の中で許された事の様です。

 一生懸命生きていると、救われる事が有ると思います。
人柄や生き様は意識して創れるものでなく、自然に体の奥底から湧き出て来るものだから自分以外の人にしか分からない不思議な力と思います。
 今、社会は大変厳しい経済状況の中にあります。
日常的な消費に関しても、多くの人達が必要最低限の消費をしている様に思えます。
なお厳しい状況を思い巡らし、今後に備え出費を控えていると、私なりに判断をしています。
 
 地域の多くの人達が危機感を持つ時こそ社会の結びつきが強くなる様に思えます。
経済が順調に拡大すれば消費も拡大しますが、人の心が散漫になってしまう様にも思え、豊か故に我が儘が許され、社会の結びつきが拡散してしまい、好き勝手な社会になってしまいます。

 多少の不便、不自由、窮屈さや、多少の不景気感が漂う中でこそ、厳しいけれど、人それぞれの人間性が発揮され、生き甲斐が見出せる様にも思えます。

 職場を無くした方、経営に苦しむ商工業の方、経済的に窮地に追い込まれ生活が苦しい方もおられます。
行政に於ける福祉、教育、医療等の真価が問われる事になります。

 杉並区は、健全な財政基盤の下、安定した区民生活の維持に努めて参る事と考えられます。
しかし、区の財政も今年度以降税収は下がって参ります。
維持すべき施策を堅持し、区民が納得する予算執行を行う様、地域の代弁者として、意見を述べて参ります。
行政の批判ではなく、地域の思いを伝える中で、区民生活の為に、確り守るべきものを守って参ります。

 未曾有の危機と言われるピンチを地域の結束に結び付ける事が出来ればと思う次第です。

 安心、安全、活力のあるまちづくり  穏やかな区民生活をめざして




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