2018年08月24日 台風で心配される都市型水害

 この8月は、台風情報が気になって仕方ない日々が続いています。
昨日からは、台風20号の報道が続けられています。

今、正に、台風の被害に遭われ生活に支障をきたされておられる皆様に、心からお見舞いを申し上げる次第です。

東京は、今のところ運よく台風の直撃はありませんが、大雨情報が気になります。
都市特有の雨による被害が心配されます。

私が暮らす久我山では、先日も、久我山駅周辺の洪水の様子がニュースで取り上げられました。バリアフリー化が進む駅では周辺の道路と同じ高さに設置されたエスカレーターの乗り場に雨水が押し寄せ、エスカレターより低い所にある機械が水没し故障して仕舞う悪循環が繰り返されています。

時間単位の降水量が50ミリを越えたり、短時間に、先日は、10分間に15ミリ程度の降水量がありましたので、久我山駅周辺の下水管の整備状況では許容範囲を越え、下水管が雨水を吸い込みきれずに地表に溢れてしまい、内水氾濫等を引き起こします

久我山駅は、地形的にすり鉢状の底の部分にあり、降水量が多い時には、駅に通じる坂道に降る雨が側溝等に流れ込まず、勢いを増して路上を川の様に流れ久我山駅周辺に押し寄せてしまう悪条件が重なります。

この間、区議会では久我山駅周辺の治水対策について、質疑がなされ対策を講じて来ましたが、今だ抜本的な改善に至っておりません。
区は、久我山駅周辺の治水対策は喫緊の重要課題として取り上げて参りましたので、地域の安心安全の構築の為に確りと声を届けて参ります。


2018年08月01日 近況

七夕から6日間を残しておりますが、あっと言う間に一ヶ月間が過ぎました。
7月5日の「熊さんの一言」に、光陰矢のごとしと書き込みを致してから、この間の月日の流れは、さらに加速度が増した様な気がします。

区議会議長に就任し3期12年に渡り経験してきた議員生活とは別の忙しさと責任を感じております。職務を精一杯努めさせて頂いておりますが、まだまだ足りないところが多く正直申し上げ、多少自信が付きつつも落ち着かないと言う気持ちでおります。

23区議長会において、東京23区清掃一部事務組合議会の議長を仰せ付かりました。
輪番制なのですが、慣れない世界に入って初めから突然と言う様なところも在りますが、事務組合の方々との丁寧な打ち合わせを通して議事進行を進めさせて頂いております。
思いもかけない重責ではありますが大変有意義な勉強をさせて頂いております。
正に、日々勉強、日々挑戦と言える実践の日々と考えております。

先月、天の川を渡る織姫と彦星、一年に一度、七夕の夜にしか会えないと書き込みをしました。一年に一度しか会えない、一年に一度は会えるのだから、一年経てばまた会える、色々な考え方があります。本当は毎日会える事が出来れば嬉しいのでしょうが、織姫と彦星は、仕事を疎かにして毎日会ってしまい、神様が一生懸命に仕事をし、一年に一度、二人は会いなさいと諭されたとの言い伝えがあります。

さて、区政においても、一つの施策を作るに当たって様々な角度から多様な議論が交わされ、区民生活の向上に向け施策が作られて参ります。
今朝、一日号の区報を読んでいると、区民向けのスポーツ教室やスポーツグループ作りに関する情報が沢山掲載されていました。子供向けに元Jリーガーのサッカー教室の案内もありました。ありとあらゆるスポーツ情報と感じました。
区報の一面には、ビーチコートを一施設とする新装永福体育館の案内がありました。
スポーツに関する沢山の情報が掲載され、今後、区が進め様とする総合型スポーツクラブや地域と中学校部活の融合など、社会のスポーツの在り方が根本から変わる様なスポーツ施策は、地域に入り込んで行けるのかと、正直、不安さえ覚えました。

「一つひとつの積み重ね」を大切に・・・と、改めて感じた次第です。


2018年07月05日   「もうすぐ七夕」

 光陰矢のごとし、月日の経つのが本当に早く感じるこのごろです。

今年も半年があっという間に過ぎました。
一日一日の積み重ねであり、皆が同じに過ごす24時間なのですが、議長に就任して以来決して忙しさを理由にしている訳ではありませんが、慣れない仕事が増え落ち着いていられる時間が少なくなり時間に追われている様な思いになる時が、正直、あります。

「もうすぐ七夕」と題しましたが、私の新たな忙しさと七夕が結びつくものではありませんが、七夕の話に織姫と彦星の二人が一年に一度会う為に一生懸命働く行があります。
一年前、私は、どの様な七夕を迎えていたのかなと昨年の「熊さんの一言」を見ると、昨年の6月に母を亡くし、特養での看取りや保育園の整備で問題になった公園の転用について書き込みを致しておりました。

この度、区長選挙が行われましたが、私は、保育の整備を進めて参った事、基礎自治体として現状、地域の生活に欠かせない保育整備がぶれずに進められた中で田中区長の三選が認められた事に安堵を致しております。
引き続き保育施策の充実と介護施設の増設が進められる事を望んでおります。

話題は移りますが、我が家は神道です。一昨日、母親の一年祭の神事を済ませました。
神道でも一年に一度、お盆の仏事の様に神様が生前暮らした家に戻ります。
我が家の神道は、富士山を信仰するもので、死後一年を掛けて御霊は富士山に帰ります。今年、母の御霊は富士山に帰り神様になりました。

今年は、先立った父と母が久振りに出会い、二人の神様が我が家に帰ってきます。
七夕ではありませんが、我が家で一年に一度の出会いです。
家族皆で二人の神様をお迎えしなくてはと思います。
家族四世代が一つ屋根の下に暮らした時期が懐かしく思い出されます。





2018年06月04日 間もなく三週間になります。

5月18日の臨時区議会において区議会議長に就任致し、皆様にお伝えをさせて頂き間もなく3週間になります。

正直、申し上げ、落ち着いたとは、まだまだ言いがたい状況にあります。
議場では、今まで理事者と向き合う状況でしたが、今は逆に、区議会の全議員と向き合う状況にあります。これまで、一般質問を行う為に壇上に立ち区議の方々と向き合い質問文を読み上げて参りました。その時は、議場がとても広く感じ、46議席ある区議の方々がとても大勢に感じておりましたが、図らずも議長席に座り、区議の方々と向き合うと議席に座られている区議の方々が不思議と近くに感じるのです。
傍聴席も一段高く、遠くに感じていましたが、不思議と近くに感じます。
広く感じていた議場が繰り返しになりますが、不思議と狭く感じております。

元より浅学菲才、これまで区議会における活動や質問においても、自身の足りなさに気づき、正直、我が意を伝える事との難しさを痛感致して参ったところがあります。
議長の大役は・・・と、様々考えた時もありましたが、区議会のご信任を頂き議長席に初めて座りました時に、私は、自身の足りなさも全てをさらけ出して真正面から議長の職務を務めて参ろうと思いました。

幼稚な考えと思う方がおられると思いますが、精一杯努めて参る所存です。






2018年05月28日 平成30年 第2回・定例区議会が始まります。

 明日、5月29日・火曜日から第2回・定例区議会が始まります。
いつもですと一般質問の準備に追われていますが、前回の「熊さんの一言」で触れました様に区議会議長に就任を致し、続けてきた一般質問が中断する事になり少し残念な気持ちではありますが、議長の大役を確りと務める事が大切と考えております。

5月18日の臨時区議会において議長席に座り議事の進行を行いましたが、いよいよ明日から本番が始まるとの思いでおります。一つひとつ丁寧にとの思いでおります。

この間、区内各種団体の総会に出席をさせて頂き、区議会議長としてご挨拶の機会を頂いて参りましたが、私の意とした事を皆様に伝える事が出来たのか心もとなく思うところです。何事も一つひとつ丁寧にとの思いでおります。

区民の皆様が、日々の生活の中で、暮らしやすい住みやすい杉並、そして、杉並の安全安心を実感して頂ける様、平成最後の区議会議長を務める事が出来ればと願っております。











2018年05月20日 臨時区議会が行われました。

5月17日、18日の両日に臨時区議会が行われました。
18日の臨時議会において、平成30年度・区議会議長に、私、大熊昌己が就任いたす事に決まりました。

微力ではありますが、誠心誠意、公平中立に議長の職務を務めて参る所存です。
何卒、宜しくお願い申し上げます。


2018年05月06日 ゴールデンウィークも終わり

ゴールデンウィークも本日で終わりです。
我が家で過ごす時間が多かったゴールデンウィークであった様に思います。
何かやり残している事があるのではないかと心配をしたり、連休前から連休中に片付ければ何とかなるなどと考えていた事もありましたが、一日に一つか二つの仕事を片付けるのが精いっぱいの連休でした。あれもこれもと考えますが体がついてゆかない年齢になっている様にも考えるところです。
孫たちが泊りに来たので何となく忙しく感じていましたが、その孫たちも高校生、中学生になり、お爺さんの役目を改めて考えたりも致しましたが、孫たちが我が家の中をうろうろしているのは嬉しいものです。しかしその分、家内は大変ですが満更でもない様です。

さて、本日は、東京2020オリパラ啓発活動が東京駅丸の内口前で行われていましたので見学に行きました。
パラ競技の紹介が多く関心を致しました。6月にボッチャ競技の紹介活動を予定しておりますので大変参考になりました。

一つ一つの積み重ねが大切であると感じました。
明日からの議員活動、一つ一つ頑張って参る所存です。


2018年04月21日 間もなくゴールデンウィーク

間もなく5月、あと一週間するとゴールデンウィークに入ります。
新年度を迎え、あっという間に最初の一ヶ月が終わりを迎えます。
平成の元号も一年後には変わるとの報道がなされています。
平成最後の一年の一ヶ月が終わります。
国民誰もが今までに経験のない一年が過ぎて行きます。

つい先日まで満開の桜を目で、そしてまちは新緑へと様変わりをしています。
本当に気持ちが良く緑がきれいな時期になりました。
新入生、新社会人、毎日が緊張の連続と思います。ゴールデンウィークには大きく深呼吸をと願うところです。五月病と言われる沼地に足が奪われない様に前向きにと願ってやみません。一歩、一歩ずつ山を越え谷を越えて・・・・と、この4月に中学生に高校生になった孫たちの事を思い、50年以上も前の自分自身の心細さを思い出しております。



2018年04月15日 新年度、新学期が始まって一周間

 新学期が始まり一周間が過ぎました。
担任の先生が変わったり、新しいクラスメイトとの出会いがあったり、この一週間は児童や生徒に取って緊張の連続であったと思います。
小学校へ、中学校へ、高校へと進学し新しい世界が開け、これからどんどん夢が広がって行くのだろうと思います。その夢を実現する為には一人一人の努力が必要ですが、何か後押しが出来ればと自分自身の孫たちの成長を見る中で感じております。

私自身は、ホームページに何回も書き込んで参りましたが中学生時代、部活が楽しくて楽しくて勉強はそっちのけの部活育ちと言える様な中学生時代でした。
次の部活動の日が待ち遠しくて仕方ない思いでした。

中学校を卒業して50年が過ぎました。
中学校の部活に限らず、その後、社会人となってもスポーツを通して多くを学んで参りました。スポーツの精神性とその力を信じ自分自身が生まれ育った杉並区の区議会に参画し部活動の活性化について声を届けている自身に運命を感じております。

新年度、新学期、新たな区切りの時を迎え、新たな環境の中で人生の階段を一段登ろうとしている人、一段登る事が出来なくとも一歩いや半歩でも前進を目指せば良いのでは、一人ひとり生活環境が違い、皆、様々な環境の中で前へ進もうとしている、私自身は人生の一歩を進むのに時間が掛かるところがあります。
新年度も一歩一歩と考えております。




2018年04月07日 入学式

前回は、卒業式の事を書き込みました。今日は、入学式です。
昨日6日には、母校である高井戸第二小学校の入学式に出席をさせて頂きました。
本日7日には、やはり母校である富士見丘中学校の入学式に出席をさせて頂きました。

昨日の小学校入学式に臨む新一年生からは、可愛らしさやあどけなさが見受けられ、先ずは、楽しく小学校生活に慣れて欲しいと感じました。
小学校生活のルールを覚え、ルールに慣れ、6年間の小学校生活を一歩一歩歩んでもらえればと思いました。

3月に行われた小学校卒業式において、私は、6年間の義務教育を終える子供たちの成長に希望を感じました。本日行われた中学校入学式では、皆、その希望を胸に入学式に臨んでいるのだろうなと思いを巡らしておりましたが、入学式会場で新入生を迎える2年生3年生の先輩たちがとても大きく見えました。
私は、中学生を半分大人になる時期と考えております。部活動など通して先輩達とのコミュニケーション、部活を通して顧問の先生方との師弟関係の勉強も出来ます。
人生勉強の第一歩が中学校の生活にあると、私は、考えております。
頑張れ新一年生と心の中でエールを送り、校歌を心を込めて歌わせて頂きました。


2018・3・24 卒業式

昨日、23日は、区立小学校の卒業式でした。
私は、母校である高井戸第二小学校の卒業式に出席をさせて頂きました。
一周間前の16日には、やはり母校である富士見丘中学校の卒業式に出席をさせて頂きました。中学校、小学校と二週続けての卒業式でした。

二つの卒業式を比べる訳ではないのですが、中学校生活の3年間の成長と言うものをとても感じました。昨日は、小学生の6年間の成長も大きなものがあると感じましたが、中学校生活の3年間は、身体的な発達も著しく大人へ一歩近づく成長期であり、頼もしさを感じます。小学校を巣立つ卒業生には、希望を感じます。

私が中学校を卒業をしたのは50年前です。もう50年が過ぎたのか、50年が過ぎ去って仕舞ったとは決して思っていませんが、長くもあり短くもある50年です。

私は、中学生時代、高校生時代、部活に明け暮れ厳しい練習に幾度もへこたれましたが、今となっては、総てが良き思い出です。
さらに、私は、大学、社会人と、部活、スポーツ人生を送りました。その間の人生で積み残したものもあります。確かに積み残したものはありますが、一生懸命だったので悔いはないと言えます。一つの事に精一杯打ち込む事、その心が人生を切り開き、苦しい時に自身を奮い立たせ助けてくれると思うのです。

私事ですが、この春、孫が中学校を卒業し高校生に、その下の下の孫が小学校を卒業し中学生になります。母校の卒業式では、孫たちの姿を思い浮かべたりもさせて頂きました。
そして、今年も、小中学校、母校の校歌を心を込めて歌わせて頂きました。


2018・3・15 議会最終日

 2月9日より行われた定例区議会の後に、3月2日より30年度・予算特別委員会が開れ、昨日、各会派の意見開陳が行われ、本日、予算特別委員会における予算の裁決が行われ賛成多数で30年度予算が決まりました。

この間、質問の原稿作りなどにおわれ、中々、ホームページの更新が出来ませんでした。
今日は、本会議が午後から行われますので、午前中に更新の準備をしております。

田中区長が示す、基礎自治体の第一は「区民福祉の向上にある」との形で30年度の新予算も議論が進められた様に私は承知を致すところです。

持続可能な財政と区政、誰もが安定した区政を求めています。
住宅都市杉並としての安心安全を確保し、暮らしやすい、住みやすい地域の安心安全も確りと築く事が大切です。
これからも区議会と行政に地域の声を届けて参る所存です。




2018年02月17日 平成30年 第一回定例区議会

 2月9日より、第一回定例区議会が始まりました。
冒頭、田中区長から30年度の取り組みと、その予算案が示されました。
年初の議会ですので、各会派の幹事長による代表質問があり、2018年・田中区政に対する質問が行われました。
今年は、6月に区長選挙が行われますので、田中区長から三期目を目指すとの決意が示されました。
私が所属する、杉並区議会・自由民主党も代表質問において田中区長の三期目を支持致しました。
私も、真の区民福祉の向上に向けた田中区長のリーダーシップに期待し、三期目の選挙に向けても支持を致して参る所存です。

さて、この度の定例区議会一般質問において、私は、三歳児健診における視力検査と文科省が示した部活動の骨子案について質問を致しました。
その質問文を下段に掲載を致しましたので目をお通し頂ければと存じます。


2018年01月04日 新しい一年が始まりました

一月四日、仕事始めですがまちはまだ静かです。
お正月気分がもう少し長引きそうな気がします。
我が家の前を通る都道・人見街道も自動車や人の往来がまばらです。

今年の元旦は、昨年末、大晦日に行われた氏神様の大払いのご神事に続いて元旦祭に参列をさせて頂き無事に年越しを済ませ新年を迎える事が出来ました。
その後、我が家は神道ですので両親が永眠する墓前に松とお榊をお供えし家族皆の無事をお願い致しました。

この4月に私は65歳になります。
いよいよ高齢者の仲間入りですが、高齢者の定義が65歳から70歳、或いは75歳に引き上げられる議論も進められているとの事です。
そもそも60歳が高齢者の定義であった時代があったはずです。
年金の支給開始に合わせる為の超現実的な問題も見え隠れしている様でもあります。
少子高齢化が進む中で高齢者の定義が社会保障の財源が厳しくなる中で引き上げられていく事で良いのかと思います。
65歳以上の方が、働く事が身体的にも能力的にも厳しいと誰もが異口同音に申している訳ではなく、65歳以上の方が誰でもが活躍出来る働く事が出来る社会かと言えばその環境は整っていない様に私は思います。先ずは、環境づくりを願うところです。

本日から区役所も始動しました。
少子高齢化が今年も一歩進みます。
区民福祉の取り組みがより一層大切になります。
私が暮らす地域の実情を把握し、この一年、区議会活動に確り取り組んで参る所存です。



2017年12月29日 新年に向けて

今年も残すところあと僅かとなりました。
明後日は大晦日、氏神様では大払いの神事が行われます。
一年の罪穢れを払い心新たに新年を迎える事が出来ればと思っております。

年が明け、2月の中旬から第一回定例区議会が始まり続いて予算特別委員会が開催され、平成30年度の新予算が審議されます。
予算に占める割合が大きい区民福祉関連の保育施策や高齢者施策について議論が重ねられれて参ります。又、待機児童が増えている学童クラブの整備、そして、2020年・東京大会に向けた取り組みが本格化して参ると思います。

地域の皆様にご信任を頂き区議会に参画をさせて頂いて参りました。来年も地域の声を議会に届け地域の声が皆様の目に見える施策となる様、確りと議会活動に取り組んで参る所存です。







2017年12月18日 まもなくクリスマス

平成29年の定例区議会が終了し、まもなくクリスマス、孫たちへのプレゼントを何にしようかと心配をする時期になりましたが、孫たちは高校受験や中学校の部活に忙しく、お爺さんは何となく取り残されていく様な気もしますが、クリスマスプレゼントを心配するよりも受験や部活を通して育っていく孫たちに頼もしさを感じています。
来年から中学校に通う孫も兄たちに負けまいと一生懸命と言うのか張り合っているとでも言うのか自己主張が確りしてきました。孫たちの成長を通して色々な事を教わっています。孫たちと会った時、私は、たまに孫たちの身体に触れてみる時があります。
張りのある筋肉に漲る若さを感じます。誰にでも平等に可能性がある、頑張れ、頑張れとの思いで背中をなぜてあげます。孫たちと別れる時には必ず握手をします。
本当に、爺さまは孫たちから幸せをもらい感謝です。
孫たちへのクリスマスプレゼントの心配が、今は、逆に孫たちから幸せのプレゼントをもらう様になりました。


2017年12月08日 「区の顔の見える窓口」

12月6日(木)に平成29年・第4回定例区議会が終了しました。
日時が過ぎるのが本当に早く感じます。
今年も残すところあと僅かとなりました。

この度の定例区議会におきましても一般質問をさせて頂きました。
「地域に区の顔の見える窓口」が必要と声を届けました。
区民サービスの初めの一歩とでも申しましょうか、区民の誰でもが安心して身近な所で行政と様々な面でコミュニケーションが取れる窓口が必要と思います。区は、仕事の効率化を進める中で出張所や区民事務所を減らし、電子化による証明書の発行等をコンビニ等でも行える様にして参りますが、高齢化社会を迎える今日に在っては、むしろ逆に、区の顔の見える窓口が必要と私は考えます。

高齢化が進む中で、区民が行政に対して気軽に安心して何でも相談できる窓口が地域の生活の場に必要です。私は、今後進められる地域施設再編整備計画においても設置の検討をと願うところです。


2017年11月18日 中学校の部活

今日の朝刊に、中学校の部活について記事がありました。
部活顧問のなり手がいない、顧問になっても部活の指導が出来ない、翌日の授業の支度や授業以外の事務対応が多くて部活の指導する余裕がない、生徒の側にも問題がある様で、練習の日数が多すぎるとの事である。
教師の側は、部活に専念する時間がないとの事、生徒からは、部活の日数が多いとの悩みがあり、互いに相反する悩みと私は思います。

私は、議会で「部活育ちの私には」と質問の原稿を読む時があります。中学生の時、部活の日が楽しくて、待ち遠しくてとの思いでした。当時から、もう40年が過ぎていますが、部活は週に三日あれば良い方でした。顧問の先生が熱心でなかったと言う訳でもなく校庭の使用を振り分けており、それしか出来なかったのだと思いますが、心の底から、身体を動かす事が楽しかった時代を過ごしました。

今、スポーツを始める年齢が低年齢化していると思います。スポーツに接するチャンスが増え、専門的指導を受けるチャンスも増えています。
国内のスポーツ競技団体は世界のトップレベルを目指す為、小学生の全国体を開催しています。中学生においても同様で、全国各地で専門的な指導をするジュニアチーム作りも行われています。これらは、直接、中学校の部活とは結びつきませんが、社会全体でジュニアスポーツの底上げをし、スポーツにおける国力を上げる仕組作りがあります。その様な中で中学校が本来進めてきた部活の在り方が維持出来ないところもある様に思います。
私は、中学校までは、全国大会などそんなに気にせずとも良いと思うのです。サッカーのJリーグの様にクラブチームも活動をしています。各競技団体が目指す頂点強化策と中学校の部活が選手登録などの面からごちゃ混ぜになっている様に思えてなりません。中学校の部活のルール作りを真剣に取り組む事が大切と思います。
高校生になって、自分は、世界を目指すとの、自らの強い意志で部活を頑張り、世界に挑戦をする様な強いスポーツマンが私は必要と思っています。










2017年11月14日 今年、最後の議会。

11月16日・火曜日から、今年最後の第4回定例区議会が始まります。
この度の議会におきましても、一般質問を予定しております。
杉並区が進めている施設再編整備計画について、そして、2020年・東京大会まで1000日を切りましたので区の今後の取り組みについて質問を致します。
私は、区議会に議席を頂き10年目の活動の途中にあります。来年は、65歳になります。高齢者の仲間入りを致します。
久我山で生まれ、育ち、暮らし続ける中で、私は、地域の暮らしぶりを議会に届けて参りました。区民生活の向上、区民生活の利便性を図る事を第一に今日を迎えております。
何時も、拙い質問ではありますが、、一般質問をこれからも続けて、地域の在り方を問うて参る所存です。宜しくお願い致します。


2017年10月22日 色々な事が重なりました。

9月11日(月)から定例議会が始まり、一般質問、常任委員会、特別委員会、9月29日(金)から28年度・決算特別委員会が始まり、10月13日(金)に議会が閉会、その後常任委員会の行政視察、そして、議会期間中の10月10日(火)より衆議院選挙が始まりました。慌ただしく日々が過ぎた思いです。
1964年、10月10日、東京オリンピック開会式を思い出す晴天の下、総選挙が始まりましたが、その後は、曇天、雨にたたられた日々でした。本日が投票日ですが、東京は最大級の台風に備えている状況です。

昨年の都知事選挙、今年7月の都議会議員選挙、そして、この度の総選挙、この選挙の結果を重んじ、改めて足元を見直して、国政、都政、私達の区政が落ち着いて進められる様に願うところです。

目まぐるしく変化する政治、経済、産業、そして、社会にもの凄く多くの人々が行き交い、社会全体が咳き込みながら無理して走っている様に私には思えます。日々、休まる事無く過ぎていく社会において、目白押しの政治課題にインターバルが取れる訳がない事は承知しておりますが、基礎自治体・杉並区の区議会に参画する一人として、区議会において、今、私が出来る事は、これからの社会を背負う公教育に通う子供たちに、スポーツを通して部活を通して得る事が出来る人間学に関わる質問を続ける事かと考えております。
そして、スポーツを通して地域づくり社会づくりへとつなげる事が出来ればと考えるところです。

さあ、また、明日から、年末の議会に向け前進いたして参ります。






9月15日 平成29年度 第3回・定例区議会

第3回定例区議会、一般質問が昨日の14日で終わり、議案上程が行われました。又、常任委員会、特別委員会後に行われる28年度・決算特別委員会の正副委員長の人選が行われました。
さて、今回の一般質問は、杉並区のスポーツを表題に、2020年に向けて進められている区民懇談会の進捗状況、中学校の部活について、総合型スポーツクラブについて、スポーツ少年団の運営などについて質問を致しました。
質問の内容は、ホームページ、写真館の下段に一般質問への入り口がありますので、お読み頂ければと思います。(第3回定例区議会への切り替えに多少時間が掛かると思いますので宜しくお願い申し上げます。)
地方創生が進められています。スポーツを通して、スポーツの力を活用して、スポーツの力を信じてとの思いを込めさせて頂きました。



2017年07月12日 少しずつ前へ。

「熊さんの一言」へ書き込みをしなくてはと、書き込みを始めては消す、そんな日々が続いておりました。夜中にフッと目が覚め昨今の政治や社会での出来事、私自身の周辺で起きた事や区政の事を、あれこれ考え、忘れまいとメモ書きをしたりします。そして翌日、またパソコンに向かいますが途中で文章を消してしまいます。
私事で申し訳ないのですが、5月末から第2回定例区議会が始まり、初日の一般質問で私は、私自身の思いを強く、心情的な部分を多く示す中で特養整備と保育園整備について質問をしました。前回の「熊さんの一言」にも書き込みましたが、特養と保育園の整備が社会的に求められています。杉並区は、28年度において、この二つの区民要望に応えるべく最大限の努力をし、特に保育園の待機児対策に関しては、確りと成果を出していながら、議会においては、その評価が成されていない様に、私は、思えてなりませんでした。
又、南伊豆町における特養整備は、社会の変化を先取りした果敢な攻めの施策と、私は、評価を致したく、私の心情を議会で示しました。この質問の後、実は、私は、未だ、気が抜けている様な処があります。何か言い当てた様な、その反対に、何も理解してもらえないものであった様にも思うのです。議会で最後の質問の様な遺言の様な気さえする思いがあります。重大な取り組みである特養と保育園の整備が間違いなく進められながら、正面からその取り組みが評価されていない様に思え、私は、残念なのです。
私は、自身の事を浅学菲才と書き込む事があります。足りない処が多々あり自分でも、もう質問を止め様と思う時がありますが、私を育てくれたスポーツへの感謝の念が私を奮い立たせてくれます。書き込んでは消し、書き込んでは消してきた日にちが大分過ぎました。少しずつ前へ、今の、私のお伝えできる一言です。




2017年06月18日 第2回・定例区議会が終了しました。

第2回・定例区議会が6月16日に終了しました。
定例会の初日、5月30日に一般質問を行いました。
質問の内容は、ホームページのトップにある写真館の下段にある一般質問の案内をクリックして頂ければ幸いです。

一般質問では、南伊豆の特養整備と保育園の整備について、大きく二項目を問いました。
特養と保育園の整備は、杉並区に関わらず、社会的な問題に発展しています。
南伊豆の特養整備は、杉並と南伊豆の距離について、区議会で賛否が問われてきました。
過日、南伊豆の特養が杉並区の姥捨て山なる批判記事が雑誌に掲載される事態を、私は、見過ごす訳には行きませんでした。田中区長が果敢にリーダーシップを発揮した取り組みを、私は、高く評価致したく、以前からこの取り組みを肯定的に捉え、杉並と南伊豆の物理的な距離を承知致す中で、その距離感の捉え方が大切であり、方策を生み出す事が大切と声を届けて参りました。
区の28年度における保育園整備については、地域の公園の敷地利用が問題化し整備反対の声が上がり、施策自体を肯定的に捉えてきた、私は、心を痛めて参りました。
ならば、反対をすればとの事ではなく、久我山に生まれ育ち暮らし続けて、地域の信任を頂いた、地域の代弁者との思いを持って議会に臨んできた、私は、保育園整備後、地域に残された課題の解決について問いました。
この度の一般質問は、自身の心情的な部分が多く、質問としての体を成していないとの指摘も受けております。多様な生き方と多様な考え方が、広く社会が認める中で、地域の在り方も変わって行く中で、私の、精一杯の質問でした。

この議会中に、母を看取りました、享年93歳でした。
家族と特養の方々と看取る事が出来ました。
母の看取りを通して、死へ向かう人としての尊厳を教わりました。
母に感謝を致しております。














2017年05月06日 体育からスポーツへ。

 ゴールデンウィークも明日一日となりました。
5月1日2日は休みではありませんが、連休の合間で何時もより静かな気がしました。
この一週間は好天に恵まれました。この間は、一日に一つずつ仕事を済ませた様な気がします。机の上にある書類を何故か一日に一つ一つ整理した様に思います。テキパキとは進まず時間が掛かるのですが一日に一つを終わらせる感じです。

さて、私がハンドボール競技に夢中になっていた事は、ホームページを通してお示しして参りました。先日、友人の紹介で日本ハンドボールリーグ機構のリーグ委員長を努めておられる方とお会いする機会がありました。私は、日本ハンドボールリーグが始まった第一回大会に参加し、開幕大会のベストセブンに幸運にも名を記す事が出来た人間です。この間40年が過ぎておりますが、ハンドボールや日本のスポーツに関わる様々な話題が次から次へと出て参りました。その方は、Jリーグに所属するサッカークラブの代表を務めておられた方です。日本のスポーツ文化の変化の一端を感じ取る事が出来ました。ご紹介を頂いた方もサッカーの経験者であり、スポーツを通して社会づくりを進める事への理解が大変深い方です。貴重な時間を頂く事が出来ました。
スポーツへの取り組み方が社会生活の中で変化している事を改めて感じました。

先日、新聞報道に体育からスポーツへと表現を変えるとの記事がありました。たとえば、国民体育大会を国民スポーツ大会と変える事が記事に書かれていました。
国民的体育との表現が社会生活の中にスポーツとの柔らかい表現で示される事が、スポーツの良さを更に広めて行く事になると期待をしております。







2017・4・22 桜

満開の桜も葉桜になり、遅咲きの八重桜が満開です。
間もなくゴールデンウィークを迎えます。
この間、小中学校の卒業式と入学式への思いを掲載しました。
もう50年が過ぎましたが、私は、富士見丘中学校に入学をしました。
慣れない中学校生活、教室の窓越しに見えた満開の桜が風に吹かれ散っていく光景を今も鮮明に覚えています。胸が熱くなる時もあります。
クラスの殆どの生徒が私とは別の小学校からの入学でしたので、慣れぬ中、少し気が滅入っていた日なのか・・・、当時の木造校舎と満開の桜が未だ忘れられぬ思いでです。

さて、先週、義兄の納骨式が宮城県多賀城市であり出かけました。義兄の葬儀には、議会中の為に出席出来ず残念な思いを致しましたが、この度は、公務がなく出席を致す事が出来ました。義兄の家は、3・11の際に津波の被害にあい、軒先まで津波の流れに襲われ家財道具や車までも流されて仕舞い、義兄は、避難生活とその後の復旧に懸命の努力をされておられました。町会の役員をされており、津波の事を知らせる為に地域に最後まで残り、地域の安全に尽くされたとの事、その為、津波の後一時期、家族と離れ離れになり避難生活をしておりました。被災後、復旧の最中も地域のおまつりの再開に努力をされておられ、その写真は、このホームページに掲載をしております。昨年、義兄が亡くなられた時に、震災が義兄の身体を弱らせたのではと考えましたが、78歳で人生を終われました。

この度は、車で多賀城に向かいましたので、東北道を埼玉、栃木、福島、宮城と北上しながら、高速道路の沿道に咲く桜や山桜が目に入りました。途中休憩をしたサービスエリアから眺める桜も北上するに従い咲き方に変化がありました。福島県のサービスエリアでは、遠くに安達太良山の残雪を眺める事が出来、サービスエリアの桜はまだ2分咲きぐらいでした。福島や宮城の桜は、今頃が満開の様な気がします。
桜の花に寄せる思いは、本当にたくさんあると思います。皆さんの心の中に千差万別の花模様を描いている様に思います。

第2回定例区議会は5月30日(火)から始まります。
基礎自治体、杉並区の区民生活の向上に向け地域の代弁者として声を届けて参ります。


2017年04月08日 入学式

 4月6日に私の母校、高井戸第二小学校の入学式、翌日の7日は、母校である富士見丘中学校の入学式に出席をさせて頂きました。
前回は、卒業式を取り上げさせて頂き、校歌の斉唱に涙した事を書き込みました。
それから二週間、小学校の新入生たちはピカピカの一年生との表現がぴったり、中学校の新入生たちは、小学校の卒業式で発表が多かった勉強と部活への期待を寄せている様な緊張感が感じ取れました。
私は、中学校に入学した年齢から50年が過ぎた事を入学式の途中で気がつきました。
半世紀が過ぎました。中学に入学した年に教室の窓越しに見えた桜の木を思い出し、帰りがけにその木を見てきました。今年も、満開の花を咲かせていました。

今年も、小学校、中学校と母校の入学式に出席をさせて頂き、校歌を歌う事が出来、嬉しく思わせて頂きました。



H29・3・24 卒業式

 毎年、この時期、卒業式の事を書き込んでいます。
今日は、私の母校、高井戸第二小学校の卒業式に出席をさせて頂きました。

我が家のお店にお母さんと一緒に手をつないで買い物に来ていた可愛い子供たちが、卒業生の中に何人かいました。卒業証書を授与される前に、一人ひとり元気に自分の思いを発表します。
「中学校に入学したら、勉強と部活をがんばります。」と、発表する子供たちが多いので、議会で、部活の質問を続けている私は、子供たちの思いを大切にしてあげないといけないと改めて思いました。

最後に、校歌の斉唱が行われました。
今年は、何故か涙が込み上げ最後まで歌う事が出来ませんでした。
先週は、母校富士見ヶ丘中学校の卒業式にも出席をさせて頂きました。
その時は、誇らしげに校歌を歌う事が出来ましたが、今日は、何故か涙して仕舞いました。
不思議です。

小学校、中学校、高校、大学と校歌を歌って参りましたが、高校、大学時代には、運動部で日本一になって校歌を歌うぞと、校歌と応援歌の練習をしました。
勝ってしか歌えない校歌、そんな事を卒業式の帰り道に、ふと思いました。



2017年03月15日 29年度・予算委員会

本日は、29年度・新予算に対する意見開陳の日です。
2月13日から第一回定例区議会が始まり、3月3日から29年度・新予算に対する予算委員会が行われてきました。
私は、3回質問を致す機会を頂き、3月8日に商店街振興と装飾街路灯、オリンピック・パラリンピック対策について質問を致しました。
2回目の質問は、3月10日に骨髄移植ドナー、特養、有料ごみ処理券について、3回目は、昨日、14日に荻窪・荻外荘、区内道路整備の安全対策、部活について質問を致しました。
この間、質問文を作る事に忙しく「熊さんの一言」は、休眠状態でした。
失礼を致しました。
私は、予算委員会の質問については、区民生活に密着した問題点を挙げて参りました。
区民生活の向上を目指し、私なりに、質問を致しております。

この書き込みは、区議会自民党の会派の控え室で行っております。
この後、10時から、予算委員会で質疑された事柄について、各会派の代表と一人会派の方から意見が述べられます。
本日、書き込みました質問については、下段の「熊さんの区政報告」でお示し致します。
宜しくお願い致します。








2017年02月22日 区民生活の向上を目指して。

前回の書き込みは、1月15日でした。一ヶ月と一週間が過ぎました。
落ち着かず、今日になりました。

2月13日から、平成29年・第一回定例区議会が始まりました。
29年最初の定例区議会ですので会派の代表質問と一般質問が行われ、現在は、各常任委員会が開催されております。
此の度の議会におきましても、定例会毎に続けてきた一般質問を行う事が出来また。
日頃より区議会活動で力を入れて参りました、スポーツ、部活、まちづくりについて質問致しました。その内容をホームページ『熊さんの一言』の上段、最新トピックスに掲載しておりますので、是非クリックをお願い致します。

此の度の議会には、29年度の新予算が上程されておりますので、新予算に関する質疑を行う予算特別委員会が、議員全員が参加し3月3日より始まります。
私は、3回質問を行います。質問時間は、各回10分、合計30分の質問チャンスを頂きましたので、区民生活の向上を第一に質問を行いたいと存じます。




2017年01月15日 小正月

 本日1月15日は、小正月、地域ではどんど焼きも行われます。

新年を迎え、元旦祭、区賀詞交歓会、消防団始式、成人式、警察武道始式に出席の機会を頂き、地域の安心安全を更に築いて参らねばならないと年頭行事に際し自身に言い聞かせております。地域の安心安全が築かれているからこそ新年を迎える事が出来、地域の新年諸行事が無事に行えるものと思い、改めて、地域の安寧を祈る処です。
小正月は、元旦から忙しい日々を過ごした女性たちの労を労う一日でもあるそうで、女正月とも言うそうです。私自身、妻に何か特別な事をしてあげられる訳ではありませんが、
今日一日は、ゆっくりと過ごしてもらえればと考えております。


2017・1・4 新たな年を迎えて。

 好天が続いています。
元日に氏神様である久我山稲荷神社の元旦祭に出席をさせて頂きました。
前日、大晦日の大払いの神事にも出席をさせて頂きましたので、年の終わりと年の始めの両日に宮司様よりお祓いを受け気持ちを新たに致した処です。

私の区議会活動は、三期目の折り返しの年になり、10年の節目を迎え、4月に64歳になります。杉並区広報の新年号に掲載された田中区長のご挨拶に「十年一昔」とありました。今日の時の流れを考えれば、10年前は大昔、1年2年の短いスパンでアッと言う間に時代が動いている様に思え、目まぐるしく変化する社会とありました。私は、その時の流れの速さに逆行するかの様に、大晦日の「熊さんの一言」に、一つ一つ、一歩一歩、一日一日の思いを大切に・・・・と書き込みました。時代遅れなのかと思いますが、一つ一つ微力ではありますが、区民生活の向上の為に区議会活動を進めて参る所存です。
スピード感を否定したりする事は決してありませんので、スピード感を身に付ける事を忘れずにと思います。




2016年12月31日 大晦日、一年を振り返る。

大晦日、今年一年を振り返る中で、先ず、初めに顧みる事は、一年を通して社会の変化を強く感じる一年でした。
社会が示す、多様な生き方、多様な暮らし方、多様な考え方とその主張に、「そうか」「そうなのか」「そうなんだ」と多様な意見や発言に対して、いや、違うぞ、こんな考え方も間違えではないと、浅学菲才の自身の考え方をまとめるのに、この一年をかけて来た様に思えます。特定の事案について個別に指摘する事ではなく、この一年の区議会活動を通して、改めて、社会の在り方を勉強した思いでおります。

久我山に、生まれ、育ち、暮らし続け、久我山を生業の地として家族で生きてきた私自身です。地域の皆様のご信任を頂き、地域の代弁者として区議会に参画している事への自負を改めて問う一年でした。

一つ一つ、一歩一歩、一日一日の思いを来年も大切にして参る所存です。





2016年12月21日 素晴らしきオリンピアン。

12月19日、1964年・東京オリンピックで優勝した女子バレーボールチームの一員、旧姓・磯辺サタさんがお亡くなりになられた事を書き込みました。
翌日、20日の新聞にも旧姓・磯辺さんの記事があり、現代のデータスポーツに、人間がやることに100%なんてない。練習が人を強くする。そこは変わらないはず。と、口にされたとありました。
優勝したチームの大松博文監督は、鬼の大松と評され、厳しい練習に批判があった事に、大松監督と選手に信頼関係があったから金メダルを取る事が出来たといわれたそうです。
その通り、その通りだと記事を読みながら私は、何度もうなずきました。
記事を切り抜いて手帳にはさみました。



2016/12/19 新聞から。

本日の夕刊に、1964年・東京オリンピックで金メダルを獲得した女子バレーボールチームの旧姓・磯辺サタさんの訃報がありました。
東洋の魔女最年少、当時20歳とあり、享年72歳でした。
気になり、1964年・東京オリンピック女子バレーとパソコンを検索すると、当時の記録が沢山掲載されていました。1964年当時の写真も掲載されており、写真を見ているうちに涙が出てきました。
当時と今日とを比べれば、競技技術など大きな進歩がありました。東洋の魔女から、なでしこジャパンへと時代の変遷があり、スポーツへの取り組み方など、スポーツを取り巻く環境に大きな変化があり、スポーツは、1964年から今日まで、あらゆる面で進化を遂げてきましたが、東洋の魔女を超えたものは無い様に思えます。
もの凄さを感じます。スポーツの神様たちに感謝。






2016年12月08日 平成28年・第4回定例区議会終了

 昨日、12月7日、平成28年・第4回定例区議会が終了しました。
此の度の議会において、私が所属する道路交通対策特別委員会において、狭あい道路の拡幅に関する報告がありました。区が進める狭あい道路拡幅の優先整備路線として、久我山3丁目内の道路が指定され、放射第5号線の開通に合わせた地区計画と共に道路の拡幅が進められ、防災対策を含め地域の安心安全に繋がる様、今後の推移を見守りたいと思います。
私は、此の度の定例議会の一般質問で、先に挙げた狭あい道路を取り上げ地域の通過交通、抜け道対策を問いました。又、拡幅と共に、交差点や丁字路の隅切り、電柱の移設も確り行う様、求めました。
放射第5号線開通後の地域への車両の進入対策を今後も議会に届けて参る所存です。

今年一年が慌ただしく過ぎました。
一つ一つ、一歩一歩、一日一日を大切に議会活動を進めて参ります。


2016年11月23日 常任委員会

11月22日、杉並区議会は一般質問が終わり、常任委員会に付託される議案が決まりました。

私は、現在、都市環境委員会に所属しております。
昨日の本議会で、所属委員会に付託された議案は、自転車駐車場の廃止、自転車駐車場に自動二輪の駐車スペースの増設、その使用料の改定、一般ごみ収集のコストが上がり有料ゴミ券などの料金の改定、動物の死骸の処理料金の改定です。
これらの議案を11月28日に開催される都市環境委員会において裁決を致します。

自転車駐車場は、民有地を借り自転車駐車場に整備している箇所があります。
この度の廃止は、土地所有者の都合により土地を返却し駐車場を廃止する事が議案になりました。

区内の駅周辺に整備されている自転車駐車場は、他にも民有地が利用されている箇所もあります。これらが廃止された場合、代替え地を探すのが大変な状況に在ります。
区が所有する土地を有効に利用し、自転車駐車場を維持する為に、コストの問題がありますが、敷地が狭くても大丈夫な地下式で自動制御式の自転車収納庫を今後整備する事も必要と考えますので、委員会に伝えて参りたいと思います。



2016年11月11日 新しい大統領

アメリカ大統領選挙が終わりました。
結果は、選挙前の予想を覆しトランプ大統領が誕生しました。
新大統領の誕生に、アメリカでは、反対のデモ行進が行われたとの報道もありました。
選挙期間中に候補者同士の誹謗中傷が多く報道されました。アメリカ大統領選挙ならではの流れなのかと思う処もありました。
個性の塊の様な70歳の大統領に、私は、悪評だけを真に受ける事は避けたいと思っております。型破りな大統領に期待を寄せている処があります。
これこれ云々と書き込む事は出来ませんが、これからは、意外と人の話に耳を傾けるのではと思うのです。もしかしたら調整型の人で、いざと言う時に、信念を通す、そんな大統領を期待しています。


H28・10・29 小さな記録会

先日、日比谷公園で行われているガーデニングショーの会場で、東京都陸上競技連盟が旧国立競技場で使用していた全天候型の競技用レーンを保存している会社の協力を得て、そのレーンを日比谷公園内に実際に準備して子供たち向けにタイムトライアルを行いました。2020年・東京大会へ向けたイベント、ストリートパフォーマンスです。
走り終わった子供たちには、東京陸連から参加記録証を発行してもらえ、良い思い出が出来たと思います。この様なイベントの中から将来のトップアスリートも夢ではない様に思えました。又、この様なイベントが各地で開かれて行く中で、2020年・東京大会が身近なものになって行く事が望ましいと思いました。

子供たちが走ったコースは、世界のトップランナーが実際に走り世界記録が樹立されたレーンの一部です。
小さな記録会でしたが、大きな夢を育む心和む記録会で在ったと思います。
杉並区内においても是非開催をと願う処です。

先にお示し致しました様に、当日の記録会はガーデニングショーの会場と併設されておりましたので、ガーデニングに関する様々な展示があり、中でも、3m×4mの広さの中に作られるガーデニングコンテストがあり、日本の造園技術の素晴らしさに驚きました。
杉並区内の造園業者の方の作品がコンテストの賞を獲得されておりました。
私は、2020年・東京大会における区の施策の一つとして、区内主要施設に日本造園の技術を生かした坪庭の展示が良いのではと思う処です。

今日お示した、小さな記録会やガーデニングの素晴らしさを2020年対策の一助とすべきとの声を区議会に届けたいと思います。


2016年10月21日 区民懇談会

 今、2020年東京大会に向け、都、国、大会委員会、IОCにより競技会場の整備調整が進められています。東京大会開催にあたり、進行役が決まっている様ないない様な、「10月9日の熊さんの一言」にも掲載しましたが、大会の一元化がなされていません。
2020年に向け、開催都市・東京都民だけではなく、広く世界中のスポーツファンが東京大会に期待を寄せています。私は、今の状況が大変残念でなりません。
2016年、2020年と2回の招致活動を進めてきた意味が薄らいでしまっている様に思えてなりません。各競技において大会出場を目指す競技団体は目標を定めトレーニングを積んでいると考えます。今年、開催されたリオデジャネイロ大会における日本選手の活躍は近年のオリンピック・パラリンピックにはない状況でした。それは、2020年に向けた目標があるからと思います。
2020年大会を支える大会委員会や開催都市そして開催国の足並みが乱れていてはと思うところです。
2020年に開催されるオリンピック・パラリンピックに向け、杉並区では区民懇談会が開催されています。開催都市・東京の杉並区と区民がオリンピック・パラリンピックを通して人づくり、地域づくり、まちづくりを進める絶好の契機と私は捕らえております。
区民懇談会の皆様には是非杉並らしいオリンピックイヤーを迎える活動を進めて頂ければと思います。



2016年10月09日 1964年・昭和39年・ 52年前・東京オリンピック

 本日は、10月9日、明日10月10日は体育の日です。
52年前、1964年に行われた東京オリンピック開会式の日です。

リオデジャネイロ・オリンピック・パラリンピック大会が9月18日に閉会し2020年オリンピック・パラリンピック東京大会は、いよいよ4年後に迫りました。
しかし、今、2020年東京大会に関する良いニュースを耳にしません。

各競技の競技者・競技団体は2020年大会を目標に頑張っていますが、大会運営に関わる国や都の対応が上手く進んでいない様に思えてなりません。
新国立競技場、大会エンブレム、新設される競技会場の未決定、地方都市での競技開催、3兆円と言われる大会運営費、聖火台が競技場内にないなど、懸念される事が多いと思います。

1964年・東京大会当時、私は、小学校6年生でしたので政治や社会的な事柄をそんなに覚えている訳ではありませんが、当時と現在を比べれば我が国は、すべての面において成熟しています。世界から見ても恵まれた環境にある日本が、何故、2020年に向け足並みが乱れているのか・・・、オリンピック・パラリンピック対応が一元化されている様でされていない日本と私は考えております。

世界のスポーツ界において日本が果たしている役割は大変大きなものがあります。
スポーツ医学やスポーツ産業、後進国への指導者の派遣など多岐にわたる役割を果たす中で、日本の競技自体のレベルアップを図っています。
その日本の首都東京で行われるオリンピックに期待を寄せている国民は沢山います。
次回開催国として、その間の4年、最後の仕上げと誰もが思っている時に足踏み状態の様に思えてなりません。





2016年10月06日 決算特別委員会

 杉並区議会では、現在、平成27年度・決算特別委員会を行っております。
この度の決算委員会において、私は、副委員長を勤めさせて頂いております。
副委員長を勤めますと質問の機会がなく残念ですが、日々、質問を聞き、区の答弁を聞く中で行政の施策執行の在り方やその難しさを改めて学んでおります。

12月に行われる第4回定例区議会においても、一般質問を行いたいと考えておりますので勉強をさせて頂いております。

9月9日から始まりました今定例区議会においても初日に一般質問を行いました。
その原稿を掲載しておりますので目を通して頂ければと思います。


2016年09月10日 リオデジャネイロ・パラリンピック大会

 リオデジャネイロ・パラリンピック大会が始まりました。
パラリンピックに出場する選手たちの戦う様子は、オリンピアン達が競技に挑む姿より、より崇高に見えます。
著名なスポーツ写真家である、岸本 健 さんがパラリンピック選手たちの写真を撮り続けておられ、その写真が社会に伝えるメッセージは物凄いものがあり、スポーツ報道写真において、パラリンピック時代が来ると話されていた事を思い出します。

昨日、9月9日より、杉並区議会・第3回定例議会が始まりました。
私は、杉並区のスポーツ施策全般について質問を致しました。
質問文を、ホームページに掲載を致しますので、お読み頂ければと存じます。


2016年08月23日 オリンピック閉会

リオデジャネイロ・オリンピックが閉会しました。
日本は、過去最高である41個のメダルを獲得しました。
4年後の東京・大会への期待が高まるところです。

メダル獲得の競技に関わらず、どの競技においても日本の競技技術のレベルが高まっていると感じました。
チーム日本との感じを受けました。
男子400メートルリレーの活躍に日本選手団の底力を見る事が出来た大会と思いました。

私は、ハンドボール競技の世界に身を置いておりました。
先日、女子ハンドボール競技の決勝戦をテレビで見る事が出来ました。
スピーディーなプレーに目を見張りました。ルールの改正も行われスリリングなゲーム展開に時代の流れを痛感しました。

スポーツを通して多くの人々が元気づけられたオリンピックであったと思います。
スポーツを通して、人づくり、地域づくり、まちづくりの思いをこれからも大切にして参りたいと思います。


2016年05月28日 新委員会

 5月17日、18日の二日間、臨時議会が開かれ今年度の所属委員会が決まりました。私は、都市環境委員会と道路対策特別委員会に所属を致す事になりました。
所属する二つの委員会は、どちらもまちづくりに関わる委員会です。
地域のまちづくりに関する声をこれまでも議会と行政に届けて参った経緯が在りますので、確りと地域の声を届ける中で、杉並区のまちづくりに少しでも寄与できればと考えております。
30日から始まる本会議の一般質問では、放射第5号線、岩通ガーデン跡地の公園利用、岩崎橋の架け替え工事について質問を致します。
放射第5号線の様な、本格的な幹線道路が整備されてこそ、地域の生活道路やまちづくりの整備を進める事が出来るとの思いが私には在りますので、その思いを前面に出し質問を致します。

4月14日以降、熊本県を中心に前例のない地震が連続して発生し、その回数は1500回に達しています。家屋の倒壊が心配され車中での生活が余儀なくされ、被災者の方々のストレスは大変なものと思います。
道路の寸断、建物の崩壊、ライフラインの切断などが重なり復旧復興が進み難い状況に在ります。この度の地震を教訓とし、私たちが暮らす、杉並区のまちづくりや道路整備に最新の注意をはらって参る事が必要と思います。


2016年05月08日 ラストゴールデンウィーク

ゴールデンウィークが終わります。まちの緑が活き活きとしています。桜の頃が懐かしく思います。小学校の新一年生たちも学校生活に慣れてきた頃でしょうか。俗に言う五月病は大丈夫でしょうか、新入生たちも入学式から緊張の連続だったと思います。ゴールデンウィークの間ゆっくりして深呼吸をしていよいよ学校生活も本番スタートと言った処と思います。中学生も高校生も大学生も社会人も皆同じかもしれません。私の初孫の男の子が、昨年、中学校へ、一番下の孫の女の子は小学校に入学しました。昨年の今頃は何か危なっかしい二人でしたが、このゴールデンウィークには頼もしくなっていました。この二人の孫の間に5年生と6年生の男の子がいる4人兄弟です。皆の一学年の昇級にそれぞれの成長があり、個性が磨かれています。私は、素直に嬉しく感じております。4人の子供を育てる息子やお嫁さんは本当に大変であると思います。しかし、孫たちの成長が息子たち夫婦の大変さを少しづつ減らし少しづつ期待感を作っていくのだろうなと考えております。私は、両親と同居し家業を共に営んでおりましたので四世代が共に暮らす事が出来ましたので、息子夫婦へは、よく頑張っているなと妻と共に敬意を表する処です。4人の子供を育てる事は、限られた収入の内での生活ですから、子供たちへ色々な面で我慢を強いる時があると思いますが、家族皆でカバーし合っています。そんな中にあっても親子喧嘩、兄弟喧嘩があります。皆が少しづつ成長しています。学業、成績だけではなく人の心の内なる魂・人間性の成長が大切と私は思っております。彼らの生活の在り方が私に多くを教えてくれます。感謝。

 今、社会は、熊本地震の復旧復興を先ず第一の至上課題とし、憲法改正を争点とするのか参議院選挙を控え、経済の安定、外交、増税、社会保障、教育、保育、皆が安心して国民生活を送る事が出来るよう一つ一つ進めなくてはならない懸案事項が多くあります。
区議会では、連休が明けた17日18日の両日に臨時議会があり、30日より第二回定例区議会が始まります。国政、都政の下に日々の暮らし地域の課題を議論する基礎自治体・杉並区の区議会があります。臨時議会では、4月18日に田中区長が記者会見を開き発表された「すぎなみ保育緊急事態宣言」で示した保育所増設の補正予算案が示されます。予定していた1,000人規模の入所定員を倍増し2,000人の受け入れ態勢を来年の4月までに達成させるとの緊急施策です。田中区長のリーダーシップの下、区民生活の安心安全に向けた緊急施策ですので議会活動において賛意を示し、待機児童問題の解決に望んで参る所存です。




2016年04月19日 偉大なるマラソンランナー

私は、往年の名マラソンランナー君原健二さんへの思いを書き込んだ事があります。
努力、努力、努力の積み重ねの方です。
ご自分でも努力との文字を好んでおられるとの事です。
練習が苦しい時に、次の電柱まで走ろう、と、自分自身に言い聞かせ走ったとの事です。
偉大なるマラソンランナーが苦しい時に、次の電柱まで、との、思いを持つ事が物凄いと私は思うのです。ひたむきに練習を重ねるマラソンランナーの極意なのかもしれません。
此の度、50年前に優勝したアメリカのボストンマラソンに招待され、完走をされたとの事です。今までのマラソンレースで途中棄権が一度もないとの事です。
此の度のレースでは、50年前のレースの時に着用したユニホームに縫い付けてあった日の丸を再びウェアーに付け走ったとの事です。マラソンランナーの神様の様な方です。
マラソンを本当に大事にされておられるお人柄と思います。
偉大なるスポーツマン君原健二さん、本当に有難う御座います。




4月17日 熊本県の地震。

熊本県で発生した地震は、甚大な被害をもたらしました。
お亡くなりになられた方々のご冥福心を心よりお祈り申し上げます。
又、被災され避難をされておられる方々への様々な対応が早急に進められる事を心からお祈り致します。

熊本県の地震が発生する直前に、東京都内でも突き上げる様な地震が小規模ですがありました。テレビユースを見ている時でしたので、震源地や震度のテロップがテレビ画面に映し出され、やれやれと思っている最中に熊本で発生した地震の様子が伝えられました。

揺れの激しさがテレビ画面に映し出され、ただ事ではないとの認識を致しておりましたが
夜間でしたので様子が分かり難い処があり、翌朝の報道で改めて被害の大きさを実感致しました。

私たちは、いつ起きてもおかしくない首都直下型地震に備え努力を致している処ですが、この度の熊本県の様に夜間に被災され、家屋の倒壊が心配され屋外で夜を明かしたとの事、ライフラインの寸断もあり照明が確保できなかった事は大変心細かったのではと思います。万全な備えは中々難しく思います。3・11の折に、都内では夜間に帰宅困難者の問題が発生しました。東京周辺では、ライフラインの寸断がほとんど無く照明は確保できましたが、交通機関のダイヤの乱れや運休の中で、もし真っ暗闇の中で在ったなら整然と帰宅困難者への対応ができたのか、様々な状況を検討して災害対策訓練が行われます。
検討される状況に対応できる資器材が十分に地域に準備されているのか心配になる時があります。首都直下型地震で火災が心配され町会や自治会にスタンドパイプが支給されその効果が期待されています。スタンドパイプを直結する水道本管が寸断されてしまえばと消極的に考えてしまう時もありますが、その効果の可能性を信じ、いざという時に使用できる様に準備する事が大切です。地域に整備が進むAEDの使用も同様に思います。

在ってはならない震災や災害ですが、止める事はできません。
最小の被害に食い止める為の備えが大切であると考えます。
地域の暮らしの安心安全、暮らしやすい住みやすい地域づくりを確り進めて参ります。





3月29日 春、桜が間もなく満開。

 3月25日に区内公立小学校の卒業式が行われ、春休みになりました。
今年も母校、高二小の卒業式に出席をさせていただきました。
式が進み、担任の先生から卒業生一人ひとりが名前を呼ばれ、壇上に子供たちは進み、一人ひとり将来の夢や中学校への期待を大きな声で述べます。そして、校長先生から激励を受け、卒業証書が授与されます。
私自身の小学校の卒業式、実は、あまり思い出す事が出来ません。
50年前の事になりますが、思い出が断片的になってくるのかも知れません。
そんな気がします。
卒業式が進み、在校生、卒業生が互いにエールを送り、互いに別れの合唱を披露し、最後に、出席者全員で校歌を歌い卒業式が終わりました。
地域の代弁者として議会に参画し、公立校の卒業式に出席をさせていただき嬉しいく思います。子供たちの伸びやかな歌声から地域の安寧を感じ取る事が出来ました。

昨晩の物凄い雷、炸裂する物凄い雷の音、雷雨そして雹が降り、雷の音が遠ざかって行きました。
今日は、色々なものが洗い流された後の、一日の始まりの様に思えます。
一つ一つ、一歩一歩、一日一日を大切にしたいと思います。
桜が間もなく満開。




3月21日 東京ベイエリア

今日、私用で、マイカーを運転し首都高速を利用しレインボーブリッジを通過する時に東京ベイエリアの風景が目に飛び込んできました。休日の為、走る車の台数も少なく、視界が開け、凄い!、東京のまちづくりの凄さを改めて感じ入りました。

帰宅し、パソコンに向かい、昼間の光景を思い出してみると、やっぱり凄い、世界の東京と言えます。何だ今頃、気が付いたのかと言う事ではなく、議会対応であまり外の空気を吸っていませんでしたので、目に飛び込んできたベイエリアの風景に圧倒された様にも思います。

ベイエリアでは、エリア毎に、マンション、オフィイスビル、商業施設、物流倉庫等が建ち、緑が確保され、一見、人々の暮らしが無いエリアの様に見えるのですが、普通の生活が確保されています。新しい生活の形が形成されています。

今日、目のあたりにしたベイエリアの光景、そこでの新しい生活の形、東京一極集中の中での保育園待機児問題、少子高齢化問題、地方創世推進の中で進む地方の過疎化問題、それらを支える施策の予算の為の税収、東京の基礎自治体の在り方を確り勉強しなくてはならないと思います。










3月16日 議会最終日

 2月10日に始まった、第一回定例区議会、28年度・予算委員会が本日、終了します。 私は、一般質問で、4年後に迫った、2020年・東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた、区の施策を問いました。
オール杉並で2020年に向け、区民活動を進めてゆく中で区民懇談会そして実行委員会を設けオール杉並体制の準備が進めばと思い、一般質問で問い、区長から、4月より、2020年に向けた新たな所管を儲け、オール杉並体制を進めてゆくとの答弁を頂きました。 その後、3月2日より予算特別委員会が始まり、私は、東京都23区競馬組合、地方創世の推進、骨髄バンク、区・美化条例に伴うたばこの吸殻のポイ捨て、狭隘道路、中学校の部活、総合型地域スポーツクラブについて質問を致しました。
特に、骨髄バンクの質問では、昨年の議会で質問を行った、骨髄バンクに登録をしたドナーへ対する東京都の補助金を活用し区が共同で、ドナーへの補助金を予算化してくれる事になりました。
社会的に問題になっている、中学校の部活に関する質問においても、外部指導者の導入など少しづつですが進展があり、嬉しく思っております。
これからも、地域の声を一つ一つ議会と行政に届けて参ります。


2016年02月13日 自分を大切に。

 手帳に書き込んだ1ヶ月前の予定を見ました。
前回の書き込みが1月16日ですので、約1ヶ月が過ぎているからです。
1月13日は、2020年・オリンピック・パラリンピック大会の事で、ある団体の方との面会が記されておりました。

今日、遅い新年会がありました。
今日の新年会は30人の方が出席を致しておりましたが、私より若い方は一人もいませんでした。私は、今、62歳です。私の年齢に、一番、近い方でも70歳と思います。
会に参加された方のご挨拶に「自分を大切にしよう」との言葉がありました。

自分を大切にとの事で、私は、忙しさにかまけ、やるべき事を後回しにしたりして、自身にイライラする時があります。一日の仕事を、切の良い処まで行わず、この事は、明日、早起きして片づければ良いと、明日に送ると片づけられず、宿題が溜まってしまうのです。今日、遅くまで頑張ればと思いますが、その宿題だけが片づけられずに残ってしまう日が続いてしまう時があります。

この様な事も、自分を大切にしていない一つの様に思えます。
先ずは、今、自身が、片づけておかなくてはならない事を、他の事に気を取られずに片づける事を確実に行う事と、実は、ここ数日の間、思っていました。
62歳の自分の体力や気力が少しずつ衰えていると、正直、思います。
だからこそ、自分を大切にして、一日を大切にとの事でもあると思います。

宿題が残らない様に、あと一つあります。
明日、片づけられそうです。
一つ一つ、一歩一歩、一日一日。









2016/1/16 小正月

昨日、1月15日は、小正月、私は、区内の多くの方々と一緒に神奈川県の寒川神社に初詣に行きました。
その帰りに津久井浜方面にイチゴ狩りに寄りました。
途中、野比海岸の砂浜にどんど焼きが行われるらしく、年始に使われたお飾りなどが、クリスマスツリーの様に円すい形に積み上げられ、火が入れられるだけの状態になっていました。
その前を通りすぎたのが、夕方の4時ごろでした。
15日ですので、今晩火が入れられるのかと思い、日が沈みかけた海岸を後にしました。
今日、気になりパソコンで野比海岸どんど焼で検索をしたところ、野比海岸おんべ焼としてその行事が多数紹介されていました。
紹介によると、火入れは夜明けとともに行われ、野比海岸に面した町会ごとに行われるとの事でした。

私に、自身が生まれ育った地域の伝統や文化、地域の保守を確りと守る事を忘れてはならないと夕暮れ時の海岸が教えてくれた様に思っております。


2016年01月02日 新しい一年が始まりました。

 平成27年大晦日の大祓い、28年1月1日午前0時からの初詣、元旦祭式典、久我山の鎮守様、久我山稲荷神社の各式典に参列をさせて頂きました。
昨年の穢れを祓い、新しい一年に希望を託させて頂きました。
元旦は穏やかな一日でした。
雲一つなく青い空に神社の杉の木が吸い込まれていく様な感じがしました。
神社の下に立ち参拝の皆様にご挨拶をさせて頂きました。

今年も、地域の暮らしの安心安全、暮らしやすい住みやすい地域づくり、町会・自治会・商店街の活性化、スポーツを通して人づくり・地域づくり・まちづくりを心に、区民生活の向上と福祉の向上に努めて参ります。

大晦日から元旦と時の流れる中で、2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会の事が気になっておりました。
我流なのですが、私の、1964年・東京オリンピックは、心のオリンピックなのです。
父親に後ろを振り向くなと言われ、レース最後のゴール前、振り向く事をせず渾身の力を振り絞り走る円谷選手を追い越したイギリスのヒートリー選手、もしゴール前で円谷選手が後方を振り返ったら・・・との話があります。
三段跳びの山田宏臣選手、京都知恩院の石段を指導者の朝隈氏を背負って駆け上がる練習を繰り返し、オリンピックと言う魔物に挑戦をした選手がいました。
2020年大会は・・・・、心を揺さぶる様な・・・・魂を揺さぶる様な大会になるのか、東京大会を支えた国民が、今、60代後半、70代、80代、90代です。
皆さんを忘れていないかと私は思う時があります。

区民の声を地域の声を今年も議会と行政に届けてまいります。
一つ一つ、一歩一歩、一日一日を大切に、区議会活動を進めて参ります。




2015年12月27日 一年、本当にお世話になりました、来年も頑張ります。

 今年は、4月に区議会議員選挙がありました。
地域の皆様にご信任を頂き杉並区議会に三度目の議席を得る事が出来ました。
地域の皆様に心より感謝を申し上げる次第です。
日々、皆様から頂きましたご信任に応える事が出来る様、地域の声を議会と行政に届け、地域の声が反映される区政を目指して参りました。

商店街、町会、自治会を中心に、地域の活性化と暮らしやすい住みやすい地域の安心安全とまちづくりを求め、定例区議会、常任委員会(都市環境委員会)、特別委員会(文化芸術・スポーツに関する特別委員会)、決算・予算特別委員会において地域の皆様にご信任を頂いた地域の代弁者として責務を果たす事が出来る様、積極的に質問を重ねて参りました。

地域の声を届ける結果として、今年六月には、商店街のホタル祭りと共に、区と友好都市を交えて第一回ホタルサミットを開催する事が出来ました。
ホタルの自生活動を進めてきた商店街とホタルが自生する友好都市とのパネルディスカッションをはじめ、友好都市・小千谷市が10トンの雪を久我山に運び込みスノーパークを開設するなど、ホタルを介して地域の活性化を進める事が出来ました。

2020年オリンピック・パラリンピック東京大会を前に、新国立競技場、大会エンブレム、大会運営費の積算問題など公平性が保たれるべき大会の準備に対して、政治色先行の準備状況が報じられ、東京大会への思いが薄らいでしまった様に思えてなりません。
1964年・東京オリンピックに感化され、今日までスポーツとオリンピックを愛してきた私にとっては、残念な思いです。

1964年当時、戦後復興の社会を背負い、東京オリンピックを契機に人生を様々な形で高めてこられた方々が、今、60代後半、70代、80代、90代であると思います。
その方々の様々な思いが、2020年の施策に反映されているのかと思う時があります。杉並区では、これから本格的に2020年の施策が進められますが、1964年・東京オリンピックから今日まで社会を支えてこられた多くの方々の思いが反映される2020年施策になる様、議会に声を届けて参りたく思います。

私は、1964年当時、小学5年生、この間、1964の響きがたまらなく心地良く感じて参りました。そして、スポーツを通して多くを学んで参りました。
スポーツを通して、人づくり、地域づくり、まちづくりと暮らしやすい住みやすい安心安全な地域社会づくりの為に区議会活動を進めて参ります。

区の喫緊の課題となっている、介護施設、保育施設、学童クラブの整備に関しては言うまでもなく、目に見える施策として結果を出さなければならないと肝に命じております。

区議に初当選以来、取り組んだ参りました、中学校の部活活性化と地域スポーツの活性化については、質問を繰り返す中で自分自身も多くを学び、所管の施策にその対応が示され始めております。

いつも、いつも、書き記して参りました通り、浅学菲才の私ですが、一つ一つ、地に足つけ一生懸命、来年も区議会活動を進めて参る所存です。
来年が皆様にとりましてどうぞ良き年であります様、お祈り申し上げます。














2015年12月04日 師走

 今年も、あと一ヶ月を残すばかりとなりました。
本日、私が所属する文化芸術・スポーツに関する特別委員会が終わり、今年最後の定例議会は、8日が最終日です。

今年は、4月に統一地方選挙が行われ、地域の皆様のご親任を頂く事が出来、3期目の議席を頂く事が出来ました。

自分らしさを失わず、浅学菲才の自分でありますが、地域の為、区の為、精一杯走り続けて参ります。


11月28日 オリンピック教室

 先日、26日に、高井戸第三小学校において、ロンドンオリンピックの折に、日本チームのドクターを務められた 小松 裕 先生のオリンピック教室が行われました。
小学校3年生を対象に行われました。

小松 先生のチームドクターとしての目を通して、オリンピアン達の姿を紹介し、競技者たちの常日頃の心の持ちようと、一人の選手が、多くの仲間たちに支えられ競技者としてオリンピックに望んでいる事を伝えられておりました。

小松 先生が、参加した子供たち一人一人の手を取り、脈の測り方を教え、運動量に対する心拍数の変化について話され、子どもたちは興味深げに聞き入っていました。

後で、小松先生の教室を顧み、子どもたちと小松先生がスポーツ選手の練習について話している時に、子どもたちが、努力、一生懸命との表現を素直にしておりました。
私は、そうだ、そうだ、と、目頭が熱くなってしまいました。

スポーツはチャンス、そんな思いになりました。
小松 裕 先生に感謝。


 


2015年11月25日 今日も心に栄養かな・・・・・。

「熊さんの一言」では、私の心情をお伝えする機会が多くあります。
前回も、母親や孫たちの事をお伝えいたしました。

私は、地域の皆様にご信任を頂き、基礎自治体、杉並区の区議会に参画を致し、行政が執行する施策の予算成立の議決と決算の認定を行い、委員会に所属し条例制定の採決を行い、区民の代弁者として区民生活の向上と区民福祉の充実を図る為に議会と行政に地域の声を届けて参りました。そして、これからもその思いを通して参ります。

浅学菲才の身、地域の皆様に頂いたご信任にお応えしているのか自問自答に暮れる時がありますが、自分らしさを忘れてはならないとの思いを大切に致しております。
皆様から届いた声を、誠実に丁寧に議会と行政に届けて参ります。
自身の身の丈に合った正直な思いを添えて議会と行政に届ける事を肝に命じております。

私は、野球になぞらえば真っ直ぐの直球投手です。変化球が投げられない、打たれる事が分かっていても直球勝負です。こんな、私を皆様に分かって頂ければといつも思っております。

先日、高校時代、所属をしていたハンドボール部のOB会がありました。
部活人間で在った私ですので、心休まると言うのか居心地が良いと言うのか、集まったOBたちの話の輪の中に座っているだけでホットするんです。
これも、今日もまた、心の栄養かな・・・・みんなに助けて頂いております。




2015年11月03日 心の栄養

 今日は、久しぶりに母が入所する介護施設を訪れました。
91歳になる母は、食事はゼリー食ですが健康状態を保っております。
会話は、こちらの問いに答えてくれますが、話し掛ける私が息子であることを理解しているのかな・・・という状況です。
日々、側にいることが出来ませんので申し訳なく思いますが、話が通じなくとも施設のホールで母の側にいることが出来、心和むひと時でした。

その後、埼玉の行田に暮らす次男家族を訪れました。
目的は、孫たちの様子が見たく訪れた次第です。
何を話す訳ではありませんが、4人の孫達に囲まれ声が聞こえる中にいることが嬉しく思えます。
いつの間にか転寝をしておりました。

この至福の時、心の栄養を頂いた思いです。
明日の活動の糧にと思っております。

感謝。


2015年10月29日 晩秋

今月いっぱいで、クールビズが終わります。
此の処、朝晩の冷え込みが少しずつですが厳しくなってきました。
朝の駅頭活動も襟元が寒く感じますので、ネクタイを締めています。

今年も2ヶ月を残す処となりました。
4月に統一地方選挙が行われ、新たな任期を迎え6ヶ月、半年が過ぎました。
此の間、3期目を迎え、足りない処が多い自分ですが自分らしさを忘れる事無く、地域の声が区政に反映される様、確りと地域の声を議会に届けて参る所存でおります。
特別変わる事は出来ませんが、自分らしさ、自身のスタンスを守る事と考えております。

実は、4月の選挙後、私は、3期目を迎え何か自分が変わらなくては成長がないのではと考えました。しかし、どう考えても明快な答えは出ませんでした。

ある日、田中区長と話す機会があり、田中区長は、私の為に噛み砕いて話をしてくれたのだと、今にして思う節があります。
「困った人がいたら、助けるのが政治だよ。」
私は、浅学非才の身、そうは色々な事を考えつかない処があり焦りさえありましたが、時が経つ中で、今は、自分らしく、自分に出来る事を精一杯と考えております。
正直、田中区長の声に救われたかなと思う処でもあります。

統一地方選挙から半年の間、区議会議員活動を日々進める中で、上手く事が運ばない、思った様に事が進まない、これで良いのか、大丈夫かな、あっ忘れてしまった、地域の方々との接点が増え忙しさが増す中で、本当に色々な思いや心配が身体の中を吹き抜けて行った様に思います。
区議としてと様々考える半年間、自分らしさを忘れてはならない、単純明快ですが、そして、初志貫徹、自分らしく一生懸命、精一杯です。

4月末、葉桜の頃から半年が過ぎ晩秋を迎えました。
往年のマラソンランナー君原健二さんが、若い頃、走るのが苦しい時、次の電信柱まで、また、次の電信柱までと走ったそうです。
此の間、私自身、大きな荷物を抱えながらヨタヨタと走り続けて来た様に思います。
また、走り続くけて参ります。
自身の足元を確りと見据えて走って参ります。










2015年10月21日 次の定例会に向けて、頑張ります。

定例区議会、26年度・決算委員会が終わり、正直ほっとしております。
決算委員会中は、一日中委員会室に缶詰状態ですので最終日からこの間は宿題が溜まってしまった様な状況で、バタバタしておりました。
あれもこれもと思いながら、仕事が進まない感じです。

今年も11月と12月の2ヶ月を残す処です。
次回の定例区議会は11月18日が初日ですので、一ヶ月を切っております。
なんとなく、追われている様に感じます。
頑張ねばとの思いです。

次回の定例区議会でも、一般質問を予定しております。
地域の声を少しでも多く議会へとの、自身の思いを実現して参りたいと考えております。

広く社会では、地方創生、一億総活躍、まち・ひと・しごと創生等、国民生活の向上にむけ施策が示されていますが、私たちの日々の生活には、まだまだ、と、言えます。
基礎自治体における、地域の区民生活の向上、区民福祉の向上に向け、区民生活の土台を確り築いて参りたいと考える処です。
その為に、いつもと同じ事を書き込みますが、地域の声、であると私は考えております。
そして、地域の皆様からご信任を頂いた地域の代弁者として、議会活動を進めて参る所存です。




2015年10月16日 最終日

本日、定例議会の最終日です。
最終日の本会議前に、会派の自席でパソコンの打ち込みをしております。

この度の定例議会の一般質問では、商店街の振興施策と商店街が所有管理する装飾街路灯について質問をいたしました。

その、質問内容は、このホームページの3段目の窓、「瓦版ダイジェスト」に掲載をしておりますので、お読み頂ければ幸いです。

社会構造の変化、商店主の高齢化問題、後継者問題、スパーや量販店の出店、コンビニエンスストアーの店舗拡大の中で個人商店が守ってきた酒類や米穀類の規制緩和も広がり、
商店街の個人商店は苦境に立たされていますが、地域を大切にする商店主たちの情熱や人柄が商店街を守っています。

地域の商店街の衰退は、少しずつ進み、商店会の縮小が避けられないところがあります。
商店会会員の減少、商店会活動の縮小などから装飾街路灯の維持管理が難しくなっております。
以上二点を題材に質問をいたしました。

区長からの答弁を改めて、決算委員会で問い直しました。
地域の商店街の振興に関する声を今後も確り届けて参る所存です。




2015年09月26日 間もなく、26年度・決算特別委員会が始まります。

区議会は、今、常任委員会の最中です。28日からは特別委員会が始まります。
その後、10月2日から全議員が委員となる、26年度・決算特別委員会が始まります。
私は、決算特別委員会の質問づくりの最中です。

決算委員会では、質問に立てるのが3回、1回の持ち時間は、一人概ね10分間前後になります。 区の答弁は、その10分間に含まれませんので、正味10分間の質問です。 私は、いつも、申し述べております様に、地域の代弁者として、自分が生まれ、育ち、暮らし続けて来た地域の声を確り議会と行政に届けなくてはならないと考えております。
地域の暮らしの安心安全、暮しやすい住みやすい杉並、スポーツを通して人づくり・地域づくり・まちづくり、そして、持続可能な財政の下に、区民生活の向上、区民福祉の向上を図る事が出来る様、地域の声が区政に反映される様、決算委員会に臨みます。


2015年09月05日 魂

 2020年・東京大会のシンボル、新国立競技場と大会エンブレイムが白紙になりました。白紙だからゼロでは済まない、大きなマイナスと思います。
その、一連の流れを振りかえると、如何にもと言わんばかりの説明が繰り返され、最後は、白紙、是が非でもとの事で在ったとは思いますが・・・・、結果が出ると、正直申し上げ、がっかり、気が抜ける様な思いです。

オリンピック・パラリンピック競技が高次元にあり、その競技に純粋に憧れ、競技者たちの戦いぶりを自身の人生の糧としてきたところが私にはあります。
その戦いの場に自らも挑戦を致した時期がありました。
大会に崇高な思いを寄せてきた、私です。

君原健二さん、往年の名選手、マラソンランナーです。
74歳になられると思います。今も走り続けておられます。
練習の時、走るのが辛く苦しい時に、次の電信柱まで、次の電信柱までとの思いで走られたそうです。大選手がそんな思いになりながらも自身を高めて世界に挑戦する、直向きな思いが世界に君原さんを君臨させた様に思います。
私は、その話に、勇気をもらい続けて来ました。

新国立競技場、大会エンブレイム、白紙、ゼロからの復活は大変なエネルギーを要すると思います。今回の一連の出来事を白紙とした結果は、仕方のない事と思います。
そこに至るまでの、不都合があったのは確かな事と思います。

1964年の東京大会に生きる力をもらった国民は、今、まだ、たくさんいます。
東京大会の時を生きた国民は、実は、白紙撤回の出来事に負ける様な軟な思いはなく、もっとタフである様に思います。
仕切り直しの第一歩を確りと国民に示す事が出来ないと、国民は大会から遠ざかってしまう様に思えます。
競技に思いは寄せても、大会運営に寄せる関心や興味が薄らいでしまう様に思えます。

あの時は、あの大会は、と、後世に伝わらなくなってしまうかもしれません。
今、日本は、成熟した国として世界の模範となる先進国であると思います。
2020年の大会運営にミスなどないと見られる国が、本当に大きなミスを繰り返してしまいました。オリンピック史上初めて・・・・です。

1964年、高度成長期、日本、東京のインフラ整備が本格的に進んだ時に、国民が本気になって迎えた東京大会。
4年前、私は、友人と1964年から2020年へとの写真展を地元久我山で開きました。正直、申し上げ、オリンピック・パラリンピックとはあまり結びつかないのではないかと、失礼ながら思えるご婦人の方々から、この年に結婚をして、新幹線に乗って京都に新婚旅行に行った、新幹線が出来るのを待っていた、初めての旅行に行った、オリンピック・パラリンピックどこではない、人生最良の出来事を皆さんつかんでいました。
そして10月10日の開会式の話題が湧き上がったのを思い出します。
2020年、2回目のオリンピック・パラリンピックが東京に来ます。
準備が滞りなく進む様に、区議である限り、確りと、スポーツ施策に取り組んで参りたいと思います。
東京の地に眠り続ける1964年・東京大会の魂にご加護を願う。






2015年08月19日 

シンドラーのリストを、何回かに分けて見終わりました。
1994年に封切られていると思います。今から21年前の作品です。 
私は、このビデオを購入してから見る事無く、棚に置いておりました。
大人の手に握られた子供の手がカバーに描かれています。

この映画とは全く次元が異なりますが、私が、父親のでかい手に我が手を握られた、そのでかい手の感触をいまだ覚えているは、小学生の2〜3年生の頃、年末のお酉様に出かける時に、揺れる電車の中で私が転ばない様に手を握ってくれた時の事です。
分厚く本当にでかい手を今も思い出します。

10年前、父親が他界する2〜3日前に、もう何も語らぬ父親の腕と手を握り、もう最後かなと病室を出た日がありました。
確りしたでかい手でした、父親の威厳を最後まで私に示してくれたと思っております。

私は、孫たちの手をよく握ります。
昨日も、次男の子供4人が我が家に来ておりました。
長男は中学生になり握手が苦手になってきた様に思いますが、私は、いつも握手攻めをします。昨日、孫たちが帰る時、車の中にいる次男と三男、一番下の長女と窓越しに握手をしていると、長男が奥から手を差し出してきました。
嬉しいですね、確りと握り返してやりました。
自身の息子とは握手をしていない、今度、握手を求めてみるか・・・・。

此の間、8月15日を挟んでおります。
戦争が作り出すものを考えねばならないと思うが、戦争を支持し指揮する側に過ちは感じ取れないと思う。
大義名分が罷り通るのか、本当に、筋の通った戦い、戦争があるのかと思う。

孫たちの手は、優しい。
私の父親も、私の息子、孫たちの手をよく握っていました。




8月7日 今、思っている事

気力をなくし、何もせずと言う事では決してなく、議員活動を進めて参る中で、これからもこれで良いのかな、これからも・・・、色々と思いを巡らす日々を、実は、過ごしておりました。

4月に区議会議員選挙が行われ、三期目の議席を頂く事が出来ました。
偏に、地域の皆様から頂いたご信任の賜物と感謝を致す中で、自身に足りない処が、不足している処があるのでは・・・、地域の代弁者との思い中で議会活動を頑張ってきた私にとって、今、社会が、安全保障問題、国民皆が期待を寄せている2020年への対応、日々繰り返される凶悪事件、広島、長崎、終戦記念日、・・・等々、安定した社会とは言い切れず、社会に苛立ちや怒りが生まれ、私たちが暮す地域にもに様々波及している処があると思います。

政権与党、自民党の一党員、自民党の一地方議員の私の身体の中を国政の風が吹き抜けて行き、その風の流れを日々後追いしている感があります。
その風を受け、身体で感じ、もがき、その思いを議会活動の力の一部にと思う処がありながら、自身の勉強不足の中で、風が吹き抜けて行ってしまう感があります。

基礎自治体・杉並区は、区民生活に直接関わる行政の最前線にあり、福祉の向上、教育、まちづくり等、区民生活の向上を図っております。
杉並区議会は、その行政の予算と決算の成立に関わり、行政と共に区民福祉と区民生活の向上を図っております。
都政、国政との連携はもとよりですが、今、社会が大きく揺れている諸問題を確りと見据え区議会活動に当たりたいと考えております。







7月11日 世界遺産

 私は、今月8日、長崎県、端島、軍艦島に上陸する事が出来ました。
世界遺産に決定した2日後の船に乗船する事が出来ました。

軍艦島は、島の所有者である三菱重工が上陸出来る様に配慮をしており、軍艦島コンシェルジュが案内をしてくれるシステムがとられておりました。
表現が適切とは言えませんが、崩れ行く遺産でもあり、大変慎重な対応がとられており、
島に上陸する時、雨が降っていても傘は使用出来ず、皆、レインコートを着用しなくてはならないルールづくりがされておりました。
もちろん、ゴミ等も個人の責任の下、持ち帰らなくてはなりません。
飲食の禁止、禁煙も徹底されています。
島では水が確保出来ないのでトイレの設備もありません。
心して見学を行う必要があります。
コンシェルジュ達は、皆、てきぱきとしており、世界遺産の見学に相応しい対応と感心致しました。

当日は、晴れておりましたが台風の影響で波が高く乗船間際まで運航が危ぶまれており、島まで運行し波が高いときは引き返す事が条件で出港しました。
軍艦島は、長崎港の湾外に位置しますので、波が高い時は、桟橋に接岸するのが危険である事が良く分かりました。

さて、明治、大正、昭和、日本の発展を支えた石炭産業、日本発展の為のエネルギーを採掘する炭坑の歴史が軍艦島に、生々しく残されている事を実感しました。

命の階段と称する施設が残っておりました。
海底400メートル以上のところにある横穴炭坑へ降りて行く縦穴坑の入口です。
仕事を終えその竪穴抗を上がり地上に戻った炭坑作業員達は、水の少ない島内で、先ずは、真っ黒に汚れた衣服のまま海水の風呂に入り衣服を洗い、2回目に海水で身体を洗い、3回目に真水を沸かした風呂に入ったとの説明がありました。
仕事の大変さと、風呂から上がった炭坑作業員達の安堵を説明の中から理解する事が出来ました。

終戦後、私の父親は、家庭用燃料の販売を手がけました。
薪炭に始まり、石炭、石油、ガスと歴史を辿って参りました。
軍艦島の閉山は1974年、昭和49年ですので、私が21歳の頃です。
当時、区内の家庭でも石炭風呂の家があり、私も店の手伝いで石炭の配達を行いました。
子どもの頃には、大人に交じって、カマスに入れられた石炭が問屋から届き、その石炭を家庭で使いやすい大きさに砕いた事もあります。
石炭を加工したコークスもありました。
小学校や中学校のだるまストーブの燃料として使用されていました。
石炭より火力が強く、鍛冶屋に配達をした覚えがあります。
石炭が身近にあった自身ですので、軍艦島、世界遺産との事より、我が人生の古き良き時を訪ねた様な気がしました。

黒いダイヤと称された石炭、3・11以降、火力発電所で再使用されていると思います。
今は、極、少なくなりましたがSLの燃料も石炭です。
蒸気から生まれる力に、私は、魅力を感じます。

崩れた施設のがれきの中に石炭がたまに見えました。
感傷的な思いになりシャッターを押して参りました。


2015年06月28日 杉並和泉学園・落成式

 昨日、27日、杉並区立小中一貫教育校・杉並和泉学園の落成式に出席を致しました。
区内で初めての小中一体型の学園が整備されました。
小学部1年生から中学部9年生まで、義務教育9年間を通して学ぶ教育が始まりました。
区は、小学校と中学校が連携を図る一貫教育の形を取り入れておりますが、一つの学び舎で9年間を通して義務教育を受ける事を、私は、肯定的に受け止めております。

教育とは別の切り口になりますが、核家族化と少子化が進む社会に在って、一貫教育校の生活は、従来の一般校より多年齢化していますので、児童と生徒間に兄弟や姉妹の様な関わりが持てると理解を致す処です。
その様な中で、私は、文化や芸術、スポーツを通して9年間一貫した、現状の部活動に代わる新たな活動の場を子供たちのアイデアも取り入れて設ける事が出来ると思うのです。

特に、私の持論である、スポーツを通して人づくりに結び付ける事が出来る施策を示す事が可能ではと思っております。
新たな教育の流れに、新たな期待を寄せております。


2015年06月17日 第2回定例区議会 終了

 6月16日に、第2回定例区議会が終了いたしました。
4月に区議会議員選挙が行われ、新たな任期を向かえ初めての議会であり、本会議、常任委員会、特別委員会は、臨時議会で決められた新メンバーで行われ、新人議員の方もおられなんとなく、そわそわした感じでした。

さて、今期、私が所属をいたします常任委員会は都市環境委員会、特別委員会は文化芸術・スポーツに関する特別委員会です。

都市環境委員会は、まちづくりが主になりますので、暮らしやすい住みやすい地域を築くことを第一に願い区議会活動を進める私にとりましては、やりがいを感じております。
この度の議会では、自転車駐車場の条例改正が上程されましたが、内容は、自転車駐車場の廃止に関する案件で、民有地を借地として運営を行ってきた経緯があり、区民生活の利便性を後退させる、悩ましい問題でもありました。

社会生活が様々変化する中で、自転車の性能が極めて進化していると私は理解をいたしております。
地域の生活の中における、自転車に関するルールを再検討しなくてはならないと強く感じております。
自分自身、自転車を利用する時に、オッといけない、と、反省する事が多々あります。
大変、取り組みが難しい自転車利用のモラル、その、周知と啓発が進む様、声を届けて参る所存です。

文化芸術・スポーツに関する特別委員会は、前期から続けての所属となります。
スポーツを通して、人づくり、地域づくり、まちづくりを進めて参りたいと願う私には、正に、やりがいのある委員会です。
国や都が施策を進めて参る総合型地域スポーツクラブ、区もその検討を進め、区の3ヵ年実行計画に総合型地域スポーツクラブ立ち上げの施策を示しております。
10月からはスポーツ庁が開設を致します。
国のスポーツ施策の中でスポーツ文化の向上が図られ、区民スポーツ、地域スポーツが充実される様、委員会活動を頑張って参ります。




2015年06月02日 議会が始まりました。

 5月28日から、第2回定例区議会が始まりました。
私にとって、3期目の区議会議員活動になります。
地域の皆様に、ご信任を頂き、本格的に議会活動がスタート致しました。

常任委員会は、都市環境委員会。
特別委員会は、文化芸術・スポーツに関する特別委員会。
に所属する事になりました。

28日の議会初日には、続けて参りました一般質を行いました。
新たな任期を迎え地域の諸問題を問いました。
10月にスタートするスポーツ庁と区民スポーツの関わり、区が施策を進めている総合型地域スポーツクラブ、小学生が期待を寄せる中学校部活の在り方と、部活の顧問制度について、特に今回は、部活顧問を務める教員の負担面について問いました。
まちづくりの面から、区内の水害多発地域対策の早急な実施と取り組みを問い、もう一点、暫定使用が終了し、いよいよ整備が始まった仮称・高井戸公園の整備について質問を行いました。
地域の方々が大変気にしている、整備終了後に決められる公園の正式名称について問いました。
これらの質問文は、下段の「熊さんの瓦版ダイジェスト」に掲載を致します。
区が発信するホームページの区議会を検索して頂くと、私の、一般質問の動画を見る事が出来ます。

本日で、一般質問が終わり、議案の上程が行われました。
明日より、常任委員会が始まります。
今任期も地域の声を議会に届け、地域の声が反映される区政を目指して参ります。





2015年05月13日 新任期を迎える中で。

選挙が終わり、一連の諸事が進み少しずつ落ち着き初めていす。
3期目を迎え、基礎自治体の議会の一議員として大切にしなくてはならない事を自問自答、第一の答えは、地域の声です。
そして、地域の皆様から頂いた期待に対して、私が、第一に応えなくてはならない事、それは、地域の声を議会に届ける事であると思います。
2期8年の間、私は、地域の声を第一に思って参りました。
これからも、その思いを決して変える事なく、議会に、地域の大切な声を届けて参る所存です。

私が言わんとする地域の声は、区民皆様が行政に対して日頃から持つ意見や注文です。
その声が、区民生活の利便性を高め、区民生活の向上を図り、区民生活を充実させる為の福祉の向上につながり、暮らしやすい、住みやすい地域を私は築いて参りたいのです。
私が大切にしなくてはならないとする地域の声を、道路に出来た凹みの整備、カーブミラーの整備、電柱の撤去の声を届けても大した事はないと聞き取れる発言をする方がいますが、私にとっては、それらの事も含めて本当に大事な声なのです。
区民生活の中に起きるどんなに小さな事でも、私は、真剣に取り組んで来た思いがあります。

新任期を迎え、私は、改めて、自身の区議会活動が地域に根差す区議会議員活動と地域皆様からご理解を頂く事が出来る様、日々挑戦の思いを大切して参る所存です。




2015年04月27日 感謝

 本日、区議会議員選挙の開票が行われ、三期目の当選を果たす事が出来ました。
地域の皆様、ご親任を頂きました皆々様に心から感謝を申し上げます。
明日からの区議会活動、一つひとつ、積み重ねて参る所存です。
宜しくお願い申し上げます。


2015年04月18日 杉並区・区議会議員選挙

 明日、4月19日から区議会議員選挙が始まります。
私にとりまして、三期目を目指す選挙になります。
地域の皆様に、ご信任を頂き2期8年に渡り区政に参画を致して参りました。
私は、この間、一貫して地域の皆様の声を議会と行政に届け、その声が区政に反映され、地域の皆様の目に見える施策となるよう心掛けて参りました。

地域の皆様に、三度のご信任を賜る事が出来ますれば幸甚に存じます。

選挙期間中は、更新を休み、精一杯、選挙戦を進めて参る所存です。
何卒、宜しくお願い申し上げます。


2015年04月12日 今日の思い

3月の下旬は、気温が20度を超え汗ばむ日が続きましたが、このところは、気温の低い日が続いています。
4月に入り、真冬並みの服装で朝の駅頭に立ちました。
今までで、初めての様に思います。
3月下旬に咲いた満開の桜も冷たい雨に打たれ大方の花びらが散って仕舞いました。

一週間後の4月19日(日)からは、統一地方選挙・杉並区議会議員選挙が始まります。
この度の選挙は、私にとって三期目を目指す選挙になり、今は、その準備を進める日々が続いています。
此の間、地域の皆様にご親任を賜り、二期八年に渡り区議会での活動の場を頂く事が出来ました。
私の人生に取りまして、正に、最高の活動の場を皆様からお与え頂き、その信頼に私なりではありますが、一生懸命務めさせて頂いた思いでおります。
元より浅学非才、一生懸命との思いにしか至らぬのですが、地域の信頼に応えるべく走り続ける事が出来た思いでもあります。
心より感謝を申し上げる次第です。
三期目に向かい走り続ける心の準備と覚悟は、誰にも負けぬ思いでおります。

若かりし頃のロード練習を思い出します。
坂道に差し掛かり、尚、ピッチを上げ走り続ける、直向きに、議会活動の坂道を走る思いでおります。




4月3日 春

朝、駅頭活動をしている時に、フッと気が付いた事がありました。
小学校や中学校が春休みで幾らか駅前の道を通る人数が減る時期なのに、高校生も部活の生徒たちが学校に行くくらいなのに、何故か人通りが多く感じられるのです。

男女問わず新しいスーツを着た新入社員たちの姿や大学の入学式に出席すると思える家族連れ等、駅頭が華やかな感じがします。

新年度になり、4月初旬は晴れやかな雰囲気です。
桜も満開、新年度に期待を寄せ、社会全体がウキウキしている様に思えます。

私の社会人一年生は、40年前です。
大学体育会で競技スポーツに明け暮れた大学生活、そして更にスポーツへの思いは強く、社会人としても企業スポーツの世界を選び、ハンドボール競技に明け暮れました。
その様な中で、釈然としないところもありました。
仕事とスポーツ、私は、大学を中退して企業スポーツのチームに所属しました。
仕事とスポーツと欲張って言えぬ企業社員であったのだと思います。
企業スポーツの選手にも所属先はあり、当然、仕事への興味や情熱、やる気が膨らみますが、大卒の一般企業人としては通用しない部分もあり、未熟な社会人一年生には、何とも、解決の方法を見出す事が出来なかったのだと思います。

未熟と記しましたが、当時、高校卒業の資格で年齢のギャップを乗り越えなかったのかと思う時があります。
色々、思う事がありますが、今の自分、今、この時を生きている自分に、私は、何の後悔もなく、私の人生に感謝。
両親に、家族に、妻に、子供たち、孫たちに、そして、地域の多くの方々に感謝。

今日、私の高校時代にハンドボールの指導を頂いた、恩師が絵画の個展を開かれ、その準備を手伝い、ギャラリーで恩師や先輩方々と話をし、先ほど事務所に戻りパソコンに思いを打ち込みました。

私は、自身がスポーツに打ち込み、人生のものさしを刻んで来た事に少しの自信を持ち、自身の役目を確りと果たして参りたいと思っております。







2015年03月20日 涙

 今日、私の母校、富士見丘中学校の卒業式に出席を致しました。
2クラス80人に満たない卒業生達でした。
富士見丘中学校の卒業生がまもなく1万1千人になります。
60周年の式典が昨年行われました。
単純計算で1万1千を60で割り算してみると、約183になります。
今年の卒業生は、79人ですので、少子化が伺えるところです。

卒業式が進む中、私自身の卒業式を思い出してみました。
当時は、送辞、答辞、今は、送る言葉、別れの言葉に代わりました。
卒業生、在校生が互いに合唱を行い自分たちの思いを歌に託していました。

みんな歌が上手です。
みんなの感情が歌に表れていました。
私の卒業式から46年の時が過ぎております。
文化の向上を感じました。
私自身、歌声の中にいて幸せを感じました。

反面、今、社会では様々な人間模様が浮き彫りにされています。
川崎でおきた、悲しく辛い事件がありました。
事件と結び付ける思いはありませんが、経済格差が教育の格差を生むと言われているこの頃、絶対にそんな事が在ってはならないと思います。

政治の最前線である基礎自治体の議会に参画する一区議として確りと活動を進めなくてはならないと思うところです。

今日、素敵な合唱を聞かせてくれた子供たちに感謝。








2015・3・11 3・11

 4年前、当日は、議会の最終日でした。
議場の天井につるされている照明器具が、地震の揺れで落ちてきそうで本当に心配をしました。
議会が暫時休憩となり、会派の部屋に戻り地震速報に映し出された映像を固唾を呑んで見守った時の緊張感は今も忘れません。
この4年間で被災地の復興は確かに進んではいますが、甚大な被害に4年の歳月は短いと思えます。
今朝の新聞に、一度だけでいい。戻ってきて との見出しで、亡くなられた方への思いが掲載されていました。
一度だけでいい。戻ってきてとの見出しに、私は、涙が出ました。
本当に、辛い表現だなと思いました。
大自然の力に、屈し、突然、愛する家族や友人や知人がいなくなり、生活の場も、突然。無くなってしまった、あまりにも無茶苦茶な天の仕業に、少しずつ、少しずつ、立ち直ってきた人の力も凄いと私は思う。

4年前の震災直後に統一地方選挙が行われましたので、この4年間の区切りがなおさら気に掛ります。

今年の議会も、明日と明後日の二日間を残す処となりました。
本会議おける一般質問、予算委員会における質問、所属する総務財政委員会における質問と、改選期を迎える前の最後の議会、私なりに地域の声を伝えさせて頂きました。
昨年の豪雨による久我山駅周辺の雨水氾濫の被害対策の予算が示されました。
地域の皆様の目に見える施策を、確実に一つひとつ積み重ねて参る所存です。




2月15日 

2月13日、議会中に田中区長のアクシデントがありました。
詳細につきましては、新聞報道等がありましたので申し述べませんが、大事に至らず本当に良かったです。

さて、私は、4月22日で62歳になります。
肥満気味、正直申せば、肥満です。
健康の大切さを痛感しました。
身体運動、スポーツの重要性を議会で問う立場に在る私ですので、他人事ではなく、自身の足元を再度確り見直さねばと思う処です。

2月13日、私は、一般質問のトップバッターとして望み、杉並区のスポーツ施策に関する質問を行いました。
私は、以前より中学校の部活、総合型地域スポーツクラブの2点について質問を重ね続けて参りました。

スポーツを通して、人づくり、地域づくり、まちづくりの思いをこれからも大切にし、区議会活動の力点として参る所存です。

私は、ヨーロッパ型のスポーツクラブが地域に必要と考えております。
学校体育と密接した日本型スポーツ文化ではなく、誰でも皆が、自身が生まれ育った地域でスポーツに出会える形が必要であると考えております。
地域の子どもから大人まで、誰でも皆が地域で共通したスポーツの話題を持つ事が出来る環境が大切で在ると思います。
スポーツが地域コミュニティーのツールになります。
地域のそこはかとない安心感を醸成する事が出来ます。

私は、広く社会において、地域ごとに総合型地域スポーツクラブが設けられて行く事が望ましいと考えております。
杉並区が施策の拡大を図って参る、スポーツアカデミーの活動は、その基盤づくりに最適と考えます。
区のスポーツアカデミーの施策は大変評価されるべきものと私は考えております。
その活動の中から、私は、ヨーロッパ型のスポーツクラブが立ち上がる様、声を届けて参る所存です。

冒頭に、田中区長の事を申し述べました。
その後、田中区長から、大熊さんへの答弁を全う出来ずに申し訳ない・・・とのメールが届きました。
区長の復帰お待ちしておりますとの返信を致しました。

54万区民の命を守る区議会活動の重責、その重さを改めて思う昨日今日です。


2015年02月06日 迷っていました。

 1月6日に新年のご挨拶を掲載してからアッと言う間に一ヶ月が過ぎてしまいました。
皆様に伝える事は、と、パソコンの画面を見たら一ヶ月が過ぎていました。
何をしていたんだと、自身に気合を入れておりますが、日々坦々と時を過ごした訳ではなく、此の間、中東で邦人の殺害事件がありました。
拘束されてから殺害に至るまで、特に、殺害をほのめかす映像が流れ始めてから、私は、何とも言えぬ思いの中にありました。
気が晴れない、重い気持ちと言えば良いのか、常に世界が変化している事を承知しているつもりでいても、日本人が中東の渦の中にとの思いが強くなりました。

アフリカ・アルジェリアで日揮のプラント襲撃事件があり、世界で活躍する誇り高き日本人技術者の命が奪われた事件がありました。
今回は、軍事会社を設立した邦人が拘束され、人道的報道を続けて来たジャーナリストが心配をし中東に出向き拘束され、残虐な手口で二人の命が奪われました。

世界と日本がどう付き合って行けば良いのか色々と考えさせられる事ばかりでした。
日本が武力解決を出来る訳はなく、外交解決が唯一の中、時が過ぎ、命が絶たれてしまいました。

冷たい見方と思われてしまいますが、解決策が見い出されない、教訓として生かす重い課題と、私は、考えています。

皆様から、顰蹙をかう事になると思います。
大熊は、そんなものなのかと憤慨されてしまうかもしれませんが、今回の事件が進む中、
自分は日本人である、との、思いを改めて意識し、生活は、此処、杉並に在りますが、世界の流れを意識しする事を忘れてはいけない、と、反省をしております。
そして、私は、必要な時に確りと国歌を歌える自分で在りたい、と、何故か思った次第です。
幼稚と思われるかもしれませんが、世界の変化の中ので、日本人として毅然と生きて行く事の大切さをこの間の出来事で改めて受け止めました。
国への帰属意識を自身に問う機会でもありました。

2015年、平成27年、一ヶ月が過ぎる中で、私に取りまして、重い月日ではありましたが、自身の心の勉強をさせて頂きました。
また、明日から、新しい一日いちにちの積み重ねを大切にして参ります。
感謝。



2015年01月06日 新年のご挨拶

平成27年 新しい年が始まりました。
あれも、これも、と、意気込んでおりますが中々出来るものではない、と、新年早々に感じております。
いつも通りの自分に出来る仕事量とそのペースに落ち着いてしまいます。

此の文章を書き込み始めると、あっ、あれも、これも、と、色々思いだし、決して忘れている訳ではないのですが、片づけなくてはならない事が沢山あります。
年の初めと言う事で、仕事がゼロから始まるのであれば嬉しいのですが、以前からの仕事に新たな仕事が間違いなく加算されて行きます。
マイナスから始まって、先ず、ゼロにするまでが大変です。
何もしていなかった訳ではないのですが・・・自分なりに仕事を終わらせて行くしか道が無さそうです。
迅速に仕事が出来ればと、特別、悲観している訳ではなく、今の私には、一つひとつとの思いが大切であり自分に合っている様です。

私は、区議に初当選したのが54歳ですので、今年、4月に行われる統一地方選挙の折には、2期8年を終え62歳になり高齢者の域に近づいて参ります。
60歳代は、自己の人生を積み重ねる中で得た人生観と自己の知力と自己の体力が人生の黄昏を迎える中で研ぎ澄まされ冴える一時期と思えるのです。
自身がそう在りたいとの思いかもしれません。

私は、人生の60歳代において地域の方々からご親任を頂き、地域の代弁者として議会に地域の声を届け区政に反映させるべく活動が出来る自身を幸運であると思うと共に、地域の代弁者としての責任を確りと果たして参りたいと思っております。

元より浅学非才、足りない処が多い私ですので、精一杯、一生懸命の思いを今年も大切に致して参ります。
論より証拠、一つひとつ牛歩の歩みかもしれませんが、皆様の目に見える施策を地域に展開出来る様、着実に区議活動の歩みを進めて参る所存です。








2014年12月31日 大晦日

 今年も、あと数時間で終わろうとしています。
神社の大払い、神棚のお札を準備、お墓の掃除等が終わり、今年一年が去ろうとしています。
心を新たに新年を迎える事が出来ればと思います。

「心を新たに」と言うと、何か、硬くなってしまいます。
構えず、平常心で、来年への区切りをと思います。

昨日走る事が出来た、今日も走れる、そして、明日また必ず走れる。
昨日出来た事は、今日も出来る、明日も必ず出来る。
合宿所暮らしをしていた若い頃にいつもそんな事を思いながら、明日を求めていた事を思い出しました。

一つひとつ、来年も積み重ねる事が出来ればと思います。


2014・12・27 御用納め

 12月26日・金曜日、昨日が御用納め、今年も一年がアッと言う間に過ぎた様に感じております。
手帳に記した毎月の予定表を見直すと、あれもあった、これもあったの一年です。
あれも、これも、精一杯、一生懸命の中で時が過ぎたように思います。

議会活動では、年4回の定例区議会において、4回の一般質問を行う事が出来ました。
議会に地域の声を届け地域の声が反映される区政を私は標榜して参りましたので、定例議会毎に地域の実態を示し、区の所見を求める中で、区民生活の向上を図る為の施策に結び付く区議活動が出来たと考えております。


第1回定例区議会では、2020年・オリンピック・パラリンピック東京大会を前に、国のスポーツ基本法に示された、総合型地域スポーツクラブの立ち上げを区がどの様に対応して行くのか問い、合わせて、2020年・東京大会に向けた区民の自主的活動に対する支援を都や国へ働きかけるよう望み、区の積極的な答弁を得ております。
他に、久我山地域の今後のまちづくりと上高井戸地域の用途変更に関する質問を行いました。

第2回定例区議会では、久我山のホタル祭りを紹介し、商店会の今日までの努力を区に伝える中で、杉並区が協定を結ぶ友好都市においてもホタルの生息が確認され、それらが友好都市の振興に役立っているとの事なので、久我山のホタル祭りと連携し、友好都市同志における仮称ホタルサミットの開催を提案しました。
又、今後、整備が進められる仮称都立高井戸公園の整備に当たり、ホタルを放流する神田川沿いの自然が多く残る傾斜地をホタル放流の舞台とする事と、神田川を介してつながる富士見丘とホタル祭りを広域的なイベントとして拡大して行く事が望ましいとの質問を行いました。

その後、区・産業振興センター、環境課、文化交流課、まちづくり推進課、区民課の横断的な連携の中で仮称ホタルサミットへ向け、実行委員会の準備が始まりました。
嬉しいニュースです。

第3回定例区議会では、今年の度重なる豪雨、都市型集中豪雨がもたらした久我山駅周辺の雨水氾濫について質問を行いました。
この度の雨水氾濫の根本には、都が進める下水管の整備事業があります。
下水管の径を拡大する整備が遅れ、都市型の集中豪雨の際に下水管が雨水を吸い込みきれなくなり地域に雨水が氾濫してしまう現象が繰り返されています。
その様な中で基礎自治体・杉並区に出来る事を、区民の目に見える施策として示して欲しいと問い、側溝に整備されている雨水の吸い込み口である溜桝を増やす整備、溜桝の容積を大きくする整備、簡易型の雨水貯留槽の整備、雨水が流れる坂道の途中に道を横断する形で大型のグレイチングを整備する等、早急に実行できる確りした答弁を受けております。

第4回定例区議会では、今、地域で必要とされている、特別養護老人ホーム、特養が閉鎖的で地域の迷惑施設であるかの様な見方をされ、地域に理解が得にくい整備であると聞き及び、私は、その様な思いに、理由はあるにせよ理解を示す事は出来ませんので、迷惑施設との思いが一掃されるよう願い質問を行いました。

今後、宮前5丁目に整備される特養は、地域の防災会から地域に拓かれた防災拠点型の特養整備が望まれ、田中区長に要望書を提出し、現在、その意を受ける形で準備が進められています。
私は、要望書を提出するお手伝いをさせて頂いた経緯もあり、今後、区内に整備される特養が地域に拓かれ、地域に密着した運営が進められるよう求めました。
又、静岡県南伊豆町に整備される特養の進捗状況も合わせて質問いたし、田中区長から、宮前5丁目に整備される特養の必要性が示され、南伊豆町の特養についても、国と静岡県の三者による調整の途中との答弁がありました。
その後、12月11日に杉並区と南伊豆町、静岡県による特養整備が正式に決定され、新聞報道されました。

今年の定例区議会において行った4回の一般質問のあらましを記させて頂きました。
私は、基礎自治体である杉並区が区民生活の向上に向け、様々な施策に取り組んでいる事を評価する中で、区議会に参画する区議として地域の代弁者として、地域の声を議会に届け、地域の声が区政に反映される事が大切であり、地域の方々の目に見える施策であるべきと考えております。
今年もあとわずかで終わり、新たな年を迎えます。
新年を迎えるに当たり、何か身の回りに大きな変化が生じる事はありませんが、目に見えませんが、心の区切り、新たに心を切り替える事が出来る時であると思います。

私は、来年も、地域の声が反映される区政を目指して参る所存です。
足りない処が多い私ですが、精一杯、一生懸命にとの思いを新たにして参る所存です。





2014年12月13日 総選挙を通して。

 12月2日に始まった総選挙、本日が最終日です。
アッと言う間の12日間でした。
新聞報道各社、色々と記事を書いております。
どれが正しいと、軽々には申し上げられませんが、私は、東京に住む区民、都民、国民の一人として、基礎自治体の議会に参画する自民党の区議として、地域経済の再生があってこそ国全体の景気回復が進むと、この度の選挙中に考えておりました。

主要産業の回復の下に地域経済が引っ張られるのか、地域が頑張って点から面へと経済の再生を拡大して行くのか、アベノミクス、第三の矢、成長戦略の途中で総選挙をむかえました。
第三の矢、成長戦略に示された規制緩和等に期待を寄せる中小零細事業主が地域経済の中で、今後、事業の再生を果たし易くなる様、政権与党に再び戻るであろう自民党は頑張らなくてはならないと思っております。

景気回復、地方創生、そして、私たちが暮す地域の経済の再生、地域の暮らしの中での安心、安全、健康を築いて行かなくてはならないと、区議会に参画し、地域の代弁者と自負する区議の一人として考える処です。

私は、生まれ、育ち、暮らし続けてきた、久我山の地で家庭燃料の小売業を父親の代から共に営んで参りました。
第1次から第3次まで、過去3回のオイルショックを身を以て経験しております。
扱う商品は、灯油、プロパンガス、原油価格の影響をもろに受けて参りました。
円高、円安、デフレ、インフレ、経済の最前線で生きる地域の小売業者の悲喜交交を経験して参りました。

その様な経験を、この度の総選挙の応援を致す中で、地域で応援のマイクを握りながら、地域の経済の再生を改めて自身に投げかけておりました。

地域の商店街が、地方の商店街が疲弊をし、シャッター通りと呼ばれる商店街、商店主は頑張ってきました。
その中で、役目を終えた商店もあります。
商店主たちは、苦渋の選択の中で名誉ある撤退を行っています。

改めて、第三の矢、成長戦略の規制緩和に期待を寄せる処です。
中小零細事業主に届く規制緩和を望み、地方創生に期待をするところです。

自身の、小売り事業者としての経験を今後の区議会活動に生かして参る所存です。


2014年12月04日 差し出し人様のお名前が無い封書が届きました。

 本日、私の自宅に、差し出し人様のお名前が無い封書が届きました。
内容は、今後、進められる、都立高井戸公園の名称が仮称・高井戸公園とあるが、現在、公園用地は、総てが久我山の住所内に位置している中で、高井戸の名称がそのまま使用される事への懸念が記されておりました。

地域の皆様に、ご親任を頂き地域の代弁者として、地域の声を議会と行政に届け、地域の声が反映される区政を、私は、区議会活動の理念としておりますので、仮称・高井戸公園の整備は都の事業で在りますが、公園の名称に関する地域の声を、確り、議会に届けて参る所存です。

公園の名称については、地域の方々が同様に持つ区民感情であると、考えておりました。
何れの時期で、地域の思いを的確に、議会と行政に伝えるべきかと考えておりました。
確りと対応を致して参ります。

ホームページ見て頂ければ幸いです。
ご指摘に、感謝を致します。


11月22日 衆議院解散

 11月21日に衆議院が解散されました。
アベノミクスと消費税10パーセントへの再信任を問う総選挙と考えております。
本当に必要な総選挙なのかとの声が挙がっております。
私は、国民が、国の進む方向性を改めて考え直す選択の時を得たと考えております。
支持率の高い政権運営が本物なのか、選挙費用の無駄使いと揶揄されておりますが、約700億を掛けてでも、国民皆が、改めて、国の進むべき方向を考える時と思います。


杉並区議会は、現在、第4回定例区議会の最中ですので、21日、午後、衆議院解散に合わせて、12月2日より始まる総選挙の為の補正予算1億8千万円余を議決しました。

アベノミクスと称される中、金融政策、財政政策、成長戦略束、三本の矢を安倍政権が放ち、毛利元就の三本の矢の如く三つの政策が束ねられ、折れる事なく強さを増す中でデフレ脱却へ進む事が叶わなかったと思います。

消費税の増税による駆け込み需要後、地域経済が思いのほか停滞してしまったと思います。
地域経済の元気度が示されなければ、社会経済の成長に結びつきません。
地域経済に好影響がないままに総選挙を迎えておりますで、マイナス面はあると思います。

改めて、国民が現政権に国の舵取り役を任せるのか判断する選挙と考えます。
国民が信頼出来る政権運営を望む中、有権者は、有権者としての責任を果たす事が大切であると考えます。
国の方向性を判断する国会・衆議院の議員を選ぶわけですから投票率が上がり、確りと民意が示される事が大切であると思います。

国政と都政の下に、基礎自治体である杉並区があります。
私は、その基礎自治体の議会に参画している意義を確りと自覚し、予算執行と施策に地域の声が反映される様、地域の代弁者としての役割を果たして参りたいと思っております。


11月5日 一ヶ月が過ぎました。

 前回の掲載から、丁度一ヶ月が過ぎてしまいました。
定例議会、25年度決算委員会、委員会視察、地域の行事、忙しぶって仕舞う様で心苦しいのですがアッと言う間に時が過ぎて仕舞いました。

この間、国政においては、同時に閣僚が二人辞任、その後も、後任大臣の政治活動費の使用に関するモラルが問われています。

国政と私が参画する議会とでは、余りにも器が違いすぎますし、この度、注目と批判を浴びた国会議員の方々とは、地域が違いますが、私も、同じ政党人です。
国政においても、私が参画する議会においても、地域の方々の信任を受け、期待が寄せられる点では同じと考えます。
期待に応えると言う事は、責任を一つひとつ果たして参る事で在ると思います。
そして、一つひとつ信頼を築いて行く事で在ると思います。

国政においても、私たち地方議会においても、政務活動費の使用が認められています。 地方議員の政務活動費の使用は公開されますが、国政においては非公開で在ったと思います。 先に、示した国会議員の方々が政務活動費の使用を不正したと言う事ではなく、国政と地方議会、大きな違いがありますが、そこに参画し、活動する議員の心構えは、何ら変わるところなく、一つで在ると思います。

国政においては、国を思い、地方議会においては、地域を思い、共に地域に暮らす一人ひとりの方々の安心と安全を築く事で在ると思うのです。

真面目くさった・・・物言いと思われるかもしれません。
しかし、私は、勇気をもって実行しなければと思うのです。
「ならぬことはならぬものです」会津藩・什の掟が思い出されます。


10月5日 雨と涙

 私が暮す、久我山は、十月の第一週の土日が、地元、久我山稲荷神社の秋季例大祭す。
従来ですと宮神輿の渡行がありますが、本日は雨の為に渡行が中止になり、今、自宅に戻りましたので、パソコンに向かっております。

毎年、十月の第一週は、議会開催中で、しかも決算特別委員会の最中です。
決算委員会は、区議会議員全員が委員になり前年度の予算執行に対する集中審議が行われ、決算認定が行われます。
今年は、平成二五年度の決算認定が行われます。
この、決算委員会が、実質来年度の予算編成に向けた第一歩と言えます。

私は、一昨日、商店街振興について質問を致しました。
二期目を迎えた田中区長が所信を示す中で、地域の特性を生かした商店街振興を挙げておられましたので、私の地元、久我山の商店街が頑張って継続を図っている、ホタルまつりを取り上げました。
来年、二十回目のホタルまつりを迎えるに当たり、杉並区の友好自治体にホタルの生息が認められるのか、又、ホタルに関する事業とその状況を質問し、杉並区の友好自治体にホタルの生息とそれに関わる事業が進められている事の答弁がありましたので。
地域で頑張る商店街が更なる振興を図る事が出来る様に、区として、久我山の地において、友好自治体とのホタルサミットの開催を望み、質問を行いました。

区長から、直接、地域振興を目的としたホタルサミットへ向け、前向きな答弁を頂く事が出来ました。

区長からの答弁に感謝し、今、個人商店がおかれる立場を質問の残り時間の中で一言申し述べようとする中で、私は、思わず涙を流してしまい、その涙が、何故か止まらなくなってしまいました。

地域の皆様に、ご親任を頂き、地域の声を届ける中で、行政が地域に目を向けてくれる、それは、私の、今までの質問から生まれたものなのか、たまたま、区の視点が久我山に向けられていた事なのかもしれません。
しかし、自分が生まれ育ち、家業を続ける中で、地域の皆様に頂いたご親任を背に、地域の質問をし、区長から直接、前向きな答弁を受ける事が出来るのは、正直、嬉しいです。

答弁の後に、私なりの思いを伝え様とした中に、戦後、商店街で頑張ってきた個人商店の中に、社会的構造変化の中で、個人商店の役目を終える職種がある事、それは敗北では無く、名誉ある撤退で在る事を伝え様としましたが、涙が止まりませんでした。

地域への思いを寄せた、私の拙い質問に区長から頂いた答弁、社会的構造変化の中で消えゆく個人商店がある事、思いが重なり涙が止まりませんでした。
今、パソコンの前にいる私は、また泣いています。

今、雨で祭りが中休み、その折に涙の訳を掲載いたしました。    
感謝。


2014年09月06日 総合震災訓練

 8月30日に都と区による総合防災訓練が行われました。
日にちが過ぎ、タイムリーな話題ではありませんが、当日は、大規模訓練で会場も区内3ヶ所に設けられ、救助訓練を行う仮想の現場を和田堀公園内に設け、埼玉消防局、大阪府警の救助隊、海外からも救助隊が参加し実際に救助訓練に参加しました。
仙台市の水道局も給水車を実際に配備して給水訓練を行いました。
都、区、警察、消防、消防団、自衛隊、他府県の救助隊と諸機関、海外救助隊、民間の応援部隊が現場に集合し実際さながらの訓練と、私は、感じ取れました。
今回の様な大規模訓練に町会や自治会の区民が実際に参加出来れば良いのではと思いました。
大規模訓練だからこそ当事者の区民の姿があってほしく思いました。
当日の訓練は3ヶ所で行われましたので、他の訓練会場で区民が参加したからとの事ではなく、メイン会場の災害救助訓練の場に区民が参加出来る場が欲しく思いました。
又、災害救助訓練会場に現場の指揮をとる本部が設置される訓練が行われましたが、区職員の姿がなかった様に見えました。
私たちが訓練を見学した本部テントの中に、危機管理に携わる区職員の姿が在った様に思います。
少々残念に思いましたので記しました。
理由はあると思いますが、都と杉並区との合同訓練で、当事者の区の危機管理部門の職員が見学者と同じ本部テントで静観する様な形がとられて良いのかとの思いになりました。

会場の一角に、災害用のマンホールトイレが設置され海外各国の大使館の方々も当日参加されており、興味深くマンホールトイレの見学をされていました。
災害時のライフラインと衛生面に関する施策を区政の場において確りと地域の声を届けて参りたいと思います。


2014年08月17日 48時間後

 8月15日の終戦記念日から二日が過ぎました。
15日に自分の気持ちを記したくパソコンの前に座り、あれこれと書き込みを始めましたが、まとまらず書き込み途中のパソコンを消しました。
15日、終戦記念日に自分の気持ちを書き込むの事に躊躇しました。
何か、重苦しさがあり、やめました。

戦前、戦中、戦後、多くの国民が悲しみ、苦しみ、もがき、絶望し、少しの期待の中から今日の日本を築き上げた日本人の知恵と力は物凄いと思います。
戦勝国の進駐の下、本当に日本は頑張ったと思います。
国民、一人ひとりが自分自身の役割を果たして来た様に思います。

終戦記念日が近づくと、先の大戦に関連した報道が行われ、戦争責任が論じられます。
69年の不戦の中で日本は戦いを顧みて来たと思います。
69年前、戦いを終えた人々がこの国を立て直し今日を迎えています。

父親が存命の時に、父親の幼馴染の方が我が家に来られ、父親と酒を酌み交わし、満州で終戦直前に参戦したロシア軍に機関銃を連射し、戦った時の話を私も傍で聞きました。
皆、70歳80歳になっても決して忘れる事の出来ない戦争を抱え、家族を養ってきと私は思っております。

やはり父の知り合いの方が、海軍に従軍し、軍艦が沈没し海に投げ出され漂流している時に、八幡大菩薩、南無阿弥陀仏、何妙法蓮華経、と拝んでいたよと話されていました。

皆、苦しい思いの中で、敗戦をバネに今の国を築いてくれました。
戦死をされてしまった方々の無念を背負って国を築いて下さったとも思います。
感謝の思いです。

戦後、日本は、常に、世界に挑戦し続けた素晴らしい国で在ると思います。

只、今、日本は、心を病む人が増えている様に思えてなりません。
毎日の様に殺人事件や詐欺、危険薬物等による交通事故が起き犠牲者が後を絶たず、新聞紙上を騒がせ、テレビが報道を繰り返しています。
人の命が簡単に奪われています。
凶悪事件が繰り返される中で、昨日起きた事件かと思いニュースを見たり聞いたりしていると、別の新たな事件を報道しています。
えっ、また、と、別の事件や犯罪の重大さに驚くばかりの日々が続いています。
決して、誇張しているつもりはありません。

事件や事故そして犯罪に、加害者の心の病が大きく関わっている事も事実で在ると思います。

私は、小さいころから、親が自宅で商売をしておりましたから、店で働く人、祖父や祖母の顔が見え、地域の多くの人たちの見守りの中で育ち生きて来ました。
何事にも代えがたい、心の栄養を得ていた様に思います。

先の大戦で亡くなられた多くの方々、そして、この国を建て直して下さった先陣たちは、
辛い中にも、ひもじい思いの中でも、忘れてはならないもの、家族や友、故郷や夢、生きる力を決して忘れてはいなかったと思います。

豊な社会と言っても過言ではないと言える今、心の病が広がる事に自身も気を引き締めなければと思い、この国の平和を築いて下さった多くの先陣たちに心より感謝をお伝えしたいと思います。








2014年08月03日 ラジオ体操

 私が入会している自治会のラジオ体操が8月1日から始まりました。
今日で3日目、毎回90人前後の方が参加しています。
大人が7割、子共が3割と言った参加状況です。
毎年、大人の参加者の平均年齢が上がっており憂慮致すところです。
裏を返せば、毎年、大人に関しては、同じ方が参加されており中々新しい参加者が増えない状況にあります。

夏休みに入ると、小学校でラジオ体操が行われるので子供たちはその行事に参加して夏休みのラジオ体操が終わってしまうのかもしれません。
その様な事から、自治会のラジオ体操に子供の参加者が少ないのかもしれません。
各町会と各自治会のラジオ体操が行われ会場が分散されますので、少子化の中で各会場に子供が分散され参加する事になりますから、大人の参加者が目立つのは当然かもしれません。

夏のラジオ体操と言う事ではなく、NHKのテレビやラジオで行われている体操は、日常生活の中で誰でもが参加できる一番身近なスポーツであると思います。
杉並区の施策にスポーツ推進計画があります。
その中に高齢者の方々の軽度な運動として体操やウォーキングが記されています。

「熊さんの一言」に自身のスポーツ体験を記しておりますが、正直申せば、私も、運動不足、年齢61歳、正に、ラジオ体操やウォーキングに少しずつ親しみ習慣化しなくてはならないところです。

そして、議会活動において、歩きやすい遊歩道と整地が行き届いた身近な公園整備を忘れてはならないと自信を戒めております。



7月23日 農業委員会

 昨日、梅雨明け宣言がありました。
とは言っても、今日も蒸し暑いです。
からっとした夏空が待ち遠しい思いです。

私は、区議会の選任を受け、区の農業委員会の一員として2回目の委員会活動に携わる事になりました。
昨日は、農業委員会の総会が開かれ出席を致しました。
その席上、委員会の方から先日のヒョウの被害で畑に野菜が無くなってしまったとの話がありました。
夏のピーマンが少し出来たがいつものピーマンより質が悪いとの事でした。
私たちの地域における日常の生活の中で、先日のヒョウがもたらした被害は限定的なもので終わって、熱さも喉元を過ぎればと言われますが、農業を営み、常に気候と戦い、作物に一度キズがついてしまえば修復がきかない農作物、本当に厳しい仕事と改めて感じた次第です。
今、区内の生産緑地が減りつつあります。
農業を営むお宅で相続が発生するとその殆どを失う様な状況に在ります。
畑を如何に残し、区内での地産地消の拡大を進めなくてはならないと考えるところです。
都市型農業の在り方を国や都の施策に求めるだけではなく、日本の首都、東京の都市型農業の在り方、その形を杉並区が示す様な、勢いのある都市型農業を展開出来る土壌を杉並区に作りたいと夢が膨らみます。
夢に近づき形が整えられるよう議会活動を進めて参ります。


7月10日 まちづくり

 まちづくりについて、議会に地域の声を届けております。
私自身の思いですが、まちづくりには夢があります。
国、都、そして私たちが暮す地域を所管する基礎的自治体である杉並区、国が示すまちづくり、都が示すまちづくり、区が示すまちづくり、法や条例に定められ地域のまちづくりが進められております。
今、久我山を東西に抜ける放射第5号線の整備が進められております。
都の事業ですが、久我山地域の部分に区が地区計画を描き、地域のまちづくりが条例の下に進められます。
先日、久我山のまちづくりの会が開かれ、区から放射第5号線整備後のまちづくりについて説明があり、その後、懇談が行われました。
当日は、区・都市整備部の門元部長が出席され、ご自身が体験をした阪神淡路大震災の経験を踏まえ、まちづくりの中で道路整備が大きな役割を果たす事を述べられました。
又、阪神淡路大震災の折に道路の整備がなされていれば救える事が出来た命があったと現地の声を部長が紹介されておりました。

この度、久我山地域を抜ける放射第5号線について、部長は放射第5号線と表現される道路だが、まるで公園を長細く整備する様であると表現されました。
しかし、道路の整備に変わりはないので、ノイズ等の問題を今後どの様に軽減しながら杉並らしい久我山らしい沿道のまちづくりを進めるかであるとの思いを述べられました。

門元部長は、国土交通省で道路整備を担当されているとお聞きしたので、道路整備の本質を理解する中でご自身の体験も含め、区内の道路整備やまちづくりが進められるよう大いに期待を致すと共に、私も、議会等にまちづくりに関する地域の声を届け理解を頂く中で施策が進む様に頑張る所存です。


2014年06月30日 区長選挙・区議会補欠選挙

 昨日、区長選挙・区議会補欠選挙の投票が行われ、本日、開票が行われました。
田中区長が再選されました。
私は、区長の再選を是としておりますが、投票率が28パーセントと低い状況でした。
残り72パーセントの有権者は、選挙結果をどう受け止めているのか、区政に満足しているのか、関心がないのか、あるいは、選挙そのものの周知が足りなかったのか、区民生活が左右される身近な選挙であり、区民の多くの方々に関心を寄せてもらう区政でなくてはならないと考えるところです。

今、杉並区では、保育園の待機児問題、介護施設の整備、学童の整備等があり、杉並区基本構想、施設再編整備計画が進められております。
2020年へ向け、区民皆で杉並力を高めて行く時でもあります。
その様な中で、この度の区長選挙と区議会補欠選挙の在り方を確りと検証する必要があると考えます。

私自身、来年4月の統一地方選挙に挑戦を致します。
地域の一人でも多くの方に、ご親任を頂き、地域の安心と安全そして健康を守り、穏やかな区民生活を求め、地域の声を議会に届け地域の声が反映される区政を築く為に全力を尽くして参る所存です。



6月18日 ビワの木

 私が、久我山駅で朝の駅頭活動を始めたのが2006年・平成18年・12月4日からです。
この間、気が付かなかった事があります。
久我山駅・南口のすぐそば、神田川・久我山橋脇の護岸にビワの木があり、高さ4メートル位に育っています。
今年は、いや、今までもそうだった思いますが、ビワの実が沢山生っているのです。
スズメやムクドリが身をつついています。

今まで、ビワの木、いや、木がそこに生えている事は気が付いていましたが、ビワの木で実が生り、スズメやムクドリが実を食べに飛来している事に気が付いていませんでした。
今年もツバメが飛来し巣作りをしている事やツバメ独特の鳴き声とスピード感のある飛び方に目を見張っていましたが、群れを成してビワの実をつつきながら鳴くスズメやムクドリに気が付かずにいた事が不思議でなりません。
駅頭に立ち、通勤の方々が途切れた時に鳥の鳴き声に癒されていましたが。
すぐ近のみどりの葉の中にオレンジ色の実が生っている事に気が付かずにいた事が不思議でなりません。

朝、多くの方々が行き交う駅頭、一人でも多くの方にお声掛けが出来ればとの思いでおりますので、8年間気が付かずにいた事で良い様な気もします。

ちなみに、ビワの実の事は一週間ほど前、買い物から帰ってきた妻に教わった次第です。



6月13日 平成26年・第2回定例区議会終了

 本日、第2回定例区議会が終了しました。
今回の定例区議会において、私は、下段の「熊さんの瓦版ダイジェスト」に掲載してある様に、都立高井戸公園と放射第5号線の両整備に合わせた久我山のまちづくりと2020年問題を質問いたしました。
久我山のホタル祭りが終わったばかりですが、久我山のホタル祭りを杉並のホタル祭りへと拡大出来る様、都立高井戸公園、放射第5号線、両整備と連携したまちづくりを求め、東京都との連携を確り図って行くとの前向きな答弁を得ております。
国政においては、経済の復調が示されておりますが、地域経済の復調においては、まだ、復調の兆しは厳しいと感じておりますが、社会全体としては、2020年に向け、希望を見出していると思います。
地域経済の復調を求め、杉並区の産業振興施策について質問を行いました。
地域経済の活性化は、先ずは、地域の商店街の元気であると思います。
元気の源を確りさせる為に、区の産業融資制度について質問を致し、田中区長から、利率を下げ、より使いやすい融資制度へとの答弁を頂きました。

さて、この度の定例議会は区議会議長をはじめ改選の議会です。

私は、議会から農業委員に選任されました。
杉並区の都市農業の更なる発展の為に議会の代表として頑張る所存でおります。

常任委員会は、筆頭委員会である、総務財政委員会に在籍を致す事になりました。
杉並区の台所を預かる委員会ですので確りと地域の声を届けて参ります。

特別委員会は、文化芸術・スポーツに関する特別委員会に引き続いて在籍を致します。
日頃より、スポーツの持つ潜在的な力を生かし、人づくり、まちづくり、地域づくりを進めるべきとの持論でスポーツ施策の活性化を求めて参りました。
今後も、尚一層、地域の声が反映される様、頑張る所存でおります。


6月8日 原点。

区議会議員として議会活動を始めて8年目に入りました。
地域の声を議会と行政に届け、地域の声が区政に反映される事を第一として参りました。
そこから、地域の安心と安全、地域の健康を築いて参りたいと考え区議会に参画して参りました。
本日は、表題に 原点 と記しました。
地域からご親任を頂き、区議会に参画する一議員として、自身が、生まれ、育ち、暮らし続け、地域の変化を見つめ、今後、地域に必要な変化を区政に求めて参ります。
私は、生まれ育ったまちの土に帰る事が出来る一人です。
私の人生にとって、区議会に参画する区議の一人として、区民、地域の責任年代の一人として、区民の声を地域の声を杉並区政に届ける役目を更にさらに強く意識する処です。
穏やかな区民生活、穏やかな地域の生活を築いて参りたく思っております。

今月、22日から区長選挙と区議の補選が行われます。
来年の4月には、私が信任を受ける統一地方選挙が行われます。

選挙との言葉が地域に広がっている中で、私の、思いを記しました。



2014年05月22日 第2回定例区議会

 5月27日より、第2回定例区議会が始まります。
2月に行われました第1回定例区議会の時に26年度・予算特別委員会が行われ、26年度の予算が組まれました。
4月1日より新年度の予算執行が行われ、区政喫緊の課題である、保育対策、高齢者対策と待った無しの課題に取り組んでおります。

少子高齢化社会へ向かっています。
1950年、10人の大人が一人のお年寄り(65歳以上)を支えておりました。
2010年、2,6人の大人が一人のお年寄りを支えております。
2060年、1,2人の大人が一人のお年寄りを支える時代が訪れます。
10人の下段は26人ではありません、2,6人です。
数字の間に小数点が入っております。
約4分の1です。

私が小学生の頃は、一クラス45人前後で4クラスから5クラスありました。
今は、一クラス25人から30人で多くて3クラスです。

一家族の人数も少なくなり、社会で一番小さな組織は家族と称されますが、家族の力だけは小さくならない様にしなくてはならないと思います。

保育園の待機児童問題が中々解消されません。
働くお父さん、お母さん、子ども達も大変です。
私は、杉並区は頑張っていると思っております。
行政も議会も未来を背負う子ども達の為に頑張っていると思います。
私たちの国を作り上げてくれた高齢者の方々に感謝と安心を確かに実感してもらえる社会づくり、小さな子ども達を育てている若いお父さんお母さんへ安心を確かに実感してもらえる社会づくり、稼働年齢層の方々に日々の充実感を確かに実感してもらえる社会づくりが出来る様にしたいですね、私が参画する区議会においても、今、申し上げた様な社会づくりが必ず出来ると思います。
第二回定例区議会、間もなく開催されます。
地域の声を確りと伝えて参ります。



2014年05月03日 ゴールデンウィーク

 本日から6日までゴールデンウィーク、行楽日和です。
連休の谷間の1日と2日に、杉並区が区外に特養整備の施策を進めようとしている、静岡県南伊豆町の候補地を視察に行って参りました。
先に示しましたように連休の谷間で旅行客も少なく、視察の目的を確りと果たす事が出来たと考えております。

国内、浜辺百選に選ばれる弓ヶ浜海岸は正に絶景でした。

東京と南伊豆町との絶対的な距離を如何に何を以て縮めて行くのか、3・11以降の防災意識の中で浜辺近くに特養等の施設を整備するに当たって解決すべき問題は少なくないと考えます。

上記の事柄は下段に在ります「熊さんの区政報告」で思いを示させて頂きますが、御当地、南伊豆町の方々が杉並区が先に運営していた弓ヶ浜学園の子供たちと町が築いた絆を生かして参りたいとの思いがある事に、私は、本当に嬉しく思いました。

大切な、人と人との出会いの中から生まれた信頼関係を、今、社会が必要としている介護施設の整備、喫緊の課題に生かす事が出来ればと考えます。

大切な人の心を利用する事ではなく、杉並区と南伊豆町の絆が、距離を縮めてくれたらと
願うところです。



2014年04月17日 桜の次はリンゴの花

 東京では、お花見が終わり葉桜の時季になりました。
新緑の時季を迎えております。
みどりを眺め、ホットする時季です。

さて、我が家では、33歳の息子が小学生時代に学校から持ち帰ったりんごの苗木が育ち、今、花を咲かせています。
ホムページの右側にあります「熊さんの写真館」に掲載をしました。

この時期、朝の駅頭活動から見えるまちの様子は、つきなみの表現ですが、希望、新しい、緊張、心を入れ替えて、再スタート、心機一転・・・・等などです。
駅頭を続けている中で、小学校、中学校、高校、大学、社会人と育ってゆく地域の子供たちが頼もしく見えます。

リタイアをして、ネクタイ姿からスポーツウエアーに変身してウォーキングに出かける方を見かけます。
地域の活動に目を向けてくれればと心の中で願っております。

私は、4月22日で61歳になります。
齢を重ね、少しずつですが人生の機微を感じ取る事が出来る様になったかなとの思いがあります。

久我山にもつばめが飛びはじめました。
さわやかな季節です。
議会活動においても、さわやかさを示して参りたいです。


2014年04月06日 お花見

 昨日、都立高井戸公園の予定地になっているNHKグランド跡地の桜を仕事の途中に見に寄りました。
天気も良く、満開の桜のもとで大勢の家族がお弁当をひろげ春休みの一時を過ごしていました。
地域の公園で休みの日に、子供や家族が寛ぐ姿にほっとしました。
地域の声が反映される都立公園が望ましく思います。

今日も、地域のお花見に参加をさせて頂きましたが、昨夜の雨の為、桜の木のしたでお弁当をひろげる事が出来ず、室内でのお花見になりました。
昼過ぎには、気温がさがり時折雨も降り、室内でのお花見が賢明であった様に思いました。

このところ、雨が降る日が多く桜が散って仕舞うのかと心配をしましたが、気温が低い事もあり散らずに花びらが残り奇麗です。
桜が散り葉桜そして新緑を迎えます。
新年度を迎え、社会全体がわくわくし、期待感に包まれる時季です。

議会も、26年度の予算が決まりました。
適正に予算が執行される様、議会活動に邁進してまいる所存です。


2014年03月29日 桜 咲く

 私が暮す久我山の桜も咲き始めました。
卒業式、人事異動、入社式、入学式、そしてお花見、桜の時期は別れと出会いの時期でもあります。
先日、私の母校である高井戸第二小学校、富士見丘中学校、小中校の卒業式に出席をさせて頂きました。
日を空けない中での卒業式で在った為、小学校6年生から中学校3年生、この3年間の成長は凄いと思いました。
私自身も通り過ぎた時間でありますが、改めて、子供たちの成長の中に逞しさを感じ取る事が出来ました。

少子化の中で、中学校の部活動が衰退し、杉並区では教育委員会が部活動支援の施策を継続的に進めています。
私自身は、部活動と学業が中学校生活の二本柱と考え、その両立が生徒たちの成長に大きな役割を果たしていると考えております。

サッカースクール、テニススクール、スイミングスクール、ラグビースクール等など部活動とは違ったスポーツへの関わり方が出来る時代ですが、義務教育の中で身につくスポーツとその活動の中から得る師弟関係、仲間意識や挑戦意欲、敗戦から学ぶ再挑戦への道、生徒たちは部活動から多くを学ぶ事が出来ます。
教育基本法に定められた部活動の顧問制度を堅持しなくてはならない中で、地域や外部からの指導者、学校支援本部、家族、地域の連携を求める施策が杉並区では進められております。
教師の方々が部活の顧問に就く事は、大変な負担になっていますが地域の連携が進みはじめている杉並区の部活動です。
更にその連携体制を強める為に、杉並区では、指導者の為のスポーツアカデミーの施策を策定しました。
公教育の新たな部活動の在り方を示す事が出来る施策であると私は考えております。
これらの施策に関して、私は、精一杯の思いを議会や委員会に届けて参りました。
時間が掛りました。
また、これからも時間が掛るかもしれません、義務教育の中で、誰でもが部活動を通してスポーツの恩恵を受ける様にすべきと私は考えております。
スポーツだけではありません。
文化、芸術、音楽の部活動も同じと考えます。

卒業式の話題から大分話がずれてしまいました。
スポーツの恩恵を受け、人生を歩む事が出来た自分自身に取りまして、子供たちの巣立ちの時に感じた事を記しました。







2014・3・22 定例議会が終わりました。

 3月18日、第一回定例区議会が終わりました。
この度の議会は、2月13日から始まり26年初めの議会に当たり会派の代表質問が行われました。
私が所属する杉並区議会・自由民主党は、この6月に行われる区長選挙に、田中区長が再選を目指すのかとの質問を含め、自助、共助、公助、持続可能な行財政を視点とし、喫緊の区政課題に如何に取り組んで行くのかを問いました。
田中区長は、答弁の中で、明快に区長選挙に再出馬する事、引き続き区長としてリーダーシップを取りたいとの意思を明確に示しました。
その意思を尊重し、私は、一般質問、3月3日より始まりました26年度予算特別委員会に臨みました。

この度の議会最終日、今議会において政治資金パーティーの在り方について再三にわたり
質問を行った某議員の発言の中にあった表現の内容に関する警告決議の議案を議員提出する事態に至った事が大変残念でなりませんでした。

警告決議案の提出に当たり質疑を行った議会運営委員会に私自身も出席をしており、その質疑中に某議員から指摘を受けた様に、私が、緊張した中で行われた議会運営委員会において思い込みの発言を行い、自分自身の勉強不足な点について、重ねての表現になりますが大変残念な思いでなりません。
今後の議会活動の反省の一点とし、気持ちを切り替え、議会活動に邁進して参ります。

前に記しました。
今議会、一般質問の内容は、ホームページの三つ目の窓口≪熊さんの瓦版ダイジェスト≫に質問文を掲載してありますのでお読み頂ければ幸いです。


2014年03月01日 近況

アッと言う間に、三月、中々更新が出来ませんでした。
時間に追われる様な中で、あれもしなければ、これもしなければ、あっちも、こっちもと思っている間に、時が過ぎました。
何もしていない訳ではないのに、気がたるんでいると自分自身に言いたくはないし等と思いを巡らしております。

2月13日から、第一回定例区議会が始まりました。
今回の定例区議会においても、一般質問に立たせて頂きました。
冬季ソチ大会が終了しましたが、1月の末に、田中区長が26年度予算に関する記者会見を行い、2020年・東京大会を目指すジュニアのトップ選手育成に杉並区の次世代育成基金を活用する方針を示しました。
私は、民間で行われている、スポーツ選手を対象とした育成基金等がある中で、区民の皆様から寄付をして頂き積み立てた基金を個人の選手育成に活用するのはとの質問を致しました。

杉並生まれの、杉並育ちのオリンピック・パラリンピック選手を誕生させるのであるならば、地域の誰でもが通い、地域のコミュニティーづくりの核となる、国のスポーツ施策に合致する総合型地域スポーツクラブの立ち上げが、大切と訴えさせて頂きました。

ドイツ等、ヨーロッパの高いスポーツ文化を生み出しているのが、地域に点在するスポーツクラブです。
学校体育の延長線上にある日本のスポーツ文化と対極の位置にある文化ですが、私は、これからの地域社会の醸成にも必ず役立つ文化と考えております。

スポーツを通した人づくり、地域づくり、まちづくりの大切さを、定例会の一般質問で続けております。
3月3日からは、26年度予算成立の為の、予算特別委員会が始まります。
私は、3月7日に最初の質問時間を頂いておりますので、先ず、区総務費に関わる2020年・東京大会に向けた区の施策について質問を致します。

7年間の議会活動を通して、スポーツを通して、スポーツを介しての質問を続けて参りましたので、区からの答弁を整理整頓し、中学校の部活の在り方についても質問を致したいと考えております。



2014年02月02日 マンドリン

 今日、杉並区内に在住されている、パーキンソン病の方々の新年会に出席をさせて頂きました。
厳しい病状に負けず、大勢の方々が参加されておられました。
病気は自分の脇において、上手に付き合い、穏やかに暮らそうとの思いが伝わって来る方々が大勢おられました。

昼食後に、慶應大学マンドリンクラブのOBの方々によるミニ演奏会が開かれました。
曲に合わせて、皆さんが合唱され楽しい一時でした。

音楽は本当にいいなと思いました。
マンドリンを演奏される方々は皆さん70歳を超えておられました。
こよなく音楽を好みマンドリンを愛している様に思えました。
その気持ちがその場の皆さんに伝わる様に思えました。

マンドリンとギターの音色に感謝。


2014年01月16日 武道始式

 昨日、私が暮す久我山を所管とする警察署の武道始式に出席致しました。
柔道、合気道、逮捕術、フェンシング、剣道の試合が披露されました。
各試合を見ていて思わず力が入ってしまいました。

最後に剣道の五人掛けが行われ、五人を一人で受けて立つ強さに、鍛錬、鍛えているなとの思いを致しました。

相手に打ち込ませ、怯まず、臆せず、前に出て一本を取る、強いなと思いました。
正に、受けて立つ強さを具現化している様に見えました。

私は、受けて立つとの思いが好きです。
年の初めの武道始式において、日頃より、受けて立つ意気込みを忘れてはならないとの思いを持つ私には、身の引き締まる思いを致しました。

錬士六段 高橋秀人 氏に感謝。



2014年01月03日 新年を迎える時の中で。

2014年を迎えました。
大晦日、私の古里、久我山稲荷神社の大払い祭、そして、元旦にかけて、越年の行事に参加致しました。
さほど冷え込みもなく、神社参道の前に立ち、初詣の方々にご挨拶をする事が出来ました。
久我山稲荷神社の入口、参道は、階段になっており、昔からその佇まいは変わっておりません。
階段の正面中央に立ち参拝の方々にお声掛けを致す合間に、この階段を何人もの若者が登り、武運の長久を祈り戦地に赴いたのかとの思いを致しました。
私の父親もこの神社に参拝をし、入隊を致しております。
本殿には、日清日露の凱旋を記し奉納された額がありますが、第二次大戦においては、その様な額もなく、終戦を迎え、戦地より帰還した多くの先人たちが、この久我山をそして国を再興してくれました。
先の大戦を軍人として戦われた方々の参拝者は少なくなっていると思います。
しかし、戦時下において苦労をされた方々の参拝者はまだ多くおられます。
跡継ぎの私たちがその労をどこまで癒しえる事が出来たのか、まだまだ足りないところばかりと思いました。
家族連れの参拝者の方々の姿を見ながら、代を重ねながらまちを地域を守って行かなければならない。
確りと、地域の声を議会に届け、安心安全で穏やかな地域の暮らしを築かねばならないと、新年を迎える中で思いました。
今年、61歳を迎えます。
齢の割に単純な考えと笑われて仕舞いますが、利口な事は出来ません、一つひとつ、コツコツと、真面目に、正直に生きて参りたいと心底思っております。



2013年12月28日 クリスマス・御用納め・正月の準備

 12月24日、クリスマスイブの夕方、息子家族が暮す行田市に車で向かいました。
先ずは、息子の次男と三男が世話になっている学童に迎えに寄り、長男が留守番をしている息子宅へ向かいました。
息子は、仕事先から長女を保育園に迎えに寄り帰宅、お嫁さんも仕事から帰宅、孫たちの顔が見たくなり急に出向いたので、クリスマスの準備は特にしていなかったので、皆で近くのスパーにクリスマスイブのご馳走を買いに行く事になりましたが、その前にクリスマスプレゼントがない事に皆が気づき、息子の提案で息子家族皆が一緒に使えるゲーム機を私がプレゼントする事となりました。
孫たちの小躍りする様に喜ぶ姿をみて、サンタ役の私は、本当に嬉しく思いました。

息子は33歳、長男が小学5年生、次男が3年生、三男が2年生、長女が保育園の年中さん、お嫁さんは中途障害者施設の介護職員、息子本人は金型職人から一念発起し、今、アルバイトをしながら家事を頑張る、主婦ならぬ主夫です。
私は、そんな息子の事を、誇り高き主夫と自慢に思っております。

私は、何の手伝いも出来ない親爺ですが、息子家族から多くを学ばせてもらっております。
多様な生き方が認められる社会です。
生活に余裕はないけれど、一生懸命に暮らす息子家族と共にメリークリスマスと声を上げる事が出来た、クリスマスに感謝。

本日は、12月28日、昨日が御用納め。
議会活動と行政の仕事も一部を除いて、本日から正月休みに入りました。
昨年末の政権交代、参議院選挙、都議会選挙、都知事の辞職、社会が中々安定しないと、私は、感じております。
都知事の辞職の陰に、東電病院買収の問題が見え隠れしている事が気に掛ります。
安倍政権に期待される経済成長の成果が、私たちの地域の生活において実感出来ていない様に思います。
その様な中で、地域の商店街の在り方をどの様に変えて行くのか、地域の思いを議会と行政に届けて行かなくてはならないと強く感じております。

様々あった一年ですが、何と言っても2020年・東京オリンピック・パラリンピック招致に成功した事は本当に嬉しいかぎりです。
真のスポーツ文化を地域に醸成する中で、スポーツを通して人づくり、地域づくり、健康づくり、まちづくりを行う事が出来る様、議会活動に励んで参ります。

今年も、あと三日を残すばかりとなり、本日は自宅の神棚の掃除、氏神様のお札、しめ縄、玉飾り等を準備致しました。
極ごく当たり前の事かもしれませんが、来年は、何事も一つひとつ、こつこつと確り積み重ね、間違いの無い様、一歩いっぽ、確りと歩んで参る所存です。


12月19日 都知事辞職

 今朝の新聞報道やネット情報で猪瀬東京都知事の辞任が報道されております。
都知事としての責任、猪瀬直樹氏一個人としての判断ミスから都民や国民に対して憂鬱な思いを与えてしまった事への責任は辞職と言う形でしか繕う事が出来ないと思います。
ここで、今日までの猪瀬都知事の行動を批判する思いはありません。
自分で撒いた種は、自分で刈るしかないと強く感じました。

地域皆様から、大熊昌巳を区議会議員へと頂いたご親任。
改めて、その責任の重さを噛み締めているところです。
東京都特別区の一区議会議員として、杉並区の区政に地域の代弁者として参画している者として改めて自身を戒め、日々の区議会活動に励んで参りたく皆様にお伝えさせて頂きます。


2013年12月07日 第4回・定例区議会終了

 12月6日、本会議が開かれ、各常任委員会に付託されていた議案に関する委員長報告が行われた後に、採決が行われました。
上程された、議案はすべて可決されました。
この度の定例議会では、今後、区が進めようとしている区施設再編整備計画に対する関心が高く、私が所属する、杉並区議会・自由民主党も富本幹事長が会派を代表し一般質問に臨み、施設再編整備に関する声を届けました。

この度の施設再編整備計画は、単に区施設の老朽化等の施設整備上の問題解決ではなく、昨今の社会構造の変化の中で、整備上の課題を抱えている区施設の建て替え等を進める中で、区が本来進めて来た施策も同時に見直し、更なる区民福祉、区民生活の向上を目指す施策であると私は理解をしております。

福祉、医療、介護、障害者支援、生活困窮者支援、住宅、雇用、子育て、保育、公教育、学童、部活、スポーツ、町会・自治会、防災、防犯、文化教養、商店街振興、都市農業、商工業・産業、まちづくり等など、これらに必要な施設と施策を見直し充実させる為の施設再編整備計画、区民生活の安心・安全・健康・安定を確りと見出して行かなくてはならないと考えます。
施設再編を進める中で、受益者負担の見直しも進めて行かなくてはならないと理解を致すところです。

施設再編整備計画へ向けて第一歩の歩みが示された中で、児童館廃止との誤解が生じております。
今日までの児童館の施策は高く評価されるところです。
再編と言う中で、施策自体の内容は継続され、事業内容も更なる進化を得る事が出来ると私は理解をしております。
施設自体の在り方が変えられる事であると考えます。
区の丁寧な説明が不可欠であると考えます。
一つひとつ丁寧に、区民の理解を得る思いを大切にすべきです。
その思いを確りと行政に伝えて参る所存です。





11月23日 第4回・杉並区定例区議会

 第4回・定例区議会が19日から始まりました。
私は、現在、東京都が進めている都立・高井戸公園の整備について質問を致しました。
都立・高井戸公園は区内久我山の2丁目中央部に整備が進められます。
防災公園とスポーツ公園そして緑を配した、面積13,7ヘクタールの大型公園です。
旧大蔵省グランド、旧本州製紙グランド、NHKグランド跡地を優先整備区域として整備が始まります。
都市計画に示されている都立・高井戸公園の予定地には民地が含まれており、将来、段階的に用地買収が行われる可能性があり、都市計画に翻弄されてしまうとの思いに至る、当該地に住まわれている方々の声を、久我山の地に暮らし続ける地域の代弁者の一人として今、区議会、一般質問を通して伝えさせて頂きました。
質問文は、ホムページ下段にある、「熊さんの瓦版ダイジェスト」に掲載しております。
又、私の、ホームページのリンク集から杉並区議会を選んでもらい、11月20日の録画画面より、私の、質問と区長答弁を見る事が出来ます。
区長の答弁内容が、大変充実しておりますので是非ご覧ください。


11月16日 杉並フェスタ

 昨年、杉並区区政80周年行事の一環として、桃井原っぱ公園で80周年を祝うイベントが行われ、多くの区民が繰り出し、大変好評でしたので、今年は名称を杉並フェスタとして11月9日、10日と二日間に渡りイベントが行われました。
杉並区の友好都市から様々な出品があり、特にその地域自慢の郷土料理、B級グルメも出品され来場の方々が長い列を作り買い求めておられました。
もちろん、区内のお菓子屋さんパン屋さん肉屋さんも自慢の商品を販売され、区民皆様に舌鼓を打たせた事と思います。
私も、お赤飯やお団子、焼き鳥などを買わせて頂きました。

この度は、杉並区農業祭が杉並フェスタの会場で行われ、多くの区民の方々が出展された区内農産物の種類の多さに驚かれておりました。
農産物の品評会が行われている事にも興味を示されておりました。
農産物で作られた宝船にも驚かれておりました。
区内生産者の方々は、いつもと違う農業祭に戸惑っていましたが、区民の方々への、区内農業のPRには最高の会場であった様に思えます。

家族で来場され一日、楽しく会場で過ごす事が出来たのではと思います。
800人が収容出来る大きなテントの下で、家族が思い思いに買い込んだ料理を食べ、ビールを飲むお父さんもおられました。
大テントのすぐ側には特設舞台があり様々なパフォーマンスが続いておりました。
私は、この様なイベントの開催を歓迎します。
身近なところで、気軽に家族そろって出かけられるイベント、食事も出来、買い物も出来、一日をゆっくりと過ごす事が出来る、何よりと考えます。

その様な中、この度は、私が暮す久我山の仲間たちが、久我山稲荷神社の了承を頂き、宮神輿を会場に展示し、来場した子供たちに小神輿の渡行を行ってもらいました。
家族連れの来場者が多いので、親御さん達も積極的に子供達を神輿に近付けて下さり大変盛り上がりました。
大人が担ぐ大神輿も展示しましたので、久我山稲荷神社神輿世話人会、久我山の若い人達で構成する氏子会の久若會(くじゃくかい)、そして来場の方々と大神輿の渡行を行い、こちらも会場を盛り上げる事が出来ました。
イベント会場に久我山の神輿を展示する事が初めてなので、心配し会場を訪れた神社総代の方々も会場の規模の大きさと多くの人出の中で、私たちのまち久我山の神輿が渡行出来た事に安堵された様子でした。

神輿の展示と渡行に参加した久我山の方々が、又、来年頑張ろうとの声を掛けてくださいました。
感謝の一言につきます。


2013年11月02日 行政視察

 現在、私は、区議会保健福祉委員会の委員長を務めております。
保健福祉委員会は、子供から高齢者まで、幅ひろく区民の健康を司る施策を審議する委員会です。
国民年金、障害者施策、保健所、福祉事務所、保育、子供園、児童館、介護など重要施策の案件が待ったなしの状態にあります。
田中区長は、常々、区民福祉の向上が第一と申しております。
保健福祉委員会も同様に区民福祉の向上を第一に委員会の活動を進めております。
区民皆様が安心して杉並区に暮らし続ける事が出来る様、委員会活動の充実を図って参りたいと願っております。
その様な思いの中、此のたびは、10月29日から31日まで北海道小樽市、札幌市、恵庭市、北広島市へ行政視察を行いました。
小樽市では、第2次小樽市健康増進計画「第2次健康おたる21」と小樽・北しりべし成年後見センターについて視察。
札幌市では、企業内保育園について視察。
恵庭市では、子どもの居場所づくりプランと黄金ふれあいセンターについて視察。
北広島市では、認知症高齢者等SOSネットワー事業について視察を行いました。
各市の施策は、杉並区においても検討されたり同様に実施されている施策もありますが、各市の独自性に着眼し、杉並区においても大いに取り入れるべきところ、見習うべきところが多々ありました。
それらを、下段にあります。
「くまさんの区政報告」に記して参りますのでお読みください。


2013年10月11日 第3回定例議会終了

 第3回定例区議会が昨日、10月10日に終了しました。
此のたびの議会は、平成24年度の決算特別委員会が日程に組まれておりましたので、会期が一ヶ月に及びました。
私は、9月8日・日曜日に決定した2020年・東京オリンピック・パラリンピックに関連した質問を翌日の9月9日、定例区議会初日の一般質問でトップバッターとして、オリンピック・パラリンピック関連の質問を行う事が出来嬉しく思っております。
今、社会はスポーツの持つ潜在的な力を活用して、人づくり、健康づくり、地域づくり、まちづくり等など、多くの取り組みが進められております。
杉並区においても、杉並区スポーツ推進計画が策定され、子供からお年寄りまで、各世代が年齢や体力に合わせてスポーツに取り組み、元気な杉並を築く事が出来る様にしなくてはならないと思います。
私も、競技スポーツの世界におりましたので、スポーツとの言葉が身近にある事が快く感じられます。
スポーツ基本法の下、総合型地域スポーツクラブの立ち上げが可能になりましたので、
その設立に向け、地域で活動を進めて参る所存です。


2013年09月18日 夢

9月16日、敬老の日、高円寺障害者交流館で、長寿を祝う会が開かれました。
台風情報が気になる中、多くの方々がお集まりになりました。
「あきらめない仲間たち」障害を持たれる高齢者の方々の会です。
台風情報が気になると書き込みました様に、当日は、敬老のイベントや地域のお祭りも、早々に中止となりましたが、「あきらめない仲間たち」のメンバーはちゃんと集まられました。
気合が入っているなと思いましたが、それが全然違い、皆さん台風のたの字も口に出しません。
自然体、力まず、皆さんの穏やかな顔つきが、私は、とても印象的でした。
お互い、出来る事を少しずつ頑張ろうとの思いを感じました。

私も、ご挨拶の機会を頂き、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの話をさせて頂きました。
その後、会場の皆さん、1964年の東京オリンピックの思いで話を披露され、2020年に自分は何歳になるけど、見に行きたいとの思いを話され、私は、感動しました。
本当に、スポーツの力、その底力を痛感致しました。

日々ハンディを抱えながら、一日いちにちを頑張ておられる大先輩たち、2020年・東京オリンピック・パラリンピックに 夢 馳せておられる事に、感激を致しました。

地域の皆さんに、ご信任を頂き、区議会議員として活動する中で「あきらめない仲間たち」人生の大先輩たちとお会い出来た事に、心より感謝申し上げます。






2013年09月10日 第3回 定例区議会 一般質問

 杉並区議会 第3回 定例区議会が、昨日より始まりました。
一般質問が始まり、私は、最初の質問者として、杉並区のスポーツ振興全般について質問し、前日早朝に決定した2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を先ず祝し、杉並区のスポーツ文化の醸成に向けた質問を致しました。
私の本会議・一般質問の様子を杉並区議会ホームページで見る事が出来ますので、ご覧いただければ幸いです。
又、一般質問の内容をホムページ、くまさんの瓦版ダイジェストに掲載しますのでご覧ください。
文章の掲載に少し時間を要しますのでお許しください。

2020年・東京オリンピック・パラリンピックに向けて、新たな日々が始まります。
改めて、地域の安心、安全、健康を築くために、地域の声を議会と行政に届けます。
地域の声が反映される区政を目指します。


2013年09月06日 オリンピック招致

 日本時間で、明後日、9月8日の早朝に、2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致が決定します。
色々な報道がされておりますが、最後、IOC委員会100人余の委員の投票で決まります。
世界中に公平に委員が点在しておりませんし、世界中の世論や委員会の調査がどの程度活用されるのか分からない中で、選考投票が行われるので少し不安があります。
オリンピックロビイストの活躍やIOCの中の常識もありそうな気がします。
東京都オリンピック招致委員会のモチベーションは、前回2016年の招致活動より相当高いものと感じておりますし、政府も、真摯にスポーツ界と向き合い招致活動を進めて来た様に思います。
総力戦で招致活動に臨んだと思います。
日本らしく正々堂々と最後の駒を進めてもらいたいと思います。


2013年08月15日 終戦記念日

 本日は、68回目の終戦記念日です。
1945年 昭和20年 8月15日は水曜日で在ったとの事です。

今も、世界では悲惨な戦いが続いています。
戦争の悲劇は誰もが分かっているはずなのに繰り返される。
戦争は、人類がどうしても克服できない人類自らが作り出す病でもある様に思える。
戦争の悲劇を忘れる事無く、地に足をつけ、日々の幸せを確り噛みしめなくてはならないと終戦記念日の今日、自身に言い聞かせております。


2013年08月06日 感謝

 昭和20年、1945年、8月6日広島に原爆投下、8月9日長崎に原爆投下、多くの国民が戦争に駆り出され、尊い命が奪われ、大きな犠牲を払い、8月15日戦争に終止符が打たれました。
その日から68年の時が流れました。
私は、そのうちの60年を生きて参りました。
誰の世話にもならず自分一人で生きてきたなどとの思いは微塵もありません。
家族に感謝し、多くの方々の支えを忘れてはならないと思っております。
社会は様々な変化を遂げて今日をむかえております。

第二次大戦の敗戦から日本を再建したのは、多くの犠牲を払い戦争を体験した国民です。
私の両親も祖父も祖母も、私の妻の両親も祖父も祖母も、多くの方々が戦争に翻弄され、なにもかも失いくたびれ果てたに違いない身を以て、国の再建を果たすべく働き、家庭を築き社会を守ってくれました。

忌まわしい戦争と敗戦そして復興、今日の豊かな社会を見据えて舵を切ってくれた先陣たちへ、そして、物言わずに一生懸命働き日本発展の下支えをしてくれた日本のおやじさんとおふくろさんに感謝を忘れてはならないと思います。




25年7月21日 参議院選挙が終わりました。

 昨年の12月に総選挙、年が変わって平成25年6月都議会議員選挙、7月参議院選挙、たて続けに選挙が行われました。
総選挙では、多くの国民皆様にご親任を頂き自民党が民主党から政権を奪還、日本らしさが戻った様に思えます。
官僚打破、経済の停滞、コンクリートから人へ、事業仕訳、社会保障、安全保障、日米関係、基地問題、雇用、日本中をひっくり返して散らかして終わってしまった民主党政権の様な気がしております。

総選挙後、社会全体が息を吹き返しつつあると、私は考えております。
経済が息を吹き返す中で、社会全体に充満していたイライラ感も霧が晴れる様に視界が鮮明になってきた感じがします。

国民生活に意欲が湧き上がり、消費動向にも積極性が生じている様に思えます。
現に、大手百貨店の売り上げが上昇との調査発表が行われております。

新聞紙上等において前向きな経済判断が示される中で行われた都議会議員選挙においても、自民党は、多くの方々にご親任を頂きました。
民主党は都議選においても惨敗、杉並選挙区では民主党の議席が無くなりました。

「熊さんの一言」に記しましたが、自民党が総て良いからとの結果では決してないと思っております。
自民党に、もう一度チャンスを頂いたと私は思っております。

参議院選挙におきましても、自民党への評価は高いものがあります。
昨日、20日、自民党の最終街頭演説会に私も参加を致しました。
政権与党、信任ととれる大きな拍手の渦の中に身を置き、政治の最前線に身を置く地方議員の一人として、地域への思いを今一度確り自身に問い、地域を確りと支える事が出来る区議会議員として議会活動に参画して行かなくてはならないと改めて強く思う次第でした。

参議院選挙におきましても政権与党である自民党へ有権者の多くの方々がチャンスを与えて下さいました。
東京選挙区において民主党の議席が無くなりました。
地域の保守を守り築く中で、心を引き締め、精一杯の思いを忘れる事無く、自民党に所属する区議会議員として改めて己の足元を見直し議会活動に邁進して参ります。


2013年06月29日 都議会選挙

第2回定例区議会最終日の翌日、6月14日から東京都議会議員選挙が行われました。
結果は自民党の圧勝に終わりました。
杉並区選出、自民党の 早坂 よしひろ 候補  小宮 あんり 候補  がワンツーフィニシュを行う事が出来ました。
民主党の支持離れが顕著に示された選挙結果でした。
選挙投票率からして自民党がすべての面で都民皆様から支持を得る事が出来たかとの判断は難しいと思っております。
私は、地域の生活の安心・安全・健康・福祉・教育・まちづくり等、地域の生活に密着した諸問題に関する条例の制定や予算執行のチェックを行う区議会に参画する区議会議員ですので、都の問題に関する区民皆様の声は、同じ政党に所属する都議会議員を通して都政に反映される様活動を致しております。
区議会議員と都議会議員の情報交換を確り行わなくてはならないと考えております。
区議会、都議会、国政と確りと連携して参らなくてはならないと考えております。
地域の文化や伝統を守り、そこはかとない安心感で地域の繋がりを築いてゆきたく思います。



 定例区議会終了

 本日、第2回定例区議会が終了致しました。
今定例会は、総務財政委員会における議案審査とその採決の報告が主な議決となりました。
他に、区民生活委員会と都市環境委員会から各1件ずつの議案審査とその採決の結果が報告されました。

例年ですと、第2回定例議会前に臨時区議会が招集され、新年度の議長等の役職が決められますが、今年度は、議会最終日の今日決められました。

 
議 長  大泉 時男   議員(自民党) 
副議長  渡辺 富士雄 議員(公明党)

監 査  小泉 やすお 議員(自民党)
監 査  小川 宗次朗 議員(民主・社民クラブ)

農業委員 浅井 くにお 議員(自民党)

東京都後期高齢者医療広域連合議会議員
     井口 かづ子 議員(自民党)

以上の方々が新しく選ばれました。

私は、保険福祉常任委員会、文化芸術・スポーツに関する特別委員会、議会運営委員会
に所属を致します。
保健福祉委員会では委員長を務める事になりました。
区民の福祉の向上に向け、区民皆様の健康を築いて参りたく思っております。
区民の声が反映される区政を目指します。

明日より、東京都議会議員選挙が始まります。
7月に行われる参議院選挙の前哨戦として、マスコミ等の注目度が高まっています。
杉並の選挙区では、私が所属する自民党から、小宮候補、早坂候補の2名が挑戦します。
厳しい選挙が予想されます。
二人の当選者を出すべく杉並自民党総支部では懸命のサポート体制で臨んでおります。
本選挙で、二人の当選が叶えば、16年ぶりの事となります。


2013年06月01日 中々思う様にいかない。

今日これが終われば、と、期待の様な気持ちと満足感の様なものを感じている時に、必ず次の案件が持ち上がります。
この「熊さんの一言」の文中に、「一つひとつ」との文言を、私は、よく使います。
あれもこれも同時に中々上手くこなせない自分ですので、どうしても一つひとつと慎重になりがちです。
一つの事に気持ちが集中しすぎて、複数の用件を同時に上手くこなせないタイプに思えます。
結果を一つひとつ確かめないと前へ進めない性格の様です。
新年度を迎え、議会で自分が所属する自民党会派の新年度に向けた体制づくりや定例区議会の準備等々に気持ちが傾いてしまい、本文の更新が疎かになってしまいました。
諦めてはいません。
やっぱり、一つひとつとの思いが心に浮かびます。
言い訳がましくなりました。
心機一転頑張ります。


2013年05月07日 ゴールデンウイークが終わりました。

 地域にスポーツクラブを立ち上げ、地域の活性化に役立てる施策が必要であると調査研究を進めてきた区議会スポーツ振興議連は、4月下旬にドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンを中心にスポーツクラブとスポーツシューレのスポーツ施設とサッカーを中心に行われているクラブ運営の視察を行いました。
又、学校スポーツと地域スポーツクラブの連携等の視察の中で、現場の教職員の方や行政の職員の方からも貴重な意見を聞く事が出来ました。
スポーツクラブの施策が世界的にも高い水準にあるドイツの視察は大変有意義でした。

少子化を迎え衰退する区立中学校の部活動や学校体育施設の地域利用等について活発な質疑が議会で進められています。
区もスポーツ振興計画の準備を進めている最中ですので、時を得た視察が出来たと考えております。

スポーツが持つ潜在的な力は、疲弊を続ける社会にとって大きな役割を果たして行くものと私は理解を致しております。
地域に止まらず、国の施策として地域総合型スポーツクラブの施策が拡大され、新たな日本のスポーツ文化が醸成される事を望み、今後もスポーツ振興に関する声を議会に届けて参る所存です。


2013年04月14日 60歳を前に

 私は、区内久我山に生まれ、育ち、暮らし続けてこの4月22日に60歳、還暦です。
地域の皆様に、ご親任を頂き区議会に参画し6年が過ぎます。
正直に精一杯の思いで議会活動に望んで参りました。
地域の皆様には物足りない表現と受け止められると思いますが、これからもこの思いは変わらないと考えております。
もとより浅学菲才、足りぬところが多々あり、何事にも精一杯、体当たりの思いで挑戦して参る所存です。

60代70代を遠いものと思っておりましたが、割と早く訪れてしまった様に思えます。
若い頃から今日までをふり返って見ると、人生の一コマ一コマを積み重ねると言うより、先に記した様に、人生の一コマ一コマを精一杯の思いで過ごして来た様に思います。

それなりの我慢もありましたが、自身の生き様を良しにつけ悪しきにつけ、自身を正直に示す事により家族や周囲そして地域において、私自身を理解して頂く事が出来たと思っております。
亡き父親と共に励んだ家業も正に同様の思いの中にありました。
地域の皆様に、その様な思いの中で暮らしている私を区議会にお送り頂いた事に深く感謝を致しております。
加えて、区議会にお送り頂き、私自身の人生に取って、区議会活動を通して掛け替えのない貴重な経験と学びの場を頂いている事に感謝を致しております。
これからも更に、地域人間学を学び地域力と地域の保守の醸成に努め、地域に生きて参る所存です。

人の心を魅了する味、世界のグルメがミシュランの三ツ星を求めます。
地域の伝統や文化が生かされた地域の味をB級グルメと称し、奥深い味が日本中の地域に点在しています。

その地域ならではの味に習い、私が暮す地域ならではの区議会議員を目指して参る所存です。
地域のオンリーワンを目指します。

  


2013年04月04日 つばめ

 今朝、久我山駅頭の活動中に、つばめを見かけました。
毎年今頃、駅周辺の商店街の軒先に巣作りを始めます。
駅構内で他の鳥が入り込んで来ない様な奥まった所に巣を作るつばめもおります。
自分の巣によく帰って来るなと思う様なところです。
都会的なつばめなのでしょうか・・・。

つばめの飛び方は見ていて気持ちが良いです。
ピィピィと歯切れよく泣きながら、ヒュヒュと空を切っていきます。
小気味よい飛び方が私は好きです。

つばめが飛ぶこの時期、気持ちの良い日が多くなります。
我が人生も、小気味よく、歯切れの良い物言いで通して行きたいと思います。


2013年03月31日 近況

 「熊さんの一言」第1回の書き込みは2009年12月5日です。
4年目になりました。

私は、2007年4月の統一地方選挙に54歳で初挑戦し、地域の皆様にご親任を頂き、無我夢中で議会活動に挑戦、2年目の後半からこの書き込みを始め私の気持ちを書き込んで参りました。

もとより浅学菲才、意の足りぬところが多いと思いますが、精一杯の思いで議会活動に励んで参りました。
意気込みが前面に出てしまい、政策面の書き込みが少なく物足りく感じておられる方々がおられると思いますが、ご理解を頂ければ幸いです。

2009年から今日までの4年間を少し振り返ります。

2010年 6月 山田 宏 区長が参議院選挙出馬の為、区長を辞任

2010年 7月 田中 良 区長が誕生 トップダウンの区政からボトムアップの区政に転換が図られる。

2010年12月 第4回定例区議会において、多選条例が廃案

2011年 3月11日 第1回定例区議会最終日に東日本大震災が発生 南相馬市への支援、田中区長を軸にスクラム支援会議の拡大が図られる。

2011年 4月 私に取りまして2回目の統一地方選挙が行われました。
東日本大震災の発生により被災地の選挙は延期されましたが年内には終了しました。
区議会議員選挙では、大震災の影響が色濃く反映され、日常生活用品等が社会的に不足しておりましたので、選挙カーのガソリン節約等が話題になり、私は選挙遊説を自転車で行いました。
地方議員は政治の最前線におりますので、地域あっての議会活動ですので、次回の選挙も私は自転車で地域の皆様に声を届ける思いです。

2012年 3月 減税基金条例が廃案

2012年 3月 今後10年間に及ぶ、杉並区基本構想が策定される

2012年10月 区政80周年

2012年12月 総選挙が行われる、自民党が政権奪還 安倍第二次内閣が誕生  

2013年 3月 第1回定例区議会 終了 1,558億5千3百万円の一般会計予算案が議会で可決致しました。

トップダウンの山田区政からボトムアップの田中区政へ、事業仕訳(事務事業の見直し)、多選条例の廃案、減税基金条例の廃案、基本構想の策定と首長交代による区政の変革が行われ、一区切りついたのが今回の第一回定例区議会の様に思われます。

昨年の3回定例議会、4回定例議会、此のたびの議会と続けて久我山のまちづくりについて質問し、地域の声を議会に届ける中で、25年度から久我山地区の活性化事業として、久我山地区担当の都市整備部副参事が誕生します。
地域の活性化が区所管の横断的な連携体制の中で始まります。

久我山では、放射5号線、都立高井戸公園の整備と大きな公共事業が久我山のまちを取り囲む様に進められます。
それらに合わせて、久我山地区のまちづくりを区と地域が共に進める事になります。

私自身の議会活動も、いよいよ二期目の後半に入ります。
地域の声が区政に反映される様、確りと活動を続けて参る所存です。


2013年03月25日 定例議会、予算委員会が終わりました。

 2月14日から始まった第一回定例区議会と25年度予算特別委員会が3月21日に終わりました。
先ず、議会初日の2月14日に一般質問に立ちました。
内容は、1月14日の成人式当日に降った雪に対する除雪問題について、区道と都道の分け隔てなく、区と都が連携を取って、地域の安全・安心をもっと意識し、区民の目に見える行政サービスとして、除雪作業を進める様、質問し、区長から、真摯に受け止めるとの答弁を得ました。
3月11日が近づいておりましたので、東京直下型の震災が心配される中で、雪の想定をしているかとの声を届けました。

もう一点、少子化が進む中で衰退する中学校の部活動について質問をしました。
杉並区では、25年度予算に、中学校部活の活性化策として、外部指導者の導入を本格的に取り入れる事とし、先ず、モデルケースとして希望のある中学校に指導者を送り込み指導に当たるとの事です。
指導に当たり、競技力の向上も大切ですが、先ずは、心の教育がちゃんとなされる様、望むところです。
そして、生徒、顧問教師、学校、外部指導者の四者が確りコミュニケーションを取らなくてはならないと思います。
日本のスポーツ界では、暴力指導がクローズアップされている最中の取り組みですので、
競技力を高める部活より、心の教育を大切にと申し上げたいです。

スポーツを通しての教育が大切と思います。



2013年02月28日 日々挑戦

 私は、区議会で活動を始めて、間もなく6年を終え様としております。
小学校1年生に入学し中学校に行くまでの6年間、私も議員1年生になって無我夢中で6年間を過ごして参りました。
議会では、54歳の一年生でした。
若い新人議員、若い先輩議員に囲まれて、とにかく一生懸命、この四文字です。
杉並区議会議員として、地域の代弁者として、確りとした己の立ち位置を築かねばならないとの思いの六年間でした。
多少、周りも見えて来ました、でも、一生懸命の四文字を大切にしています。
今、保育所の待機児問題が様々クローズアップされています。
大変厳しい問題です。
若い親御さんたちが一生懸命働いて、一生懸命に家族を守る姿を私の議会活動の物差しの目盛にしなければならないと思います。


2013年02月13日 平成25年 第1回定例区議会

 明日、2月14日より、第1回定例区議会が始まります。
今議会は、25年度の新予算を議決する予算特別委員会が3月6日に招集され、3月21日の議会最終日に、25年度予算案や条例等の議決が行われます。

私は、一昨年、区監査に就任いたしましたので、監査情報の秘守義務があり、決算委員会、予算委員会、常任委員会や本会議一般質問等を、議会の慣例で行う事が出来ずにおりました。
一般質問は、昨年の9月第3回定例区議会より続けて行っており、今議会においても、1月14日に降った雪の除雪等に関する区の対応と、もう一点、新年度予算案に示された、中学校の部活支援に関する質問を本会議の一般質問で行います。
区民の目に見える行政サービスを求め、地域の声が反映される区政を目指して、本会議場の質問台に立ちたいと思います。

予算委員会においても、日頃、地域の皆様とお話しする中で、地域の皆様から頂いた声を質問に最大限生かして参る所存でおります。


2013年01月30日 還暦

今年、私は年男、満60歳、4月22日に還暦を迎えます。
長寿社会にあって、実質年齢と健康年齢があり、還暦はあと10年後、70歳のように思う時があります。
しかし、60歳は人生の大切な区切りと思い初めています。

あれもしよう、これもしようと心に決める事が沢山あっても、一つひとつ丁寧に積み重ねる事が大切と思いはじめています。
怠けるとか、めんどくさいなどとの思いではなく、今日出来なければ明日に成ってもいいから、一つひとつ区切りをつけて日々を送ろうと自身に言い聞かせております。
幾通りの事を同時に上手く進められなくなっているように思えます。
反面、今、行おうとしている事には、以前より増して責任感を感じ一つひとつ自分なりではありますが答えを出し、次に進んで行く事で自身に自信を得たり、自身に活力を見出しているように感じています。
地域の代弁者として地域の責任年代の一人として議会に参画している自身の責任を果たさなければならないとの思いが還暦を境に一層増しているように感じております。
60歳から70歳の10年間は人生にとって大切な仕上げの時期と考えております。
この時期に区議会に参画している事を幸運と思います。




2013年01月10日 後輩たちに感謝

 先日、私の出身校である中央大学付属高等学校時代に所属していたハンドボール部のOB会に出席致しました。
少子化の中で、私が卒業した高等学校も中高一貫校になり、女子部も出来、時の流れを感じました。

OB会の前半は現役選手たちの練習を見学しておりましたが、いつの間にか私もコートに入りボールを投げ中学生の部員にアドバイスをしておりました。

子供たちのプレーを見ていると一生懸命さが伝わってきます。
パスミスもキャッチミスもボンミスもあり・・・おいおいと思うところがありますが、とにかく一生懸命にボールを追う姿にスポーツの真髄を見た様に思いました。
スポーツの真髄は何も一流のトップ選手だけから得るものでもないと思います。
プレーの上手い下手に関係なくスポーツに一生懸命取り組む姿は気持ちが良いです。

疲弊する社会にあって、スポーツが果たす役割は大変大きく、多くの人たちに勇気と感動を与え、試練に立ち向う、挑戦する事の意義を伝えてくれます。
3・11以降、萎えそうな心に歯を食いしばって頑張る被災地の方々と共に日本を代表するアスリートたちの挑戦は多くの人々に感銘を与えております。
日本のスポーツ文化をゆるぎないものにして行かなくてはならないと思います。

私は、部活動の素晴らしさを自ら身を以て得る事が出来た一人と考えております。
その思いを基礎に議会において、衰退する中学校部活動の再生を提起しこれからもその声を議会と行政に届けて参る所存です。


2013年01月01日 元旦

 新しい年を迎えました。
私が暮す久我山、久我山稲荷神社の鳥居の前で初詣の皆様に今年もご挨拶をさせて頂きました。
雲一つない空、清々しい元旦でした。

今年は、例年になく初詣の方々が多く、地域の方々が地元の氏神様へとの思いの表れの様に感じました。
家族でのお参りが多く、和やかな雰囲気でした。

3・11の忌まわしい震災の後、家族への思いが社会により広がりました。
被災地の一日も早い復興、そして、家族で離れ離れに暮されている方々が元通りに一つ屋根の下で暮らせる様にならなくてはならないと痛切に感じております。
一家総出で土を守ってきた農業従事者の家族、一家総出で家畜を育てきた家族の方々に教わる事が本当に多くありました。

今、自分に何が出来るのか、自分の足元を見直す教訓を3・11が私たちに与えてくれました。

復興を目指す被災地を決して忘れる事無く、日々一日いちにちを積み重ねる一年でありたいと思います。


2012年12月29日 年末

 政権交代から2週間が過ぎようとしています。
新内閣が誕生し政界の動きは速く、株価が上がり円安が進み社会が追い風に乗って行くかのような勢いを感じます。
本当かな・・・大丈夫かな・・・息切れしないかな・・・と順風満帆の好スタートの中で政権を信頼するとかしないとかではなく、ふと心配に思える時があります。
社会生活の閉塞感は今後も続くと思います。
雇用の改善や社会保障の改善を国民一人ひとりが感じ取る事が出来るようになるまでには時間が要すると思います。
先ずは、国民生活の安心と安全そして健康が保たれるよう国政に変化を感じ取る事が出来るよう願うところです。
そして、東北復興が成らずしてこの国の繁栄はないと考えております

私は、区議会議員として地域の思いや願いが行政の施策に反映される事を第一に、地域の代弁者として、又、地域の責任年代の一人として区議会活動に参画しております。
区政においても、区民生活の利便性の向上を区民が実感出来るようして行かなくてはならないと考えております。

2013年、一つひとつ積み重ねて参ります。







2012年12月18日 総選挙

 12月16日、総選挙と都知事選挙が行われ、民主党から自民党に政権交代がありました。
自民党の圧倒的な議席奪還が行われました。
都知事選挙においても、猪瀬候補が史上最高の得票数で当選しました。

私は、民主党政権に欠けていた地域の保守が取り戻された様に思っております。
地域の暮らしの安心安全と地域の健康を区議会活動を通して、地域に保つ事が出来る様にしなくてはならないと思っております。

政治の最前線は私達、地域の政治にあります。
自助 共助 公助 を基本に持続可能な社会を実現させなければならないと思います。

区議会において地域の声が区政に反映される様、地域の代弁者として確り活動を続けて参る所存です。
総選挙を区切りに、日々挑戦の思いを大切して参る所存です。


2012年11月29日 お知らせ

 本日、11月29日より東京都・知事選挙が始まりました。
又、12月4日からは衆議院議員選挙が始まります。
何れの選挙も12月16日が投票日です。

選挙期間中は、選挙法により私達議員はホームページの書き換えが出来ませんのでお知らせ致します。


2012年11月23日  第4回定例区議会

 11月19日から第4回定例区議会が始まりました。
先週、11月16日に衆議院が解散、12月4日に衆議院選挙が告示されます。
都知事選挙と同日の12月16日が投票日に決まりました。
国民の信を問う総選挙は、政権与党・党首の人間性が解散を決めた様に思います。
解散報道が佳境に入った頃、与党幹事長と閣僚や党幹部の解散反対の会見報道を見た時、私は、野党・自民党の地方議員ですが本当にがっかりしました。
有権者は、どう考えるのだろうかと思いました。
反対理由はあるにせよ、大の大人が駄々をこねている様に見えてしまいました。
組織のトップを支えるナンバー2の役割が大切と思いました。

2008年・リーマン・ブラーザーズの破たんを機に世界経済が失速し、国内においても株価の下落、雇用の鈍化、輸出の不調、消費の鈍化が進み社会に疲弊感と閉塞感が増し、少子高齢化問題、社会保障問題、増税問題等が重なり国民生活全般が冷え込んでしまい、区民生活においても保育園の待機児問題と連鎖する学童問題、介護施設の不足問題、障害者の老ろう介護問題、生活困窮者の増加と生活保護問題等々の解決に時間を要しています。

場当たり的な殺人事件や、いじめが原因と思われる子供たちの自殺、生活困窮者の自殺、高齢者の孤独死、暮らし難い社会になりつつあると思います。

2011年3月11日以降、震災被害と原発に社会は大打撃を受け、被災者の方々の苦悩は何ら解決されていない様に思います。

それらを、只、駄目だだめだと人のせいにする思いでパソコンのキーボードに向かっている訳ではありません。
私達の毎日の生活が極普通に、極ごく普通に送る事が出来る様にしたいですね。
若い親御さん達が保育園の心配をしなくてすむ様にする、此の問題が一つ解決されるだけでどれだけホッとする区民がいるだろうか、その様な人が日本中にどれだけいるであろうか、今、本当に必要な事、大切な事を一つひとつ解決出来る区議会でありたいと思います。


2012年11月08日 一つひとつ

区議会議員として議員活動を始めて6年目になりました。
久我山に生まれ育ち暮らし続けてきました。
若い時にスポーツとの出会いがあり、只ただ毎日が練習で精いっぱいの日々を過ごし、何事も身体で覚えて来た様に思います。
戦後、父親が始めた家業を共に営み、地域あっての暮らしの中で精いっぱい生きて来た様に思います。
地方議員としてのスタートは54歳です。
自分の生きざまを通し得た事を議会に伝えて参る所存です。
一つひとつ、ゆっくりとしか出来ないのですが、必ずとの思いで地域のあり様を議会に届け、暮らしやすい地域、安心、安全、健康に過ごせる地域づくりまちづくりの一助を成し遂げて参りたいと思っております。
11月19日から第4回定例区議会が始まります。
本会議で一般質問を行わせて頂きます。
その準備の途中で思った事を書き記させて頂きました。
次回の一般質問では、動き始めた都立高井戸公園の整備に合わせた地域のまちづくりについて質問を致します。


2012年10月28日 スポーツの力

 昨日、阿佐ヶ谷の並木通りを利用し杉並区・区政80周年の周年行事の総仕上げの様な形で、先のロンドンオリンピック・女子レスリングメダリストである吉田選手を招いてパレードが行われました。
2020年・東京オリンピック・パラリンピック招致運動も兼ねて大掛かりなイベントになりました。
沿道を本当に大勢の人たちが心あたたく迎えてくれていました。

スポーツを介して多くの人たちを惹きつける力、吉田選手の見えぬところでの努力、死に物狂いの練習があって初めてあの大勢の人たちを動かす事が出来るのであると思う。

一人の人間がスポーツを介して社会に示す力、スポーツそのものが持つ潜在能力を、今、疲弊する社会にもっと生かして行く必要があると思います。

スポーツを通して人間学を学び、スポーツを通してまちづくり、スポーツの力に注目。


2012年10月18日 近況

 区政80周年を迎え10月1日に杉並公会堂で記念式典が行われました。
今月は、80周年月間とでも言いましょうか、連日区内各所でイベントが開かれ、例年行われているイベントも80周年の冠イベントとなり盛況です。
私達区議会も桃井原っぱ公園で行われたイベントでコーヒーショップを開催し盛況を得ました。

改めて80周年を思うと、第2次大戦をはさみ、戦前、戦中、戦後の各苦しい時期を経て経済成長を成し今を迎えております。
戦争、敗戦、復興を成した先陣達に感謝を忘れてはならないと思います。
私は間もなく60歳を迎えます。
私達の親世代に改めて敬意を表するところです。
その親世代を育てた親たちは子供を戦争へ送り出し命を奪われております。
その親たちは第一次大戦を経験していると思います。
悲しみと苦しみの繰り返しの中で今を迎えています。
私の父親は軍人でした、敗戦の弁を聞いた事はありませんでした。
寡黙な人間ではありませんでした。
敗戦を通して前え進む事だけを考え、家族の幸せを噛みしめて人生を終えて逝った様に思います。

しかし、今を見ると、ここ数年の経済成長の鈍化から生まれた閉塞感と国政の停滞が雇用の悪化や前向きな国民生活の勢いを失わせていると思います。
国政においては只いたずらに時が過ぎている様にさえ思えます。
私は、一地方議員の一人として、政治の最前線に位置していると思っております。
その様な中で、地域の声は、国政への不信、政治不信です。
国民に国の進路を示さなくてはならない中で、政治不在の官僚国家が少しずつ進み始めている様にさえ思えます。
国民の為に、何故、信を問う事が何故出来ないのか、その前にやるべき事があるとの、法律改正、制度改正、法案の成立を問う勇気さえも失われてしまったのかと思う。
残念としか思えない。
総選挙が必要と思います。


2012年10月02日 23年度 杉並区決算特別委員会

 9月21日に始まった23年度・杉並区決算特別委員会は明日午前中の質問と明後日の意見開陳で終了します。
先行き不透明な社会情勢、閉塞感が増し、国民生活・区民生活を息苦しくしています。
地に足のついた等身大の財政運営をとの声が多かったと思います。
先細りの税収入の中で持続可能な社会の実現を図って行かなくてはなりません。

政権与党の党首選に続いて野党自民党の総裁選、消費税の増税が決められた後、原発廃止問題、竹島問題、尖閣問題、オスプレイ問題、何も決まらない日々が続いている。
政治の空白としか思えない、政治離れ、世界に日本が置き去りにされてしまう。

政治の最前線にある地方議会の声、国民の声、聞こえていても聞き入れる事が出来ない国政の現状、一刻も早い総選挙が必要と私は思います。
国民に対して恥じる思いは無いのであろうか、何も結果を出す事が出来ない中で、前え進む事だけで良いのか、いや、進めずに足踏みをしている様にしか見えない。
首相の真意が理解出来ないし伝わらない。
特例公債や一票の格差も承知の上で、今、早急に全国会議員は自己と政党の名誉を掛けて選挙の準備に入るべきと思うのです。

ひたむきに一生懸命に頑張る東北被災地の為に、真面目に税を納める国民の理解を得る為に、国民の安心安全の日々を確保する為に、子供たちの成長と我が国を支え続けたお年寄りの為に、雇用を求める国民の為に国民の審判を受けるべきである。


2012年09月20日 国政

 政権与党の代表選が行われています。
原発の取り扱い、オスプレイ、対中国問題、等など問題山積です。
国民が置き去りにされている、決められない政治とマスコミが騒いでいるが、政権与党のリーダーが国民を置き去りにし始めている。
国民の信任を問うべきである。

東日本大地震の被災地の高台の地価が上昇している、私は震災直後に現地入りし、被災地の沿岸地域と少しの距離にある高台に生活する方々との生活格差が生じると内心心配をしておりました。
被災地に足を運ぶ度に心配が大きくなっていました。
大地震で心の奥底までズタズタにされた被災者の方々の極普通の生活を取り戻す事が先ず必要と思います。
国政を進める中での優先順位がいつの間にかおかしくなってしまった様です。
一つひとつ、地に足付け問題の解決に当たって欲しい。
何もかもやりぱなしの状態です。

政治の最前線にいる政権与党の地方議員は地域社会が国政に対し今どの様な思いを持っているのか分かっていると思います。
政権与党が分からないはずが無い。
私は、野党第一党・自由民主党の地方議員です。
地域の保守の中で育った人間ですが、常に新しい風を意識して参りました。

今、社会に一番必要な事は、一刻も早い総選挙であると考えます。
新しい風を呼び起こさなくてはならないと思います。
新たな国の道筋が必要です。
外交が得意とか防衛が得意とかではなく、頭一つ、いや頭二つとび出した、極めて優秀なオールラウンダーのリーダーが必要と思います。
さもなければ、国政政治家が一番不得意とするチームワーク、徹底したチーム力を誇る内閣が必要と思います。
もう、中途半端な政権は必要ない、今は、国民が我慢をしているにすぎない、国政が国民の審判を謙虚に受けるべき時と思います


2012年09月08日 定例議会

 9月5日より、第3回定例区議会が始まりました。
現在は、一般質問の最中ですが、11日より常任委員会と特別委員会が始まり、21日より23年度決算特別委員会が始まります。
私は昨年、区監査委員に就任しておりましたので、定例区議会や委員会等での質問を議会の慣例で控えておりました。
今定例区議会において私は、地域の声を届ける事を第一に「久我山のまちづくりについて」「保護司会サポートセンターについて」の2項目を質問致しました。
地域の声が反映される区政を地域の誰もが望んでいると私は考えます。
地域の代弁者として、地域の責任年代の一人として質問に立ちました。
質問の内容は、三っ目の窓口≪くまさんの瓦版ダイジェスト≫に掲載します。
尚、質問の全内容が掲載されるのは10日以降になります。
宜しくお願い致します。
又、私のホームページのリンク集から杉並区議会へリンクして頂き、私の質問の様子をご覧頂く事が出来ます。


2012年08月26日 「熊さんの写真館」

 私のホームページの右側に「熊さんの写真館」があります。
此のたび写真館別館として3・11直後と一年後の4月そしてその3ヶ月後、7月28日に同所で行われた地域のお祭りを見学致しました。
場所は、宮城県 多賀城市 栄 です。
4月、現地にお伺いした時、復興の一環として復興納涼夏祭りを行う計画があると聞き、私自身が何ら役に立つ訳でもないのですがそわそわしておりました。

以前「熊さんの一言」に此の地域の事は書き込みましたが、震災直後、此の地域は津波に襲われ水没をしておりますので、町会の倉庫も流され備品がなくなり手作りのお祭りでした。
会場を照らす電球等も借り物で電源も工事用の発電機をレンタル会社から借りたとの事でした。
子供たちが担ぐ御神輿も昔懐かしい樽神輿を地域の方々がつくられたとの事でした。

此の地域では、震災直後、川を上って来た津波と海から直接押し寄せた津波同士がぶつかり渦を巻きおこし、物凄い音と共に地域一体を呑み込んでしまい、路上等に駐車してあった車がどこにどの様に流されてしまったのか未だにわからない地域との事です。
とにかく、津波とその音に追いかけられ、必死でのがれ、何かを持ち出そう等と考えたら間違いなく命を落としただろうと、一年が過ぎた今も顔をひきつらせ話をされる方がおりました。

一年後の今年4月、そして此のたび同所を訪れた時、更地になった住宅跡地が目立ちました。
再建をあきらめ、資産を売却して他所に移られた方々がおられるとの事です。
それから、祭りの会場から程遠くない場所には架設住宅があり、多くを失いそこで暮らされている方々がおられ、地域の誰もが喜べる祭りではなかったのかも知れません。
しかし、悲しみを、悔しさを、夢や希望を、そして先ず今を生きている事の大切さを、様々な思いを地域が共有し話し合い、悲劇を打ち消し未来を見出して行くきっかけが復興納涼夏祭りにあったのではないかと、僭越ではありますが祭りを見学し思いました。
写真の最後に、会場を幾つもの提灯が照らすその空に月を撮る事が出来ました。

写真を撮らさせて頂いた地域に、私は何ら手助けをする事が出来ませんでした。
震災直後のどうする事も出来ない状況、どこから手をつけて良いのか全く分からない悲惨な状況の中で、ほんの少しずつ少しずつ前へ進み改善される様子を私は我が目で見させて頂く事が出来ました。
「熊さんの写真館」には、他に陸前高田・広田地区の写真を載せさせて頂きました。
何も無くなってしまった地域ですが、人が残り、地域の文化が残り、少しずつ少しずつ前へ進んでいます。

恙無く過ごす事が出来る日々の暮らしに改めて感謝を致しております。


2012年08月19日 盆踊り

 私が暮らす久我山の盆踊りが昨日と今日の二日間行われます。
昨日は夕立があり開催が心配されましたが無事、初日を終えました。
会場にいて先ず感じる事は、若い家族が多い事です。
地域の商店会とまちとが一体になり盆踊りを地域に定着させ、夏休み中の家族がふるさと気分を味わう格好の場を提供しています。
社会が疲弊し閉塞感が気になる社会情勢ですが、盆踊りの会場に集まる地域の方々の姿にホッとした気持ちなります。
盆踊り・地域のお祭りに地域の安心安全と健康を見出す事が出来ます。


2012年08月13日 オリンピック

 ロンドンオリンピックが終わりました。
寝不足の方が多かったのではと思います。
オリンピック期間中の8月1日から8月10日まで、私が加入している自治会のラジオ体操が行われました。
連日の熱戦に、会場に集まられる方々からはオリンピック談義と寝不足解消の話が多く聞こえてきました。

6月下旬、私が所属する日本スポーツマンクラブで、ロンドンオリンピック日本選手団長を務められた村上春樹さんの講演を聞きました。
村上団長は、柔道や体操そして水泳を中心に金メダルの獲得数を16前後と分析されておりましたが、オリンピックの日程が進むにつれメダルの獲得に異変が起きておりました。
銅メダル、銀メダル、金メダルと多種目の競技がメダルを獲得し始めました。
世界に挑戦する日本スポーツの底上げと間口が広がった様に私は思いました。
ナショナルトレーニングセンターやオリンピック開催地の現地につくられたサポートセンター等など環境が整え始められた事と、その環境整備に選手やチームそして監督やコーチが答えを出し始めている様に私は思うのです。
上を見たら限がありませんが、最低限必要な環境が整い始め、世界の中の日本の国力に恥じない日本スポーツが動き始めた様に思います。


2012年07月21日 明るい明日と夢が必要

 「社会が疲弊している」との言葉や活字の数が中々減らない社会情勢が続いています。
経済が疲弊し、私達が日々暮らす地域の生活においても雇用の減少、収入の減少、購買力の減少、共働きの家庭が増え保育所の待機児問題、学童の定員オーバー等など社会全体の悪循環が好転しない状況にあります。
そして、国民生活に暗い影を落とす大きな事件、考えつかない様な車の暴走事件、親子の間柄や親しい地域生活の中で余りにも簡単に起きる殺人事件、公教育の中で起きるいじめと自殺、極普通の社会生活を送る事が難しい社会になってきています。
これを普通と考えなくてはならない社会なのでしょうか。

国政が揺らぎ政治不信の輪が拡がり、国民は個々の思いの中から毎週永田町で行われているデモの様子を気に掛けている様に思われます。
その輪へ加わる人が増え、自分もと考え始める人が増え、参加・不参加は別としてデモを支持する人が増えていると思います。
デモは、一極集中の東京や周辺首都圏と大規模な地方都市で行われていますが、デモの善し悪しではなく、社会の動きに変化が起きていると思います。

国民の不安、不信、不満が政権に届いていない事の表れであり、遍く、国民の思いが集約される総選挙が必要と私は考えます。


2012年07月11日 ロンドンオリンピック

 日本スポーツ界の頂点を極め、世界に挑戦するナショナルチームに所属する選手たちがトレーニングに励むナショナルトレーニングセンター(北区西ヶ丘)に行って参りました。
間近に迫ったロンドンオリンピックへ向け最終調整に入っている選手達がおりました。
明日のオリンピアンを目指す各種競技の若者達も合宿練習を行っておりました。
宿泊施設、行き届いた食事、メディカル部門そして様々な条件の中で練習できるトレーニング施設、世界を意識した国家的スポーツ戦略の一端と理解出来る総合施設です。
様々な見方はあろうかと思いますが、世界の先進国としてスポーツを通して人類の平和と繁栄を築く為の投資と私は考えます。
オリンピックが間近に迫っております。
メダルの獲得数が意識されるところです。
スポーツ先進国と称される国々の中で、日本のメダル獲得数はまだまだ下位にありますが、ナショナルトレーニングセンターの運営は前回の北京オリンピックから始まりました。
今後の運営が充実されるよう望むところです。
大変立派な施設です。
利用する国内トップアスリート達には、当然との思いではなく、感謝を忘れずにと伝える事が出来ればと思いました。


2012年07月05日 視察

 私が議会活動で所属する会派、杉並区議会・自由民主党は、此のたび東日本大震災において大変大きな被害を受けた陸前高田周辺の視察を行いました。
震災から1年3ヶ月が過ぎております。
被災した区域が余りにも広く、復旧そして復興は間違いなく進んではおりますが、正直、中々目に見えてこない思いになります。
現地において先ず思う事は、仮設住宅の暮らしから解放されたいだろうなとの思いです。
がれきが片付く一方で何も無くなった土地と塩害で使用出来なくなった田んぼが広がり、心が痛みます。
被災地が絶対取り残されてはならないと強く思うところです。
揺らぐ国政に在っては、国民の審判を受け、被災地復興が国の最重要施策として新たなる一歩を踏み出すべきと考えるところです。


2012年06月19日 原点

今、社会は、地方議会と地方自治体は、地域生活を確り支え暮らしの 安心 安全 健康 を築いていると思います。
杉並区も同様の事と考えます。
国政がぶれ、釈然としない日々が続いています。
新しい制度を築く為の生みの苦しみとは、中々思えない状況にあります。
私自身も、国政の在り方に重苦しさを感じ、日々の区議会活動との比較に悩みます。
地域の思いや願いを議会に行政に届け、施策に反映させたい思いを常に抱いております。
地域のまちづくりに思いをはせております。
地域の在り方に夢を描いております。
揺らぎながら進む国政に地域の実情を合わせ考えられない処があります。
今の政権与党にはノーとしか言いようがありません。
国民の判断を問う必要があると考えます。

私自身の区議会議員活動が今後も地域の為に少しでも役立つよう、議員活動の原点を見直し進んで参ります。


2012年06月03日 臨時議会

 6月7日より、杉並区議会第二回定例議会が始まります。
それに先立ち、5月30日に臨時区議会が開かれ、区議会正副議長をはじめ監査委員、各議員が所属する常任委員会、特別委員会の委員が決められました。
議長には、私と同会派の井口かづ子議員が就任致しました。
副議長には、公明党の島田敏光議員が就任致しました。
監査には、私と同会派の吉田あい議員が就任致しました。
その様な中、私は、常任委員会の筆頭委員会である総務財政委員会の委員長を務める事になり、その責任の重さを痛感致しております。
特別委員会は、昨年に続き、道路交通対策特別委員に就任致しました。
区民生活の向上に向け、確りと職務を果たして参る所存です。

私は、昨年の改選後、新議会が招集され区監査委員を務めて参りましたので、議会での一般質問、各種委員会においても区議会の慣例に伴い、質問等の発言が出来ませんでした。
今後も、議会の慣例を尊重し25年を迎えてから本格的な質問等の発言を始める事となりますが、地域の諸問題を確り行政と議会に伝えて参ります。

国政が揺れている今、社会全体に疲弊感が増し、社会生活のあらゆる面において後退の兆しが顕著に表れております。
地方自治体の中における、区民の日々の生活の安心、安全、健康が第一です。
区民が 心 豊かに日々の生活をおくる事が出来る様、議会活動を頑張って参ります。


2012年05月11日 子供と孫

同僚の議員と教育の事に関して話しをする中で、お互い若い頃、父親にどの様に思われていたのか、父親の事をどの様に思っていたのかとの話しに及びました。
自分が子供を育てる中で子供の事を、又、子供はどの様に自分達の事を思っていたのかと話しが弾みました。
同僚の議員と記しましたが、彼は30代後半でまだ未婚です。
彼は、もし自分に自分の様な子供がいたら到底育てられないと、真剣に自身の思いを話しておりました。
私も子育ての難しさと子育ての不思議を改めて考える良い機会になりました。
閉塞感が増す社会情勢の中で、子育ての環境整備は遅れています。
保育所の待機児対策は喫緊の課題となっています。
経済が立ち行かない中、子育ての安心が得られない親御さん達が増えています。
保育、幼稚園の延長保育とあわせて学童等の施策の充実も見直さなければならないと思うところです。

私は、来年還暦を迎えます。
二人の息子は独立し家庭を持ち子育てに追われております。
孫達の事を思い出しながら浮かぶ事は、親は子を育てる中で信じる事の大切さと苦しみを味わい子は親に逆らいながら親の大きさを知り、孫は夢や希望や期待をそっと与えてくれる様に思うと
同僚議員と会話が弾みました。


2012年05月06日 

 ゴールデンウィークの最終日、4月16日の掲載に続いて、孫達が参加する空手の大会を観戦に行きました。
会場は、埼玉県比企郡都幾川町ときがわスポーツセンター、風光明媚な場所に町の施設が建てられておりました。
以前も掲載しましたが、礼に始まり礼に終わる試合、心、引かれるところがあります。
形の試合を見ていると、柔らかさを感じる小学生の技、はつらつとした気持ちの良さを感じる中学生の技、力・静と動を感じる高校生や成人の技、引き込まれてしまいます。
大会を開催する人達、参加する選手達、応援をする家族や仲間達、熱気が伝わってきます。
私も、競技こそ違いますが、中学、高校、大学、社会人とハンドボール人生を過ごしました。
区議会の議員活動に孫達の空手の大会の観戦が何の役に立つのかとご批判を頂くかもしれませんが、空手の大会は就学前の子供から成人まで幅広く同じ会場で競技が行われますので、会場が一つの家族、仲間になっています。
今、社会で薄らいできている、家族の繋がりと人生で大切な上下の関係がそこはかとない安心感の中で醸成されているように感じます。
様々なスポーツを通して子供達に、様々な学びの形と時間を提供できる部活動を実現出来るよう、議会と行政に声を届けて参る所存です。


2012年04月26日 一年が過ぎて。

 4月17日と18日の両日、震災から1年が過ぎた宮城県多賀城、塩釜、松島を訪れました。
同所には、昨年4月2日、3日の両日、3・11から間もない時期に訪れましたので、一年後の様子が知りたくマイカーで東北道を利用し往復しました。

先ず、東北道の本格的な修復が始まった様に思われます。
昼夜を通しての車線規制を行い舗装等の工事が行われております。
沿道のガードレール等は総てが復旧した様子は無く、先ず、大切な路面の舗装状態を安定させる事からとの様に思われました。
昨年の同時期の様な緊急車両や工事車両等の走行は目立たなくなりました。
観光バス、長距離バス、貨物車両が目立つ様になったと思いました。
サービスエリアにも観光目的の方と分かる方々が増えた様に思われました。

始めに訪れた多賀城は、海抜が殆ど無く津波が平屋の建物を飲み込む位の高さで押し寄せた地域で、昨年の同時期はヘドロと瓦礫と流された船と流された車でまちが埋まり、風が吹き砂塵が舞う状況でしたが、今は落ち着き、ヘドロが洗い流されアスファルトの道路が元のまちの色を取り戻した様に感じました。
しかし、水没した田んぼや畑は、瓦礫や流された船と車は片付けられていますが、後は手付かずの様子で、大切な土地が死地になってしまっています。
その様な広い区域が三陸道上から目のあたりにする事が出来、改めて津波の甚大な被害を感じ取る事が出来ます。

多賀城の町会の方達の中で資産を処分し転地した方がかなりおり、元のまちに戻りながらも、家が取り壊され更地にされている箇所が目立ちました。

昨年、訪れた多賀城東小学校に避難していた方を偶然ご自宅の前で見かけ、ご近所の方とお話しをしている姿に、安堵と言うのか、本当に良かったとの思いが込み上げました。
そこの町会では、津波で住宅が全壊せずとも、津波から逃げ切れずに自宅内で死亡し津波の引いた後、自宅内に遺体が残されていたとの話しを聞きました。

3・11当日、地震直後に町内を見回りした方が、まちを流れる砂押川を見に行くと川の流れは無く川底が見え、脚が震え声も出ず何も出来ない状況になり20分後位に物凄い音と共に津波が押し寄せ町を飲み込んだとの事、ご自身も水につかり何も出来なかったと話されました。
逃げる事が出来ただけで、それだけで本当に幸せであったと話され、一年が経ちやっと落ち着いて当日の事を話せる様になったとの事でした。
生きていられる事、生きていて良かった、涙ながらに今の幸せを話されていました。

一年前の写真、この度写した写真や塩釜、松島の様子を私なりに、「熊さんの瓦版」でお知らせしたいと思います。
宜しくお願い致します。




2012年04月16日 大会

 2月4日に、稽古と題して書き込みをしましたが、私の息子の次男夫婦には、3人の息子と娘が1人、4人の子供がおります。
私の最愛なる孫達は、活発な小学4年生、2年生、1年生と3歳の娘は保育園に通っています。

昨日、3人の男の子達が稽古に通っている空手の大会がありました。
道着を纏い一生懸命、試合に望む孫達の姿に頼もしさや試合の相手を敬う心を感じ取る事が出来きました。
小学生の試合ですが、礼に始まり礼に終わる武道の良さを大会を観戦して感じる事が出来ました。
しかし、人の手が凶器ともなる空手、表裏一体の危険がある空手、心の教育、心の指導を確りと子供達に伝えてもらいたいと思いました。
孫達に空手を通して人生の機微を学んでもらえればと思いました。
一生懸命に教える姿、教わる姿、周囲で支える人の姿、大会を観戦しながら勉強を致しました。


2012年04月12日 2020年 オリンピック

 3月29日から31日までの三日間、私の仲間達と「スポーツの力」と題して、2020年のオリンピックへの思いを込めて小規模な写真展を開きました。
区議会活動を通して、世界的なスポーツ写真家 岸本 健 氏とお目に掛かる事が出来、ご無理をお願いして岸本氏の作品を展示する事が出来ました。
作品を提供して下さった岸本氏の心意気に敬服を致しております。
3・11以降の社会情勢を危惧する方々から、この時期に2020年オリンピックに思いを馳せるのはケシカランとのご指摘も頂きました。
様々な社会情勢を加味し、私は日本が世界にオリンピック招致の思いを発信する事は大切であり、スポーツの祭典オリンピックの社会貢献は多大なものがあると思う一人です。
混迷の度を増す社会において、今、スポーツが果たす役割は大変大きな意義があります。

私は若い頃、胸に日の丸を付けて何時か世界に挑戦をするとの思いを持っておりました。
その挑戦は、60歳を前にした今の私の思いでもあります。
姿、形、年齢、生活環境、総てが一変している初老の私の 命 心 の中にオリンピックは生き続けています。

昨日、オリンピック招致委員会に所属している、シンクロのメダリスト 江上 綾乃 さんとお会いする機会がありました。
招致委員会も、今、大変厳しい活動状況にあるとの事を聞きました。
私は、彼女に、世界を制したあなた方アスリートが日本中を歩ってでも、オリンピックの素晴らしさを伝えなくてはならないと話しをさせて頂きました。
あなた方がやらずに誰がやるのだと私は言いたいのです。

オリンピックを夢見て明日を切り開いたスポーツマンが沢山います。
オリンピックが人生の励ましになった人達が沢山います。
そして、オリンピックに感動をした多くの方々が、夢 再び東京にオリンピックを待っている事をこのたびの写真展を通して強く感じ取る事が出来ました。



2012年04月06日 さくら咲き始めました。

 例年になく、さくらの開花が遅れていました。
私が住む久我山でも、昨日と今日の二日間でほぼ咲き誇った感があります。
久我山駅から三鷹台そして井の頭公園と神田川沿いの遊歩道にさくらが咲き誇っています。
地域の方々の最高のお花見スポットです。
卒業シーズンから入学シーズンへと社会の流れが変わり、新しい希望の節目を迎えています。
身の回りの整理整頓、心の整理整頓、環境の変化の中で新たなチャンスとの出会い。
春はそんな季節の変わり目の様に思います。
人それぞれに、切り替えたい事、乗り越えたい事、新たな挑戦、新年度と新学期を向かえ、心新たにとの思いです。
春、尚一層の心の充実を計る時と思います。
≪日々挑戦≫ 新たな志を忘れずに、地域の声を議会と行政に届けて参ります。


2012年03月24日 涙

 昨日、私の母校高井戸第二小学校の卒業式が行われ、出席を致しました。
明治34年の開校、110年が過ぎております。
私は、父親から祖父が開校した当時の生徒と聞いております。
久我山では5代に渡り高井戸第二小学校に通う家族があります。
6代続いているお宅はまだ無いと思います。
昨日の卒業生の中に、私共の本家の外孫ですが、5代目の卒業生がおりました。
私から見ると孫の代に当たります。
私の従兄弟が、その子の祖父に当たります。
私も孫がおり、総領の孫が4年生になりますが、息子の仕事の都合で埼玉におり、5代目の通学児がおりません。
昨日、卒業した子の祖父と祖母は、祖母が42歳で祖父は54歳で共に病気で亡くなり初孫の卒業を見届ける事が出来ませんでした。
あまりにも早い死を迎えておりました。
私の直ぐ近くにその子が座っており、屈託の無い嬉しそうな顔を見、早い死を迎えた従兄弟夫婦の事が思い出され、涙がこぼれ、ハンカチで目頭を押さえる事が多く、周囲の人達は何事かと思っていたのではと推察しております。
何があっても、生きていればこその人生と思いました。

地域に暮らし続け、5世代が同じ小学校に通う事は喜ばしき事と思います。
地域の保守を守る事の大切さを改めて卒業式を通して感じました。

私が住む久我山には、秦、小作、倉本、大熊の名字を持つ住人が多くいます。
以前は、入学式や卒業式の名簿に必ず秦や小作の名字がありましたが、先日行われた中学校の卒業式にも、この度の小学校の卒業者名簿にも、地域、縁の名字がありませんでした。
地域に人口の流入が続き、社会が地域が本当に変わって来ていると感じます。

今、社会は個に向かっているとの表現が多くありますが、個が個を守らなくてはならない社会情勢に陥っています。
政治が揺らぐ中で、国民は、地域の方々は社会に必要な責任を果たしながら、個を守り地域との繋がりを模索している様に思えます。
国政のリーダーシップ、地方行政、基礎的自治体が確りと地域の自助、共助、公助のあり方を示し、包容力のある社会を築く事が必要と思います。
そこはかとない地域の安心と安全が必要です。
改めて、地域の声を議会と行政に届ける責任を痛感しております。



2012年03月17日 卒業証書授与式

 冷たい小雨が降る今日、私の母校区立富士見丘中学校の卒業式に出席致しました。
黒の学生服を着用する男子生徒が一人もいませんでした。
女性生徒は、進学する高校のブレザーを着ていたのだと思います。
卒業式用のブレザーで進学する高校の校服でなかったのかも知れません。
卒業証書の授与の後に、昔風に言えば、送辞と答辞が読み上げられる場面では、在校生から送る言葉と送る歌声が会場に響き、卒業生からは、別れの言葉と別れの歌が在校生とお世話になった先生方へそして出席されている親御さん達に贈られました。
伸びのびとした歌声がさわやかで印象的でした。
半分大人になりかけている中学生、生意気になりかけている中学生、恥ずかしがり下を向く中学生を当時の自分から想像してしまうのですが、今の中学生は、皆、素直に明るく育っていると強く感じました。
社会は、今、大変厳しい情勢にありますが、親御さん達や学校の先生方、皆が頑張って子供達を大事に育てている様に卒業式を通して感じました。
嬉しそうに立ち並ぶ卒業生を見、この子達が将来の日本を今日の様に素直に美しく晴ればれと夢を抱いて国づくりに挑戦してもらいたいと心の奥底から願わしてもらいました。
素直な子供達に感謝。


2012年03月11日 震災

 東日本大震災から一年が過ぎました。
今だ安否の分からない方々が大勢いらっしゃいます。
本当にやるせない思いに駆られます。
ご家族やご親戚、友人、知人をあっという間に亡くされた被災地の皆様の計り知れない悲しみを癒す言葉が見つかりません。
想像を絶する苦しみと悲しみは続き、当所の無い悔しさの中におられる事と推察を致します。
被災された各地域の復旧は進められていますが、復興はまだ先送りされそうです。
一つひとつ辛抱強く復旧から復興へ進んで行かなくてはならない様に思います。
今、社会全体が疲弊し大変厳しい状況にありますが、大震災被災地の方々の黙々と生きられる姿に生きる事の厳しさと同時に生きる事の暖かさを覚えさせて頂いております。
大震災以降、「今、自分に何が出来るのか」との思いを多くの人が持つ様になりました。
社会に新しい力が作られて行くのではないでしょうか、新しい社会の繋がりが生まれる様になると、私は思います。
被災地の方々には、厳しく過酷過ぎるこの一年間でありましたが、社会は、その厳しさの中から幾つもの小さな灯火を頂き、生きる勇気を頂く事が出来たと私は思います。


2012年02月15日 オリンピック教室

 昨日、日本オリンピック・アカデミーが開いているオリンピック教室を見学させていただきました。
横浜市泉区の公立小学校3年生児童を対象に行われました。
五輪旗に使用される五色の色の質問から始まり、今年行われるロンドンオリンピックのマスコットの説明まで、幅広くオリンピックの紹介が行われました。
子供達の関心は高く、話が、昨年行われた女子サッカーワールドカップに及ぶと、子供達の歓声は最高潮に達した感がありました。
私は、日頃からスポーツを通して、第三の教育が必要であると訴えております。
五輪旗の五つの輪が世界の五大陸を表し、スポーツを通して世界の平和を願う事、助け合いの精神、人々が手をつなぐ事の大切さが子供達に伝えられました。
参加した子供達が、グループに分かれ白地の旗に五輪の輪を描きました。
何時ものグループ活動より、子供達はお互いに協力をする気持ちを高めていた様に私には見えました。

    ギリシャの詩人ピンダロスはオリンピックを以下のように謳っています。

       「太陽より暖かくきらめく星を、星の天空で探せないように、
         オリンピアの祭典ほど、光り輝く競技会はない」


2012年02月04日 稽古

 私の次男31歳には、4人の子供がおり、長男小学3年生、次男小学1年生、三男保育園年長、長女2歳です。
男の子3人と母親が空手の稽古に通っております。
孫達の母親、つまり我が家のお嫁さんは、高校ラグビーの古豪熊谷工業の柔道部出身です。
学生時代も柔道を続け体育会出身の優しい肝っ玉母さんと言った感じです。
現在は、重度中途障害者の施設で介護の仕事をしています。
夫である息子は、住まいの近くにある工業団地内の流通会社にパートで働き、仕事で忙しい嫁さんを助け主婦業をしております。
次男は、工業高校を卒業して、葛飾区内の金型製造の会社に勤めていた時に所帯を持ち、生まれ育った久我山で暮らし子供を儲けましたが、子育てと経済的に都内で暮らすのは厳しいと判断し、埼玉県の行田市に引越し、今日に至っております。
子供達の成長が一段落したら、息子本人が職人気質においては日本一と賞賛する金型製造会社への復帰を目指す事とになりそうです。
一生懸命、精一杯生きている次男家族です。
昨日は、夕方から孫達3人が通う空手の稽古を妻と共に見学に行って参りました。
小学校低学年の子供達が皆で「えい」「えい」と気合を入れ腹の底から出す声を心地よく聞きながら稽古を見学しました。
未就学児から大人まで共に道場で稽古をします。
黒帯の若い有段者が小学生の練習を見守る姿に、今、社会で失われつつある真の上下関係、思いやりと人を敬う大切さを目の当たりにする事が出来ました。
高校生と思える若い有段者達が、真剣なまなざしで小学生に接している姿に若者の品格を見て取る事が出来ました。
成り切る事の大切を感じました。
小さな子供達が道場の中を所狭しと動き回る活力、私が暮す地域にもこの活力と潜在能力が沢山ある、その力が大きく育つように地域の生活に確りと眼を向け、地域のあるべき姿の声を議会と行政に届けなくてはならないと感じ、深夜の関越道を走り久我山に戻りました。


2012年01月29日 大人の部活

 昨日、シニアチームのハンドボール大会を観戦して参りました。
妻を同伴し、楽しく観戦させて頂きました。
私のユニホームも準備して頂きましたが、気後れし、コートサイドで観戦しました。
私の妻は、私の現役時代のプレーを見ていますし、看護士をしておりましたので、大会の救急サポートをした経験もあり、ハンドボールを観る目は確かです。
帰り掛けに、妻が、皆楽しんでいるね、いい汗かいているね、プレーは別、とにかく楽しんでいるね・・・。
大会に参加した方から夜、メールがあり ≪アフターハンドボールを満喫≫ とありました。
地域に、様々なスポーツと文化を通した大人の部活が必要と思います。
私達は、今、社会の責任年代、日々忙しいのは充分承知していますが、大人の部活、夢を実現に向け活動を始めたいと思います。


2012年01月15日 小正月

 本日は1月15日、小正月、久我山の氏神様ではどんど焼きが行われます。
私の家は、神道です。
元旦には、地域での元旦祭等があり出かけられず小正月の本日、先祖が祭られるお社に、妻と二人でお参りに行って来ました。
この「熊さんの一言」や「熊さんの瓦版」等で申し上げている様に、私の妻は、白血病である骨髄異型性症候群にかかり、骨髄バンクをかえして骨髄移植を行っております。
見ず知らずの多くの方から血液を頂き、そして命を頂いております。
多くの善意と、言い尽くせぬ大きな力、計り知れない力、サムシング・グレ−ト大自然の見えざる力に助けられて生きている様に思えます。
今、社会は疲弊し、息苦しい毎日の様に思えます。
理屈ばかりが先行しがちな、国政に国民は不信感を抱き、個を選び始めました。
政治に背を向け始めた様に思います。
政治に頼らず、選挙を避け、それ以外に必要とされる国民の義務を果たし、国民は自分達に出来る社会貢献を選び実行し、静かに生きている様に思えます。
国民は、苦しい中、見えざる大きな力を求めているところもあると思います。
政治は、基本に帰る事が大切と思います。
確りと国民の審判を受けるべき時が来たと、私は思います。


2012年01月09日 ハンドボール

 私のホームページでご案内のように、私は中学生の時にハンドボール競技に出会い、以後ハンドボールに魅了され多くの先輩達に導いて頂き、多くの仲間を築き今を生きております。
昨日は、高校時代のハンドボール部の新年親睦試合があり、私はゴールキーパーを務めました。
相手は中学生のチーム、私のОBチームの平均年齢は50歳位、楽しい一時を過ごしました。
中学生のシュートだと、私の歳でも経験則がものを言い、まだ多少のキーピングが出来、本当に気持ちの良い汗をかく事が出来ました。
実は、今月末に世田谷区で行われるマスターズ大会に密かに出場を期しております。
出場出来ればの夢でもあります。
私が卒業した高校は元は男子校でしたが、男女共学になり、続いて中高一貫校になりました。
人口の減少の中で、教育界、学校経営の変化も大きなものがあります。

中高一貫教育の中でスポーツを通して見えてくるもは、肯定的な面が多々あります。
小学生からクラブチーム等に所属している子供達の人数も増えていますが、一般的には中学校から本格的にスポーツに勤しむ生徒が多いのが現状です。
その様な中で、中学入学初期の練習段階から中期そして専門性を必要とする高校後期までの間、中高6年間一貫した指導者の下で、段階的にトレーニングと試合を経験する事が出来る状況は新しい日本のスポーツ文化醸成にも結び付く好転機と考えられます。

私たちが生活を送る地域においても、スポーツ基本法の改定後、総合型地域スポーツクラブの創設が期待できる状況にあります。
区が進める公立の小中一貫校、都が進める公立の中高一貫校において、体育施設を地域と共用協働するスポーツクラブの創設が夢から実行の段階になったと理解を致すところです。
スポーツを通して、第三の教育の場が必要と訴えて参りました、私には、夢が一歩前進した思いです。

新しい年を迎え、地域スポーツクラブの実現に向け活動を始めたいと考えております。


2012年01月04日 母

 私の母親は、1月17日が誕生日です、今年88歳になります。
痴呆が進み介護施設に入所しています。
昨日、妻と入所先の特養ホームへ面会に行って来ました。
車椅子の生活ですが、大勢のスタッフの方々に見守られ生活を送る事が出来、介護制度の充実に努めなくてはならないと感じました。
更なる介護制度の充実に向け、妻と私なりの体験を通して議会と行政に声を届けて参りたいと思います。

何時も面会をするリビングがあり、車椅子の母、妻と私でテーブルを囲み持ち込んだお菓子を食べ、お茶を飲みながら言葉を交わすのが何時もなのですが、昨日は、新年とあってホームの方が気を利かしCDプレーヤーで懐かしい唱歌を流してくれました。

母親は、総ての歌詞を覚えている訳ではありませんが、大方の曲を歌う事が出来ました。
私たちとの会話は、私自身が母親には息子ではなく母親の兄に思われ、妻も親戚の人に思われたりする中で、70年以上前に覚えた唱歌を直向に歌う母の姿に思わず涙しました。
改めて、人の心に残る音楽、音、メロディーの大切さを痛感しました。
音楽は心の栄養剤、人生の栄養剤であると改めて感じ取る事が出来ました。
母に感謝。


2012年01月01日 初詣

 2012年、平成24年を迎えました。
私は、地元の久我山稲荷神社氏子中の一人です。
毎年、大晦日から元旦にかけて神社大鳥居の前に、地域でトレードマークに成りつつある「日々挑戦」の旗を持ち立ちます。
寒さを感じる北風もなく、穏やかな元旦を迎えました。
大晦日の国民的テレビ番組である、紅白歌合戦を見え終えてから氏神様へ初詣をする方が多く見受けられます。
この日ばかりは、小さなお子さんも大人と一緒に晩くまで起きていられる事がとても嬉しそうです。

今、社会情勢は厳しい一面を覗かせ、家族の崩壊や地域の繋がりの希薄さが取りざたされております。
しかし、私の身近にある地域の初詣の光景の一部分に過ぎませんが、親子が手をつないで初詣の順番を待つ姿に地域の安堵を感じ、地域の代弁者として区議会に参画する者の一人として、地域の安心・安全を築く事を改めて自身の胸に納めさせて頂きました。
日本の地域社会の繋がりは、まだまだこれからいくらでも醸成出来ると思います。
地域のやる気と思います。
政治の最前線は私たち地方議会と地方行政にあります。
地域の繋がり「つながり」の再生を考える時、以前、この熊さんの一言で書き込みましたが、地域の公園の活用の再検討が必要と私は考えております。
例えば、公立の公園にオープンカフェを設け地域の会話の醸成の源に出来ればと考え、今後、議会と行政に訴えて参ります。



2011年12月30日 年の瀬

 2011年も残すところ一日となりました。
お正月の準備も整い家族の帰省を楽しみにしていた昨年の今頃を思い出す事が出来ない人達がいます。
3月11日の大震災で亡くなられた方達です。
無念な事と思います。
帰省をする実家を失くした方達もおられます。
何と不条理な事でしょうか。
大自然の猛威に屈した人間社会ですが、復興に向け多くの方々ががんばっています。
何の落ち度も無く、慎ましく日々を送られていた方々が、突然、幸せを失ってしまいました。
その無念を私達は胸に刻み、日々を送る事を忘れてはならないと思います。
新しい年を無事に迎える事が出来る喜びに感謝を忘れてはならないと、自身に戒めて参ります。


2011年12月27日 10大ニュース

 今年のクリスマスは静かさの中で終わった様に思えます。
今年も残す処あと僅かな日数になりました。
3・11以降大変厳しい社会情勢が続いております。
政権与党は、日替わりメニューの政策を示しており、国民の政治離れが心配されます。
野党は政策攻勢を確り整え、政権奪還に向け進まなくてはならないと考えております。
苦難に立ち向かう国民は、今、政策以上に真のリーダーを求めています。
命を預けられる真のリーダーを国民は待っている。
中途半端な政治に国民は納得をしていません。
それでも、国民は地域は安心・安全を求め日々暮らし続けています。
先ずは、地域の声が反映される区政と考えます。

杉並区は今年の10ダイニュースを発表しました。

1、東日本大震災に伴う被災者支援等の対応

2、小中学校全校に学校支援本部設置

3、荻窪駅北口駅前広場の整備、公園開設、国家公務員宿舎跡地活用の検討

4、新たな基本構想と総合計画の策定に向けて

5、新生議会の誕生

6、安心おたっしゃ訪問事業の開始

7、小中学校全校の普通教室にエアコン設置

8、東京電力総合グランドの取得・活用に向けて

9、瑞草区との友好都市協定提携20周年

10、杉並清掃工場建替事業に向けた環境影響調査が終了

項目ごとに私なりの意見を今後お伝えして参りたいと思います。


2011年12月21日 ご苦労様でした。

 私の父は、職業軍人でした。
戦後、生まれ育った久我山で燃料業を創め私が後を継ぎ今日に至っております。
久我山3丁目を東西に人見街道が続き、昭和30年代その沿道に商店が建ち並び、各お店には集団就職の従業員さんも多く活気があり、のれん分けをしてもらい久我山に新たにお店を出す方達が引っ越してこられました。
しかし、社会の変化の中で、地域の小売業、個人商店の役割が終わりを告げる昨今です。
今朝も、駅頭の活動に向かう途中で、長く写真館を営んできた方が今日引越しをするとの事で早朝から準備をしており、別れのあいさつとなりました。
互いに、最後は言葉に詰まり涙をこらえておりました。
本当にご苦労様でした。
父親も商店会長を勤め、私も会長を勤めさせて頂きました。
来年の2月には、一軒先でクリーニング業を営んでおられた方が引っ越して行きます。
先月も、少し離れた所で美容院を営んでいた方が閉店をしました。
長い間、地域に貢献をして頂き、地域を活性化してくれた先陣達が地域を後にし始めています。
感謝の気持ちで一杯です。
本当に有り難うございました。


2011年12月14日 温良恭倹譲

 温良恭倹譲(おんりょうきょうけんじょう)と論語にあります。
穏やかで、素直で、うやうやしく、慎ましく、控えめなこととあり、孔子が人に接する態度を評して言った言葉とあります。
自分がどんな状況に在ろうと穏やかに人と接したいと思います。
心優しく人と接したいと思います。
真心を持って誠実に人と接したいと思います。

私は、人と接し会話をする中で、日々忙しい中での苛立ちや心の未熟さから、相手を慮る事無く自己中心的に思いを伝えて仕舞う事が多々あります。
相手の立場になって会話を進めなければならないと思う時が幾たびもあります。
人には、優しく在りたいと思うところです。

心の通う地域の政治、地域の声が反映される区政を築く事が何よりも大切と思います。
思うだけではダメですね、築く努力と活動を目指します。


2011年12月04日 生きる

 今日、セシオン杉並で区内障害者団体の方々が「ふれあいフェスタ2011」を杉並区と共に開催しました。
私も午前中にお伺い致しました。
障害者の方々が仕事をする作業所単位でテントを張り、各作業所自慢の商品を販売しておりました。
手づくりのパン、焼き菓子、お好み焼き、焼きそば、たこ焼き、手づくりのカレンダー、手芸品等など盛り沢山でした。
私は、クリスマス用の飾りとクリスマス用のビーズで作ったブローチ、その他にクレープとカレンダーを買い求めました。
焼きそば等食料品の売れ行きが良く、会場に用意された食事コーナーでは、参加者の皆さんが家族ぐるみで語らい美味しそうに買い求めた食品に箸をつけておられました。
障害を持たれた方々の家族の皆さんの立ち振る舞いと笑顔がとても素晴らしく私の心は和みました。
会場を行き交う多くの人達の中に、私たちが社会で一生懸命に生きて行かなくてはならない、原点の様なものを強く感じ取る事が出来ました。

今、午後の5時を少し過ぎたところです。
先程、このホームページを更新する為にインターネットを開いた時、本日開催された福岡マラソンの記事が目に入り、日本選手の川内選手が好成績を上げました。
「ぶっ倒れるまで走ると」豪語する市民ランナーです。
精一杯、不屈の闘志で戦う川内選手にも、一生懸命に生きて行かなくてはならない、原点を見出す事が出来ます。

疲弊感が拡大する社会の中で、社会は個に向かい進み、自分勝手な社会を作り出している様に思います。
政治の最前線である、地方議会に参画する者の一人として、一生懸命さを区民の皆様にお伝え出来る様、努めて参ります。


2011年12月02日 小さな安心・安全

 今日は、気温が低くまち行く人々も身体をちじ込めて歩いています。
私の家の前は人見街道が東西に走り車の量が多く歩行者も安全に気を使うところです。
その様な中で、歩行中の女性高齢者が転倒しあごを切る怪我をされ、結構出血をしてしまいました。
先ず、バイクに乗り通り掛かったヤクルトの女性販売員の方が気がつきバイクを止め、バイクから降り女性の方の様子を伺い、近くの自転車屋さんのご主人で消防団員の方が切り口を押さえ止血を行い、私の家内も駆けつけ傷口を確認し傷口が開き止血が難しいので縫わないとダメとの事になりました。
皆で付き添い直ぐ近くの医院に行くと快く治療をしてくれました。
会社名を出しましたが、ヤクルトの販売員さんが見守りの役をし、自転車屋さんのご主人は救急処置を行い、私の妻は看護士のキャリアを活かし傷口の様子を判断しました。
地域の小さな事故でしたがスムーズに対応出来ました。
たまたま、私も在宅していて一連の様子を見守りましたが、手際よく一人のご老人を助ける事が出来ました。
地域の小さな安心・安全に地域の力がそっと役に立ちました。




2011年11月27日 挑戦

 夢の実現に向けて一歩、いや半歩でも、いやその半分でも前へ進めると、本当に嬉しいものと思います。
ましてやその夢が、小さい頃からの夢で、長い間の夢の実現を、不条理な嫌がらせなどで止む無く諦め掛けた人が、周囲の暖かな気持ちの中で、夢の実現に向け立ち直る勇気を授かる幸運を得、そして、周囲の暖かな人達とチームを組んで再び夢を実現させる為に進む。
人は、一人では生きて行けません。
周囲の理解と励まし、そして本人が夢の実現に向け、挑戦の思いを何処まで膨らます事が出来るかであると思います。
私も、間もなく還暦を迎えます。
心の整理整頓、やり残した事はないか、70歳になって泣く事がない様、60歳挑戦のストリーを描き始めなくてはならないと考えております。


2011年11月23日 勤労感謝の日

 先日、お伝え致しましたように、杉並区議会は定例会議中です。
今日は祭日、勤労感謝の日です。
議会もお休みを頂いておりますので、今朝は、神田川沿いの遊歩道を利用し井の頭公園まで往復のウオーキングをしました。
私は久我山に住んでおりますので、井の頭公園内を散策し往復が1時間半を要し、適度な運動になります。
神田川沿いの木々の紅葉も美しく、空は雲ひとつない快晴、ほっとします。
杉並に限らず、都内の緑比率の向上に力を入れなければならないと思うところです。
この度の定例区議会の一般質問においても、複数の議員から地域のみどりのあり方について質問が行われており、行政側も前向きな答弁をしております。
社会全体が息苦しさを感じる昨今、政治の安定、雇用の促進、そして経済発展が望まれる中で、日々忙しく働く方々の住まいの地域には、心おちつくみどりが良薬となる事と思います。
地域のみどりの充実に向け、議会と行政に改めて声を届けて参ります。


2011年11月20日 孫

 今日、午前中、地域の町会会館に挨拶に出かけ、その後、杉並区の総合防災訓練を見学しました。
3・11以降、防災に関する関心は高まり、本日も大勢の区民の方が会場である桃井はらっぱ公園に足を運ばれました。
防災関連のブースも多数設けられ、盛況でした。

その後に、妻と久しぶりに行田市に住む次男夫婦の所へ出かけました。
次男には4人の子供がおり、一番下の3歳になる孫 春 を抱っこしていて、あどけない顔をした孫を抱き、抱きしめて、心底、幸せを感じました。
私も間もなく60歳を迎えます。
曲がりなりにも此処まで生きてこれた、自分の力などではなく、家族と私を取り巻く周囲の理解、励まし、協力、みんなの力をもらって生きてこれたと、小さな孫を抱くが故に、私の心も素直になり、周囲への感謝を胸にし、これからも心広く明快に我が人生を生き抜いて参りたいと心に刻みました。


2011年11月19日 第4回定例区議会

 昨日18日より、杉並区議会第4回定例区議会が始まりました。
初日は、午後1時より始まり、5人の質問者が登壇し、区民から要望の多いコミュニティーバス、屋敷林等みどりの施策、自然環境教室、防災全般、自転車のマナー、放射線量、子供園等の一般質問が行われました。
防災の質問で取り上げられた地域の防災リーダーの役割について、今後東京直下型地震も予想されている中で、地域には消防団の組織もありますが、防災リーダーの存在が消防団員のように地域に知らしめられるようになれば良いと思われました。
地域は地域で護ろうとの思いをつくりあげるのに、地域防災りーダーの役割は、今後期待される事になると思いました。
今、社会全体の問題として取り上げられるのが、自転車の運転マナーであると思います。
とにかく、危ない、私自身も本当に気をつけないといけない事です。
自転車を運転する時、誰でもが、自分ひとりぐらいとの思いから、ルール違反をしてしまっているように思います。
モラルを確り守らなくてはいけないと思います。
小さな勇気を示さなくてはならないと思います。


2011年11月16日 北風

 今朝、地域の皆様へご挨拶の為、久我山駅駅頭に立ちました。
お蔭様で、皆様に会釈を頂き、本当にありがたい気持ちで一杯になります。
今朝は、北風が強くコートを着て通勤される方が多くおられました。
ふき続ける北風に、久しぶりに手が凍えました。
いよいよ、冬がやって来るなと言う感じがしました。
私の前を通り過ぎる皆様へ、寒くとも、心温かな一日を過ごす事が出来ますように、今日一日がどうぞ良い一日で有りますようにと、お声掛けをさせて頂きました。

通勤される皆様の日々の安心・安全・健康そして穏やかな区民生活を確り築く事が私たち議員の責務です。


2011年11月07日 美しい日本の心

 今日、夕方ですが、吉祥寺から私が住む久我山までの間、井の頭線に乗車しました。
優先席があり、4人掛けの席です。
そこに3人の方が座られており、その中に80歳ぐらいの女性が座っておられました。
小柄でかわいらしい方でした。
一つ空いた席の前に、6年生ぐらいの男の子とお母さんが立っていました。
男の子は単庫本を読んでいました。
男の子は、空いた席にお母さんが座るものと思っていたようですが、二人とも立っていました。
そのおばあさんは、本を読みながら立っている男の子が気になり、席を譲り始めました。
本を読んでいる事が気に掛かって仕方無かったようです。
席を譲られた男の子とお母さんも遠慮するのですが、おばあさんは立って席を空けました。
ニコニコしているおばあさん、その満面の笑みは、何物にも代えられない美しさがありました。
美しい日本の心、そのもののように感じました。
私は、あふれそうな涙腺を何気なく押さえ、涙をこらえました。


2011年11月05日 心、温かく

 社会情勢は厳しく、経済は相変わらず厳しく、好転の兆しを示さずにおります。
雇用の進展、工業、産業の発展が思う様に進まず、個人消費も抑えられています。
3.11以降、日本経済は大変厳しい情勢にあります。
国の借金が増えています。
国民は、家計を切り詰め、極力借金をせぬ様、工夫と努力を重ねています。
国民は、多くを望んでいる訳ではないと思う。
国民は政府や政治に頼っている訳でもない、国民は苦しい中にあっても、日々の生活を守る努力をしています。
国民の努力やがんばりに国は答えているのであろうか、国は国民はがんばるものと思っているのであろうか。
我慢するものと思っているのであろうか。
努力が報われる社会ではなくなったようだ。
地域の社会生活においても、小さな組織の中で、理不尽な行動を示すリーダーが現れ始めている、慎ましく、目的の為に一生懸命がんばる個に対して、不利益を強いる社会になりつつあるように思える。
ゆがみ始めているところがある。
社会に疲れた人を、心 温かく守る人が必要である。
温かく守れる人になりたい。














2011年11月03日 視察

 10月31日から11月2日の3日間、私が議会で所属する文教委員会の視察があり、沖縄県名護市、那覇市、沖縄市の3市を訪れました。
名護市のスポーツリハビリテーションセンター、産官学連携の学園都市の取り組みについて。
那覇市のなは教育の日、中核的生涯学習施設の取り組みについて。
沖縄市のこども科学力向上事業の取り組みについて。
以上のようなタイトルで各市所管課の説明と施設の見学を行い、現場の方々からお話を聞いて参りました。
その他に、沖縄県立博物館・美術館、ひめゆり平和祈念資料館を見学しました。

各タイトルをお示しした中で、名護市の産官学連携の学園都市の取り組みと、沖縄市のこども科学力向上事業、二つの事業は地域経済の活性化と日本の未来を背負うこどもたちへの期待を込めた、地域密接の事業です。
産官学連携の学園都市の取り組みは、沖縄の新たな産業の立ち上げと雇用の解決に向け、地域の若者が中心になり、地域主体で取り組む中で、地域の素晴らしいリーダーを輩出する結果を得ており事業の有益性を感じました。
こども科学力向上事業では、15歳以下のこどもが日本一と言われる沖縄市ならではの事業と感じました。
134,000人の市人口で、15歳以下のこどもの人口が日本一との地域です。
沖縄の暖かな風土と県民性を強く感じます。
指定管理者制度の中で行われている事業で、館長のリダーシップを大変強く感じさせられた思いです。

基地問題、経済問題、雇用と産業、道路建設等のまちづくり問題、沖縄を取り巻く情勢は、大変厳しいものがありますが、地域に素晴らしいリーダーが生まれつつある状況を各市の事業を通して感じました。

ひめゆり資料館では、戦時中の様子を写し出した写真を見るだけで、私は涙が流れ注視出来ずにおりました。

平和を祈るばかりです。
心豊かな国づくりと地域を作らねばと思い、空路沖縄を離れました。



2011年10月23日 小さなお店

 私が以前より応援している焼き菓子を製造販売する女性がいます。
女性の年齢は?歳・・・。
昨日、妻と久しぶりにお店に伺いました。
お店は、残念ながら杉並区ではありません。
都下の小さな一軒家が小さなお店に変身しました。
彼女の夢が、お店の随所に感じられます。
お菓子屋さんの店先にあるガラスのショーケース等はありません。
何十年も前に東北の小学校の図工室に設置されていた作業机に焼き菓子が置いてあります。
自分の体力に合わせて、お菓子を焼く日、販売する日とマイペースで大好きな焼き菓子の販売を続けています。
彼女は、私はこの仕事しか出来ない、これしかない、他に何も無い、精一杯、一生懸命と話します。
お菓子作りの基本を洋菓子屋さんで働きながら学び、独立、独立と言っても、お店など持てるはずも無く、小さな部屋を借り、小さなオーブンを駆使して、独自のお菓子を焼き、友人に作ってもらった箱を自転車の荷台に取り付け、その箱がお店でした。
小さな箱のお店が、小さな一軒家のお店になって4年ほどが立ちます。
次なる夢を心に、相変わらずのマイペースで日々を送る、これしか出来ないと自分に言い聞かせるように、心を込めて焼き菓子を作る彼女に勇気をもらいました。


2011年10月14日 朝の光景

 私は、朝、地元の久我山駅駅頭で朝のご挨拶を続けております。
微笑ましい光景が幾つも目に入ります。
通学する子供さんを何時も見送りに来るお母さんがおり一緒に飼い犬も来るのですが、何時までも尻尾を振り見送っている犬の姿に、地域で暮す家族の暖かさの様なものを感じます。
お子さんを駅まで見送りに来て、ジョギングに行くお母さんも何人か見かけます。
お勤めのお父さんと何時も楽しげに話をして改札口に急ぐ親子の姿もあります。
仕事に出かける親父と息子の姿、家族の頼もしさの様なものを感じます。
親子げんかか、泣きながら親御さんの後をついてくる小学生、親御さんも不機嫌な様子、しかし、次に駅頭で見かける時は仲良く手をつないでいます。
自宅から駅までの間の家族ドラマ、社会が変化をする中、家族の会話が途切れがちとよく言われますが、朝の光景に暖かさを感じております。


2011年10月10日 体育の日

 1964年・昭和39年・10月10日、第18回・東京オリンピックが開会されました。
当日の天気は晴れ、私が、小学校5年生の時です。
それから47年が過ぎた体育の日に当時を振り返ってみます。

当時、地域には活気がありました。
今にして思う事は、社会全体皆が一生懸命だったのだと思います。
豊かではないが夢が持て、がんばれば夢を実現できる社会であったのだと思います。
今日の様に派手な事は無く慎ましく、皆が、がんばった時代で在ったと思います。
我が家は、終戦後、父親が始めた燃料屋で10月の時期は繁忙期前で、炭を切る時に出る切れ端や粉炭と言われた木炭を臼に入れ粉にして、練り、野球のボール位の大きさに丸め干し、炭団を作る時期でした。
臼に原料の粉炭を入れ挽く以外の仕事は総て手作業でした。
木炭を切り、石炭を小さく割り、薪を切り細く鉈で割り20cm程の針金の輪の中に詰めたりする作業がありました。
薪炭の次世代燃料として石油ストーブやコンロ用の灯油やプロパンガスの販売が軌道に乗り始めた頃で在ったと思います。
地域の個人商店には、従業員さんが大勢いました。
配達などの効率化や機械化が進む前で、人海戦術の時代だった様に思います。
集団就職の従業員さんが地域に大勢働いておりました。
一生懸命働いてのれん分けしてもらい独立する事が夢の時代で在ったと想像するところです。
オリンピックの年以前の話しですが、以前にも書き込みをしたと思いますが、我が家に来た集団就職の方は、我が家に着いたその日のうちに何も言わずに故郷へ帰りました。
中学校を卒業したばかりの15歳の少年が何か訳を話して帰る様な器用な事が出来る訳も無く、
故郷の家族が恋しかったのだと思います。
厳しい時代でも在った様に思います。

東京オリンピックの開会式の中継は本当に衝撃を受けました。
オリンピック発祥の地ギリシャが選手団の先頭を行進する、その誇りと名誉に感激をし、テンガロンハットをかぶり行進をするアメリカ選手団に圧巻されました。
100メートルに出場したボブ・ヘイズ、黒人選手の躍動感に目を見張りました。
女子バレーボールの決勝戦、何処の家でも家中でテレビ観戦したと思います。
我が家でも、大変な騒ぎでした。

小学生ながら、私は、オリンピック競技の中継を見る中で、NHKアナウンサー鈴木文弥さんの虜になりました。
どの競技においても的確な表現で一つひとつプレーを伝える言葉使いに感銘を受けました。
後年、私自身、ハンドボール競技の選手としてNHKのスポーツ教室に出た時のアナウンサーが鈴木文弥さんで在った時は本当に嬉しく思いました。

今、社会は大変厳しい状況にあります。
スポーツを通して社会の閉塞感を打ち破る事も出来ると私は思います。
東京で2回目のオリンピックを開催する招致運動が進められる事に賛否が問われています。
1964年当時とは背景が大きく違いますが、この国の閉塞感を打ち破る為にもオリンピック招致を実現させたく思います。


2011年10月08日 杉並区第三回定例区議会終了

 10月7日、杉並区第三回定例区議会が終了しました。
この度の定例会では、平成22年度決算特別委員会が行われました。
私が所属する会派、杉並自民区政クラブでは、22年度一般会計と4つの特別会計(国民健康保険事業会計、老人保険医療会計、介護保険事業会計、後期高齢者医療事業会計)の各歳入歳出決算を認定致しました。
杉並区は22年度予算執行中の昨年7月、前山田区長の辞任により区長選挙が行われ、田中新区長が誕生、区長は就任早々よりトップダウンからボトムアップへの切り替えを区民に対し様々な機会に示す中で、多選条例の廃止、減税基金の凍結、建設起債の実施等、変化を感じざるおえない22年度後半でした。
世界的な景気の低迷、社会情勢も混迷の度を増す中で、23年度予算を議会において認定した3月11日に未曾有の危機が日本を襲いました。
国難に立ち向かう日本人の底力が示されるも、政治の不甲斐無さが目立ちました。

債務の繰上げ償還が行われる等、財政規律は守られているものの基金の取り崩しが行われ、区民税の減少も顕著に示され、区財政の展望は決して楽なものではないと考えられます。

基礎的自治体として、区民の日々の暮らしの安心安全を確り守る施策を築かなくてはならないと考えされる議会でした。



2011年09月30日 22年度決算特別委員会

 杉並区議会は、第三回定例区議会一般質問、常任委員会、特別委員会を終え、現在は、平成22年度決算特別委員会の最中です。
世界経済は厳しい状況が続き、国内の社会情勢も厳しさが増しています。
好転の兆しを望むにも中々望めない状況にあります。
我が区においても、税収等が今後落ち込む事は避けられない状況にありますが、行財政改革を進め、健全経営を維持してきた当区も、基金の取り崩しが余儀なくされ、必要な学校建て替えなどの予算は起債を行う状況にあります。
その様な中にありますが、財政規律は守られ、その水準は高いと判断するところです。
落ち着いた住宅都市、住まわれる区民の方々の生活が安定している事が示されている様に思えます。
この度の決算委員会では、やはり、区民生活の安全が第一であることから、3・11以降の放射線量についての質問が多くあげられております。
行政が行う放射線量の測定では心配な方々が多く、ホットスポットに対する不安が多くあげられております。
又、防災訓練のあり方についても質問が多く、形式的な訓練でなく実践的な訓練が出来る様にとの声があげられております。
進行中の杉並区基本構想審議会と同じく進められている区総合計画に期待が寄せられております。
3・11以降、区民は行政が打ち出す日常生活における安心安全対策に注目し、期待を寄せてい事が伝わる質問が、決算委員会で多く出されております。
防災都市杉並の構築が必要と強く感じさせられる日々です。


2011年09月25日 運動会

 昨日、私の次男家族が住む埼玉県行田市に、孫の運動会を見に行って来ました。
雲一つない空の下、運動会は行われました。
湿度も低く、日陰に入ると肌寒さを感じる位でした。
小学3年生、1年生の男の子二人が通学する桜町小学校は、校庭が広く、子供達も思う存分に走り、演技を楽しんでおりました。
勝敗の採点も全学年が三組に分かれて行われ、学年を超えたチームづくりが好印象でした。
万国旗が張られ、家族総出で運動会の応援、シートを敷いて座布団持参の家族、キャンプ用の椅子を持ち込む家族等、校庭が広いので家族ごとにオリジナルの応援席が並びます。
昼食は子供達が家族の席に来て時間を過ごします。
午前中の演技が終わった後に、進行役の先生から「お昼ご飯は、家族の方や、お友達と一緒に食べましょう。」とアナウンスがありました。
私にはそのアナウンスが心地よく聞こえました。

運動会の演技も学年を超えた協同の種目が多く、運動会の最後を飾るリレー競技も1年生から6年生まで全学年がバトンをつないでいたのが印象深く感じました。


2011年09月18日 防災公園

 昭和32年当時、都市計画決定された高井戸公園(9ヘクタール)の事業が本格的に動き始めました。
9月16日には新聞等で報道され、都民、区民の防災意識の高まりの中、好影響を与える事になると期待を致すところです。
その数日前には、練馬区にある豊島園遊園地22ヘクタールの買収に都が乗り出し、防災機能を含めた都立公園に移行するとの計画が示されたばかりです。
杉並区内では、済美山運動公園、東電下高井戸グランドの整備事業も段階的に進められて行く事になっております。
防災機能を高めた都市計画公園事業の実行の中で区民生活の安心・安全が確保出来る事は、良好な住宅都市を目指す杉並区には好影響と思います。

高井戸公園は、その地域一帯のまちづくりに関するグランドデザインも示されており、一極集中的な過密都市東京の新しいまちづくりの方法が示されて行く事になると思います。

このホームページに「熊さんの瓦版」を掲載しておりますが、その32号に放射5号線の事を記しました。
その中で私は、まちづくりには夢があります。
しかし、そこに慣れ親しみ、暮らし続けてきた方々の掛け替えのない人生そのものがそこにあり・・・と記しました。
生活環境の変化にはデリケートな面があります。
様々な配慮や細心の注意が必要になります。
地域の代弁者として議会と行政に地域の声を届けて参ります。


2011年09月17日 うさぎ

 我が家で飼っていた雑種の黒いうさぎが妻に見取られて静かに息を引き取りました。
約10年、我が家のペットとして心を和ませてくれました。
名前は、孫が意味も分からず プッチャ と名付けました。
餌を与えるのが楽しみで、我が家を訪れていた近所の子供達もおりました。
籠から出して部屋の中を飛び回るときのスピード感は中々でした。
両耳をピンとたて立ち止まった姿勢から ピョン と垂直に飛び上がる時の躍動感が私はとても好きでした。
我が家のうさぎはペットショップから購入したものでなく、野生のうさぎの血を引いており良くなついたと思っております。

最近は、腹ばいになっている時間が段々長くなり、身体を撫でてあげるとやせ始めたのが分かる様になり妻と「年を取ったな」と話しをしておりました。
私は、内心、自然に逝けばと思っておりました。

15日の午前10時頃、滅多泣き声をあげないうさぎが キィ キィ キィ と妻を呼んだのか、生んだ親を呼んだのか、慌てて妻が側に行くとその場に倒れ、5分程撫でているうちに息が止まったとの事でした。

鳴く事も無く、何時もキャベツや人参を美味しそうに一生懸命食べていました。
籠から出してあげるとホッとした様に腹ばいになり前後に足を伸ばし、長くなってリラックスしている姿に癒されました。
うさぎとの10年を振り返ると、おやじが生きている時に我が家で暮らし始めたんだな、お袋が元気な時に我が家で暮らし始めたんだな、妻が骨髄移植をして生還して来た時も我が家に居たんだな、名前を付けた孫が引っ越して行った後、寂しくてうさぎを撫でながら妻は泣いて居ました。
多分、私と妻の口喧嘩をうさぎは聞いて居たんだろうなと思う。
生活の中に溶け込んでいた身近な存在が居なくなるのは本当に寂しく思います。


2011年09月14日 手をつなぐ

 少し日時が過ぎましたが、日曜日、障害者の方達と運動会で共に時間を過ごしました。
障害者の方のエスコート役で風船割り、ボールリレー、玉いれ、パンくい競争と楽しみながら競技を続けていました。
パンくい競争は、リレー方式で手をつなぎパンを取りに行くのですが、たまたま私は、両手でお二人の方をエスコートしました。
若い元気な男性と初老の男性でした、お二人ともがんばってパンを口にする事が出来ましたが、お年寄りの方がパンを落としてしまい、困った顔をしておりましたので、私は他のところのパンを付け替え再度挑戦し成功、初老の男性の方は役割を果たした顔つきでした。
パンを取る事に責任を感じておられた様で、私もホットしました。
そして、お二人の腰に手を当て次の挑戦者にタッチをしにスタートラインに戻ろうとした時に
初老の男性に、戻る時も手をつながねばと促されました。
ルールを最後まで守ろうとの事であったと思います。
毅然とした行動に頭の下がる思いでした。
私は、はっとしてお二人の間に入り手をつなぎスタートラインに戻り、次の人達にタッチをしました。
初老の男性の方は、手話をされる方で、自らの態度で、手話の出来ない私にルールを守ろうと
諭してくれました。
感謝、素晴らしきかな人生。


2011年09月10日 第三回定例区議会

 9月7日より、第三回定例区議会が始まりました。
本会議場で一般質問が9月13日まで行わ、その後、常任委員会、特別委員会が行われます。
今回の定例会は、22年度決算特別委員会が行われます。
図らずも今年度、私は議会選任の監査役についており、一般質問、常任委員会、決算委員会等で質問を行う事が出来ず、地域の声を直接届ける事が出来ず心苦しく思っております。
しかし、監査を通して予算執行に関わる知識を得る事が出来、今後の議会活動に役立てて参る所存です。
3月11日の大震災以後、首都直下型地震に対しての防災意識は一層の高まりを示し、この度の一般質問においても、防災を意識した質問が多数行われております。
子供を区内の保育所等に預け区外に働きに出る保護者が容易に安否確認を行える様にとの質問、
震災時の水の確保、障害を持つ方や一人暮らしのお年寄りの避難、帰宅困難者への区の配慮等、
未曾有の震災被害を経験し、国難を乗り越え様とする国民意識の中で議論が深まっていると感じる区議会です。
学校給食等に使用される食材の放射線量計測や産地の公表等について区の前向きな答弁が行われていると認識しております。
只し、放射線に関しては、これで良いとの、100パーセントの答えを出す事が出来ないもどかしさがあるのは事実です。


2011年09月06日 マラソン

 陸上ワールドカップ、マラソン競技に出場した川内選手、公務員ランナーとしてマスコミ等で紹介され、人気を得ております。
今年2月に行われた東京マラソンで三位ながら2時間8分台の好タイムを記録し、この度の陸上ワールドカップに出場しました。
川内選手は、レース前のマスコミインタビューで 「ぶっ倒れるまで走ります。」と答えています。
又、「レースでは目標の選手に小判ざめの様についてゆきます。」 と貪欲な答え方もしております。
ガラスの様な繊細な脚、精密な機会の様にペースを守って走るマラソンランナーが多い日本選手の中では異色な存在に思えます。
気合が先行し、トップに食らいついて行く強気な勝負心、黙々と一人で走りこむアマチア選手の
心意気が感じられます。
ぶっ倒れるまで走る、言い訳不要の走りをとの思いなのかと、斟酌致すところです。
敗れて悔い無し、気持ちの良い選手です。
その走りぷりに、その時、その時が最高の人生と見えます。


2011年09月03日 また、一つひとつ・・・

 前々回から前回そして今回、間が空きました。
色々考えておりました、こんな時もあるんだなと、自分自身の事を思い考える貴重な時間であった様に思えます。
パソコンの前に座り、文字を打ち込んでは消す事が幾度か有りました。
議会選任の監査として責務を果たす中で、区民の方々に伝えたい事が浮かびますが、もし間違えが在ってはいけないとの思いが頭の中をよぎる日がありました。
議会選任の折に、この人で監査は大丈夫なのかとの酷評を頂く中で、責任を強く感じ、区議会議員としての責務を確り果たしたいとの思いが日ごと強くなる中で、改めて自分自身の議員活動の信条や理念を再確認、再構築をしなければならないと強く思う中で日が過ぎました。
貴重な時間を議会を通して頂いたと思います。

今此処に、総ての思いを打ち込む事は出来ませんが、又、一つひとつ積み重ねて参ります。
今、社会全体の呼吸が荒くなり、ペースが乱れている、足腰を鍛え直す暇は無いと思う、八分の力で肩の力を抜いて正しい姿勢で歩ける様に社会全体の深呼吸がどうしても必要に思える。


2011年08月05日 地域、議会、行政

 熊さんの一言、大分、間が空きました。
前回は、なでしこジャパン、ワールドカップ優勝について私なりの思いを述べました。
この間も、国政は揺らぎ、国民が益々政治から離れて行く様に思えてなりません。
国民が政治に無関心になり、自己中心的な社会になっては大変です。
国民は何も、自己中心的な社会を求めている訳など無く、政権与党がリダーシップを失い、国民から乖離し、野党との論争、論争ならまだしも、中途半端な政策を示し国会が空回りし、与野党共に国民に指示を取り付けられない日々が続いております。

先日行われた埼玉県知事選挙の投票率は24パーセント台でした。
当選した知事に絶対的な指示があり、選挙に行く必要が無いとの事ではなく、有権者がそっぽを向いてしまった様に思えます。

今、社会に求められている地域の輪や絆は、地方議会が本気になって、下から上へ突き上げる様な、強いメッセージを発信する事が必要と思います。
地方議会と地方行政の本気度を確り示す事が大切と思うのです。
明日に、夢や希望を持てない社会にならない様にしなくてはならないと気持ちを今一度締め直したいと強く思います。





2011年07月18日 笑顔

 サッカー女子ワールドカップで日本が世界一になりました。
報道される選手達の笑顔がとても爽やかです。
気持ちの良い勝利です。
サッカーと言うスポーツを通して、様々な環境の中で生きる世界中の人々が勇気を得る事が出来た様に思います。
日本の勝利を世界中の人々が素直に喜び称えてくれる事と思います。
私は若い頃、ハンドボール競技に夢中でした。
現在日本の世界ランキングはあまり高くありませんが、かつて、世界選手権に出場した日本女子チームの正確なパスワークと運動量に世界は日本チームを 東洋の蜜蜂 と賞賛しました。
東洋の魔女と称された大松監督率いる世界屈指の女子バレーボールチームがありました。
東洋の蜜蜂と称され果敢に世界に挑戦した女子ハンドボールチームもありました。
この度の女子サッカー世界チャンピョンチームは、強さを内に秘めた好感度世界一、本当に良いチームと思います。
爽やかで、喜びに満ちた笑顔と目の輝き、美しいチームに感謝。


2011年07月08日 同窓会

 区議会に議席を頂き、5年目に入りました。
地域の様々な会合に出席させて頂く事が多くなりました。
中学校の同窓の方々に多く出会う様になりました。
出会いが増えたと言うより、地域の方々と顔を合わせる機会が増える中で慣れ親しみ、地域の話しを親しくする中でお互いの年齢の話しが始まり、小学校は何処、中学校は何処、じゃあ何年卒業、誰々先生知っている、誰々と同級生だね、誰々先生怖かったな、会話が弾みます。
地域で暮らし続ける中で、先輩後輩の違いはあっても地元の公立校を出たそこはかとない安心感の中での会話に心が打ち解ける思いを致します。

今、公教育において地域の関わりが大変大きくなっています。
地域が学校をつくる一面があります。
その様な中で、昔から学校を支える役目にあった同窓会の三文字が消えかかっている様に思える時があります。
同窓会、同期会、クラス会とありますが、在校生や地域に同窓会と言う三文字が役立つ仕事があると思うのです。
中学校の同窓会役員の一人として、活動を広げて行きたいと願う昨今です。


2011年07月02日 副首都

 大阪の橋下知事と東京の石原知事が面会し、日本の副首都大阪の話しが持ち上がりました。
大阪へ首都機能の移転等を行う具体的な話しは別にして、日本の副首都構想は必要と気付かされました。
大阪は確かに日本第二の都市ですが、イコール日本の副首都との考え方が正しいとは言えない様にも思えます。
地方自治体組織に副首都構想は必要かも知れません。
副首都も一都市で良いのか、様々なバックアップが必要になり複数の副首都が必要かも知れません。
日本の活性化に副首都が必要に思えます。


2011年06月29日 定例議会終了

 4月に行われました統一地方選挙後初の定例議会が28日に終了しました。
改選後、新議会の役員人事等が行われ臨んだ議会は、3月11日の東日本震災に関連した一般質問が圧倒的に多い中、始まりました。
区防災計画の見直しに触れる中、終息を望む放射線量の問題が、日増しに深刻化している状況に対し区民の苛立ちの声が届けられました。
既存の原子力発電所の安全確認、安全確保を確り行う事を臨みます。

昨日、最終日に副区長、教育長、常勤監査の人事案件が諮られ、松沼副区長、井出教育長の再任と、小林英雄常勤監査が新たに選ばれました。
この度の人事が決まり、基本構想審議会も順調に進められ、田中区政もいよいよ本格的に始動した様に思います。

改選後、初の議会が終わり私たち議員も所属委員会等が決まり本格的な議会活動がスタートした感があります。
地域の日々の暮らしの安心、安全を築き、地域の声が反映される区政を目指して参ります。


2011年06月20日 防災無線

 新生議会の日程が順調に進んでいます。
此のたびの定例議会は東日本震災後、初の議会に当り、一般質問において震災関連の質問が多く出され、区の今後の防災対応について区長を初め理事者よりきめ細かな答弁が行われております。
以前より、私は聞こえにくい防災無線について委員会等で質問を重ね、地域の声を届けて参りました。
電光掲示板や音声のやり取り等も含めた高規格の防災掲示板を求めて参った中で、此のたびの議会中の答弁の中に、聞こえにくい防災無線の対応として、聞き取る事が出来なかった内容について、電話回線を利用し再度内容を聞き直す事が出来るようにするとの事です。
行政の対応が一歩進んだと理解をしております。
只、防災無線は差し迫った場合に情報を伝える手段なので、電話回線の利用が何処まで生かされるのか心配もあります。
行政には更なる安全・安心を追求してもらうよう望むところです。


2011年06月13日 定例議会

 本日から、杉並区第二回定例区議会が始まり、一般質問が行われます。
此のたびの一般質問は、東日本震災に関連した区防災計画に関する質問が多く出される事と思われます。
放射線測定等、原発に関する区民の心配が大きくなっておりますので、区長の答弁がどのように行われるのか確りと質疑の内容を見て参ります。

先に、「熊さんの瓦版」でお知らせ致しましたように、私は議会の同意を頂き区監査委員に就任いたしましたので、任期中は一般質問を初め所属する委員会等での質問が制約され、地域の声を議会と行政に届け難い状況にありますが、監査委員会において地域の声を反映する事が出来るよう頑張る所存でおります。


2011年06月08日 放射線

 地震と津波の被害を受けた福島原子力発電所の放射線被害は、日が立つにつれ被害状況は、適切な表現とは言えませんが、日替わりメニューのように内容が訂正されています。
そして、良い方向へ数値が変わる事はありません。
3ヶ月が過ぎ、原子力発電所現場の検証が進むたびに深刻な状況が伝えられております。
被害の終息は先送りされております。
発電所の閉鎖が最終手段であると思いますが、原子炉自体の封鎖が出来るのであろうか、総てが仮定の段階であり、被災者の方達の苛立ちは私たちの想像を超えるものと思います。
杉並区においても、子育て中の家族の方々から放射線量の対策強化の声が日毎に大きくなっております。
放射線の測定だけではなく、学校給食の食材の仕入れ、校庭や公園の表土問題、屋外プールの問題等の疑問が行政に投げ掛けられております。
校庭の表土対策も、当初より被災地の自治体独自の判断で進められました。
原発対応の遅れや情報の混乱が続き、信頼を寄せるところがなくなり、子供達の将来に禍根を作りたくないとの親御さん達の思いが爆発しかけているように思えます。
では、信頼できる情報提供を何処に求めれば良いのかと言う事になりますが、現状の政府は総理の辞任問題が解決出来ず、復興支援法も可決されません。
大連立などと新聞紙上は活字が大きくなっておりますが、国民の思いとは離れているように思えます。
そのような中で、地方自治体は行政ごとに精一杯の努力をしていると私は思います。
杉並区においても行政の範囲内での放射線測定等の取り組みを初めております。
しかし、政府は測定値の危険範囲や数値をはっきり示す事をせず対応策も正式に示されません。

今、全国の自治体は東日本復興の為に様々な努力を重ねており、状況は厳しい中にありますが、私は総選挙が必要と思います。
私たちの国が地に足付け確りと出直しを図る時と思います。
国民は、国難の時と若い人達からお年寄りまで皆が頑張っています。
その思いがちゃんと伝わる政治、国民が望む政治体制が必要と思います。


2011年06月04日 最後の最後まで

 6月1日・2日の両日、再び東日本地震の被災地を訪れました。
雨粒に濡れる車窓から被災地を見て思った事は、懸命に復興作業が進められているにも関わらず、被災現場が余りにも広範囲に及んでいる為、作業の進み具合に変化を見出せないのです。
確かに被災現場のがれきの山も少なくなっています。
半壊した家々も取り壊され整地されています。
津波に流され動かしようのなかった自動車もあらかた片付けられました。
がゆえに、被災地は焼け野原のようになり、被災現場の広さだけが異様な広がりを感じさせるようになりました。
復興が終わるまで、その期間は定かではありません。
決して短い期間でない事は確かです。
時を重ねる中で、その時その時に自分に出来る事を正直に行うようにし、決してあきらめずに、復興の終わる日を私自身も迎えたいと思います。


2011年05月29日 希望

 本日、私は三箇所のバザーに行きました。
私が暮らす久我山のゆうゆう館、久我山にある通所作業所希望の家、浜田山柏の宮公園の三箇所で行われたバザーです。
東日本震災の募金活動が行われ、雨の降る中どの会場にも多くの方々がお見えになっておりました。
被災地の方々のことを考えれば、雨のことは気にならない、被災者の方々への気持ちが伺えるバザー会場の様子に、私自身も自分に出来る事を積み重ねて行かねばと改めて思いを強く致しました。
惨憺たる被災地の復興が済むその時まで気持ちを持ち続けて行かねばならないと思います。
「わすれない」「夜明け前が一番暗い」「明けない夜はない」本日購入したチャリティТシャツの説明書に書き込まれていました。
明日は新生議会最初の臨時議会です。
地域の皆様に再び区議会にお送り頂いたお心に確りお答え出来るよう議会活動に邁進して参ります。


2011年05月21日 タイムマシン

 私は若い頃、競技スポーツの世界におりました。
日の丸を胸に付け、世界に挑戦したいとの思いを強く持っておりました。
中学、高校、大学、社会人生活の15年間、ハンドボール競技に熱中し、ガムシャラに前へ前への一点張りの人生を送った思いです。
今も、心の奥底にハンドボールに夢中になった思いは生き続けていると言えます。
もうとっくに身体は言う事を聞きませんし、100メートルの全力疾走すら膝を壊して出来ない状態です。
でも心の奥底で夢が広がり、エース大熊を画くのです。
決して結果を出したスポーツ人生ではありません、思いでは多くの失敗です。
人生を振り返る時、その失敗が今の自分をつくてくれたと思うのです。

昨日、後輩のプロハンドボラーと思い出話に花が咲きました。
中川善雄さん37歳、プロスポーツ選手のセカンドキャリアを築く為のNPO活動とその選手達の人材バンク会社を立ち上げ青少年スポーツの普及とハンドボールの普及の為、精力的に活動を展開している人物です。
私と中川さんとの年齢差は21歳あり、中川さんが憧れた指導者や先輩達の現役時代が私の現役時代と重なる人が多く、お互いの思い出話に夢中になり、お互いに共通の人名が上がる度に、中川さんは私の話しに引き込まれてしまい。
映画バックツー・ザ・フューチャーばりにタイムマシンに乗り時代をさかのぼりたいと夢を膨らませ熱い思いを語る姿に接し、スポーツを愛する人間の一人として活動が充実するよう祈る思いです。


2011年05月17日 燕

 5月14日に、一年前の今頃と書き込みました。
三社祭と燕の事を書き込んだと記しました。
昨日の朝、久我山駅頭で地域の皆様に朝のごあいさつをしている時に、燕が飛び交うのです。
燕の素早さに目を奪われていると、駅の改札に向かう大勢の皆さんも、燕の飛ぶ姿に見入っていました。
燕のさえずりも心を和ませます。
ほっとする一時です。


2011年05月14日 一年前の今頃

 熊さんの一言、昨年の今頃、浅草三社祭と燕の飛来を書き込んでおりました。
三社祭や神田祭が今年は自粛されました。
東日本大地震の一日も早い復興に向け社会全体が協力する気持ちの表れと思います。
本日の朝刊一面に、保育中の子どもの死者がゼロと報道されました。
大地震発生直後、保育園の職員や保母さんたちの懸命な行動で、迫る津波を背に、小さな子どもを背負い、子どもの手を引き、大きな子どもたちは互いに手をつなぎ、小高い避難場所に無我夢中で非難し、更に迫る津波を危惧し更に高い場所へ斜面を這うように逃げたとの記事に目頭が熱くなりました。
保母さんや職員の方々の子どもを守らなければならないとの強い気持ちの表れと、子ども達を守るために実施した日頃の避難訓練が齎した結果と思うところです。
しかし、日頃の訓練通り校庭に集合していた子ども達を津波が襲い、尊い命を奪ってしまった事実もあります。
悔しい思いです。
総ての場所を見ている訳ではありませんが、被災地に行き津波の爪あとと津波が残した残土の粉塵の中に立ち、自分に出来る事は何かと問うた時の自縛から抜け出せずにいる自分がいるように思う時があります。


2011年05月08日 ゴールデンウィーク終了

 皆様のお蔭で、区議会選挙を無事終える事が出来ました。
此の連休中は事務所の後片付け、選挙管理委員会へ提出する収支報告書づくり、選挙中お手伝いを頂いた方々への御挨拶と御礼の書状づくり、会派の人事等を行って参りました。
本日でゴールデンウィークも終わり明日より平常の区議会議員活動を新たな気持ちでスタートします。
選挙中に訴えた、杉並区防災計画の見直しの声を議会と行政に届けるべく、準備を始めます。
東日本大震災被災地の復興を念頭におき、議会活動に力を注いで参ります。

連休最終日の今日は母の日、午後から母が入所している都下の介護施設に、妻と行って参りました。
選挙がありましたので、久しぶりの面会でした。
天気も良く、施設の周囲の雑木林と畑の麦が青々し、心和む一時を過ごして参りました。
帰路途中に沈みかけた夕日を眺め、ほっとした気持ちを味わった様に思います。


2011年04月25日 感謝

 杉並区議会議員選挙が終了しました。
感謝の一言です。
これからも、一つひとつ地域の声を区政に届けて参ります。
地域の声が反映される杉並区政を目指して参ります。
何卒、宜しくお願い申し上げます。


2011年04月04日 被災地

 4月2日(土)午後11時に仙台に車で向かいました。
東北道の仙台南インターで降り、仙台市内から仙塩街道を多賀城・塩釜・松島まで進み、各市内を見て参りました。
早朝の4時過ぎに仙台市内に向かう一般道に入り初めに目に入ったのは、ガソリンスタンドに並ぶ車の列でした。
車の中で寝て順番待ちをしておりました。
私は、東北道のサービスエリアのガソリンスタンドを利用しましたが、一台3,000円までに制約されておりました。

多賀城市内では、地震の直後に津波が川を上り堤防が破壊されまち中に水が流れ込み、そこに海岸から押し寄せた津波がぶつかり渦巻きが出来、一気に水かさが増したと聞きました。

震災後3週間が過ぎ、土砂が乾き始め風に舞って視界をさえぎる時がありました。
海水・土砂・下水道が混ざり独特の臭気が漂う地域もありました。

津波が引いた後、くぼ地に水が溜まっているところがあり衛生面で心配が残ります。
水道管の破裂と思われる箇所では、路面が冠水し通行を妨げ、倒壊した建物の中まで水が入り、そこに住む方々も片付けが進まない様子でした。

港の倉庫街では倉庫に津波の海水が流れ込んでおり、農薬や肥料を積み上げた倉庫の扉が破壊され中が見えましたが、水に溶けた農薬が気にかかりました。

松島湾の入り江は、何事も無かった様に静かでした。
入り江の奥にはゴミが流されておりましたが、震災後3週間が過ぎているので、地元の方々が回収されていると思われました。
松島湾を回る遊覧船の港や観光客を向かい入れるお土産やさんの店先は土砂や使えなくなった陳列棚などが土砂に汚れ店前の路上に出されておりました。
日本三大名所の賑わいに戻る事を祈ってまいりました。

仙台市内や多賀城市では、津波で流された自動車がまだまだ道路の両脇に残されており、考えにくい状況で車が置かれています。
14キロリットルのガソリンを輸送するローリーのタンクが街路樹にまるでもたれ掛かるように立っていたりする様子に想像を超えた津波の力を感じました。

朝6時頃に多賀城市内の避難所を開設している小学校を見ると、ボランティアと見られる方が外にある仮設トイレを掃除されておりました。
中々出来ない事を丁寧にそうじされる姿には、感謝の気持ちでいっぱいでした。

帰路に目にした、水没した田んぼや畑を見た時には愕然としました。
水没した畑や田んぼの面積があまりにも広いと感じました。
何故、田んぼの真ん中に船と車があるのか、巨大地震の後と言えども考え込んでしまいます。
農家の方々が丹精込めた田んぼや畑を取り戻すのに掛かる労力は、今までの何倍も掛かる事になると思われます。
何とか頑張って、美しい緑を取り戻して頂きたいと思います。
私自身に出来る事を探さなくてはならないと強く感じました。

本当に大勢の方達が復興に関わっております。
日本中が頑張って、国民一人ひとりが、今、自分に何が出来るか考え、小さなひとつひとつを積み上げる事が大切と思うところです。

今回、被災地に足を運び、見聞きした事は「熊さんの瓦版」にも書き込みをしてまいります。


2011年03月29日 笑顔

 此のたびの大地震による被害が日を増すごとに、深刻化しております。
懸命の努力が重ねられているのに、大地震の爪あとは深く、社会生活に立ちはだかり影響を与えています。
私自身は、今の自分に何が出来るのかと自問自答を繰り返す中で、募金等の活動には参加をしておりますが、自らが動き、被災地の為に汗をかかなくてはと思いが募る中で身動きが出来ずにおります。

今朝の朝刊の一面に、自衛隊が設営したお風呂に被災地の子ども達が入浴している写真が掲載されていました。
被災地の事を考え気が重くなっていた私は、子ども達の安堵の顔に救われた思いです。

被災地の復興には、時間がかかります。
巨額な復興資金も必要になります。
この国難を乗り越える為の努力を国民の一人として、改めて問うて参る所存です。




2011年03月21日 募金

 3月11日の大地震から10日が過ぎました。
昨日は、奇跡的に80歳のおばあさんとお孫さんが倒壊した家屋の中から救助されました。
今朝の新聞に掲載された写真に、救助隊員がおばあさんの手を握り締め救助する場面が掲載されており、その写真を見て私は涙がこぼれました。
おばあさんを気遣い頑張ったお孫さんの行動も立派と思います。
ゆっくり休んでもらいたいと思います。
少年の父親が、自分の家だけこんなに幸せで良いのかと言われておりました。
謙虚な言葉と思います。
大地震は多くの方々の命を奪い、まだ不明の方も沢山おられます。
再会出来ぬ家族もまだ沢山おられます。
自然の猛威は容赦なく人間社会を襲ってきます。
人間の英知と、人間社会のチームワークで戦うしかありません。
原子力発電は人間の英知と思います。
原子力は、使い方を誤れば此の地球が消滅する力を持っていると思います。
地震と津波の力に、発電所は想像を超える被害を齎されました。
人災と一言では片付けられない、自然の力を軽視した訳でもなく、当初の検討を越えた自然の脅威に屈してしまった結果に、今、又、人間の英知が戦っていると思います。

此のたびの大地震の後、私は国民の一人ひとりが、自分に出来る事、協力出来る事を積み上げる事と思っております。
国民一人ひとりが国の復興に関わる事が大切と思っております。
私が所属する自民党・東京都連も杉並区の主要駅で街頭募金活動を行っております。
私も参加をしております。
街行く方が、「少しだけど、これで良いかな、宜しく。」と募金箱に義捐金を入れ立ち去ってゆきます。
本当にありがたく思います。
皆で出来る事を少しずつとの思いの大切さを痛感します。
高齢の方で、「これしか出せないけど」と遠慮がちに確かめられる方がおりました。
返す言葉もなく、頭を下げこぼれる涙を我慢する時もあります。




2011年03月18日 卒業式

 本日、私が卒業した区立富士見丘中学校の卒業式・卒業証書授与式に出席させていただきました。
東日本の震災後である為、紅白幕の使用をやめるなど配慮が示されました。
卒業生は、現状を素直に受け入れ落ち着いた式でした。
卒業生、在校生が互いにコーラスで自分達の思いを伝え、私が卒業した当時とを比べると、社会の変化が表れていると思いました。
私は、60歳に近いおじさん、そのおじさんの一言、「君達、皆、格好よすぎる!」です。
とにかく、伸びのびしていると思いました。
卒業生の言葉に、親御さんに対して、僕達を愛してくれて有り難うとの言葉がありました。
社会の変化の中で、家族のあり方が良い方向に進んでいると感じました。
今、国は正に国難の時を迎えております、
若い力、15歳の若い力に励まされました。
感謝。


2011年03月16日 国難

 震災被害の厳しい現状をテレビニュースが連日伝えております。
余震も続き、被災地以外でも地震が続発しております。
被災地の、あまりにも厳しい状況に、嘘であって欲しいとの気持ちになります。
原子力発電所の炉心を囲む建てやの爆発があり、緊張が高まっております。
地震、津波、原子力の被害の爪あとは想像を絶するものばかりです。
日が増すごとに、被害が大きくなって行きます。
国民の一人ひとりが出来る事を、どんなに小さな事であっても、出来る事を、国民皆が被災地の為に尽くさなくてはならないと思うところです。
日々の暮らしの中で、節電や節水を積み重ねなくてはならないと思うのです。
計画停電、聞きなれない電力の節約が始まりましたが、計画停電については、地域に対して行政の周知が必要と思います。
停電システムの説明が不十分で、在宅医療の方、高齢者の方たちに不安が広がっています。
地域の不安の声を行政に届けたところです。
町会、自治会の緊急回覧を実施してもらえば、安心して頂ける方が増えます。

自然の猛威とあまりにも甚大な被害に圧倒される事無く、人間の英知と人間社会のチームワークを駆使して災害復興に当らなくてはならないと思うところです。

海外でプレーするサッカーの長友選手が、ゲーム終了後に日章旗に「どんなに離れていても心は一つ。」とのメッセージを書き両腕を広げて持つ写真が日本に送られて来た。
此のたびの震災被害者への熱いメッセージです。
この様な事は、スポーツの世界が唯一持つクリーンパワーと私は理解をしております。
頑張れ日本、絶対に乗り越える事が出来る。









2011年03月13日 あまりにも惨い。

 3月11日、金曜日、午後、杉並区議会は最終日を迎えておりました。
議会中の休憩に入り、私が所属する会派で会派会議を開いている最中に地震の横揺れが始まり、揺れの周期が段々大きくなり始め、揺れは本当に長く大きく感じました。
区役所内の照明が消え、非常灯が点くまでしばらく時間が掛かり気をもみました。
立ってはいられましたが、しゃがんで揺れが収まるのをまっておりましたが、揺れの周期が一層長くなり、年配の女性が揺れに我慢できず気分が悪くなり、警備員の方達に両脇を支えられ避難されておりました。
東日本各地のまちが、巨大な地震エネルギーと津波に呑みこまれて仕舞いました。
私の妻の兄家族も被災し、家族バラバラで避難所におり、家族の再会が出来ないとの事です。
又、自分の家がどうなってしまったのか確認の取り様がないとのメールが一度届き、後は連絡が取れません。
此の度の災害で、携帯電話回線が被災後すぐパンクして仕舞いました。
最先端の機能が様々含まれていながら仕組みが生かされておりません。
公衆電話と固定回線が役に立っているのが現状です。
又、地域では防災無線のサイレンが聞こえたが何を伝えるサイレン音なのか地域の方々には分からなかったとの事、私が議会で求めている、高機能防災掲示板が役立つと思うところです。
電光掲示、音声、画像等で情報をつたえ、尚且つ、AEDや救急セット等を装備する防災掲示板が地域に必要と考えるところです。
しかし、此のたびの巨大地震も地球の長い歴史の中ではほんの僅かな変化でしかないと理解をしなくてはならないのが悔しく思うところです。
復興の為に、自分は何が出来るか確り考え行動をして参りたく思います。



















2011年02月27日 東京マラソン

 今日は、日本で最大と言われる市民マラソン、東京マラソンが行われました。
私も見学に行きました。
地域のチアダンスチームが沿道で演技をすることもあり、西神田界隈のレースと応援のチアダンスを見学して来ました。
天気も良く最高のコンディションであったと思います。
3万人のランナーの列が通りすぎるのに大変な時間が要します。
市民ランナーは様々な目的で走っている様子、ランニングパフォーマンスショーとでも言えそうな雰囲気もあり楽しんでいるとの思いが伝わってきました。
見学に行ったチアダンスの曲にランニングを中止し、携帯カメラで写真を撮るランナーもいました。
マラソン大会を祭りにしてしまう、物凄いエネルギーを感じました。
肝心のレースは、今年の世界陸上の切符が掛かっており、強化選手の多い実業団チームの選手を抑えて、一般の市民ランナーが優勝し、世界陸上の切符を手に入れたとの事、大会に相応しい選手の優勝と思います。
今、社会は混沌とした日々が続き、酸素欠乏状態にあります。
スポーツを通して、地域をそして社会全体を変える様な活動が必要です。
今、社会を変える、唯一のクリーンパワーはスポーツであると思います。
スポーツを通して学ぶ人間学、社会学が必要です。
それらを学ぶ事が出来る活動を目指してまいります。
日々挑戦。



2011年02月13日 平成23年、第一回定例区議会

 2月12日、土曜日から第一回定例区議会が始まりました。
土曜議会初日は、区長から23年度予算編成方針が示されました。
良の高い住宅都市杉並、福祉都市杉並を目指し、福祉・医療 教育 まちづくり の3点に区長は力を入れて行きたいと発言しております。
区長が召集した、基本構想審議会が出す中期計画と併せ、田中区政における新しい杉並の形が示されて行くように思えます。

国政が揺らぐ中で、社会情勢も混沌としてきております。
日々の暮らしを守るのは、地方議会と地方行政であると思います。
地域の暮らしの安心、安全を築き守る事が第一、今月末から、予算特別委員会が始まります。
地域の声を確り届けて参ります。


2011年02月06日 力を合わせて。

 今日、私は区内のパーキンソン病の方々が組織する会の新年会に参加しました。
立春を過ぎてから、病気を抱える方々には、少しでも暖かくなってからとの事でしょうか。
司会の方が、一人で病気の事を考え出すときりがない、皆で明るく楽しく生きて行きたいと話されておりました。
会員の方達も「皆で力を合わせて。」が合言葉のようです。
日々の生活で病気に負けず、前向きに明るくとの事です。
皆さん、どん底から這い上がった経験がそうさせているのだと思います。
お互いに、同じ病気を通して苦しさを理解し合い、お互いが生きる目標となっているように思えます。
私の妻は、白血病の一種である骨髄異型性症候群になり、治療の為、骨髄移植を行いました。
ドナーにめぐり合うまでの連日の輸血、見ず知らずの多くの方々に支えられて今を生きています。
ドナーの方に命を分けてもらい今日があります。
人生の不思議さ、人の生きる力の凄さを妻の傍らで見て参りました。
共に、同じ苦しみや病気を克服して生きて行く人達が互いを支え合う気持ちには、そこはかとない安心感があります。
元気に過ごす事が出来る人が大切な事を忘れているのかもしれません。
地域に、そこはかとない安心と安全が必要です
地域で暮らす、私たち一人ひとりの小さな掛け声「おはようございます」「今日は」「今晩は」の一言が、混迷の度を増す社会の霧を晴らす源になると思うのです。
素晴らしきかな人生、日々挑戦。



2011年01月30日 幸せな成人式

 今日、私は区内にあるNPO法人が運営する、障害を持つ方々の作業所の成人式にお招きを頂き、式に出席を致しました。
その作業所で成人を向かえた方は女性の方が一人でした。
小柄でとても可愛いい方で、その方のお母さんが成人式の時に着用した和服を、今日は娘さんが使用しておりました。
式に出席している作業所の仲間の皆さんもおしゃれをして、男性は皆さんスーツにネクタイ姿で会場は華やいでおりました。
お母さんのご挨拶があり、生まれてすぐにダウン症と知った時の心の置き所のなさ、胸の内を語られ、その子共が二十歳になる事を想像出来なかったと、感無量に話さておりました。
成人を迎えた女性には、二人の弟さんがおられ、暖かい家族が想像されるお話しでした。
お父さん、お母さんご苦労様でした。
今年、成人式を迎えた方は124万人、今日の成人式は124万人の中で一番幸せな成人式であったのではないかと思います。
素晴らしきかな人生、日々人生に感謝、地に足付け頑張る人が沢山いる、その様な中で、今、社会で襟を正し、本気で頑張らなくてはならないのは国政を司る政治家である。
私は、地方議会の区議会議員、自分自身を軽率に政治家と言いたくないし、そう思いたくない、社会、地域の責任年代、地域のご信任を頂いた地域の代弁者として、行政と公正に対峙し、地域の暮らしの安心・安全を築いて行く事を心掛け、日々挑戦の思いを大切にして参ります。


2011年01月21日 駅頭活動

 厳しい冷え込みが続いております。
日々挑戦の思いを胸に駅頭の活動を続けてさせて頂いております。
今年は手袋を使用する日が増えました。
以前は、コートを着ずに冬を過ごしましたが、昨年暮れから年頭に掛けて冷え込みが厳しくなり、コートと手袋を使用しております。
朝、駅頭を行き交う方々に「おはようございます。」と声を掛ける時にコートと手袋姿では失礼と思いながらも、此のところの冷え込みは厳しく失礼をしております。

先日、「あなたは、政策を話さないの?」と尋ねられ、私は、一人の方におはようございますと声を掛けると、他の方にも掛けないと失礼と思い挨拶意外の話しが出来なくなってしまいます。
と答えると、少し首を傾げた後に「分かりました。」と言いその方は立ち去りました。

以前も同様の事を皆様にお伝えしましたが、私は不器用なんです。
私の前を行き交う方々は不思議に思っておられると思います。
でも、私は行き交う方々の中から、私に向かい会釈をして通り過ぎて行く方々が増え、失礼があってはならないとの思いが強くなり、お一人おひとりの方に声を掛け、今日も元気でよい日でありますようにと地域から送り出す思いになるのです。

久我山に生まれ、育ち、暮らし続けてきた人間の思いかもしれません。
駅頭で元気を頂いております。
地域に感謝。


2011年01月15日 タイガーマスク

 前回、「熊さんの一言」に書き込みました、児童養護施設へのランドセル等の寄贈が全国的に広がり、草の根から国民運動的な広がりになって行くように思えます。
寄贈を受けた施設の方々の中から、社会に対して出来れば今回のような寄贈を続けてもらえれば助かるとの発言があったとの事、今回の出来事に対し、政権与党のトップが「ありがたい」との発言をしておりますが、混迷の度を増す国政が社会に不安と憤りを感じさせている中で、国民の一人が正義の下に行った行為に「ありがたい」ではなく、国政に関わる政治家が襟を正す旨の発言が必要ではないかと思うのです。
私の思いは片寄ったものなのでしょうか。
先日、NHKのニュースで施設に鉛筆を寄贈した方の声と後姿が映されました。
その方は、「ランドセルは高価なので、自分は鉛筆なら送る事が出来たので送りました。」との事です。
世の中、廃れたとの発言がある中で、草の根の心の強さと正義を感じざるおえません。


2011年01月12日 ランドセル

 タイガーマスクなどの名前を使って児童養護施設にランドセルを届ける人が増えています。
失礼な言い方になってしまいますが、今まで余り日の当らないところに日が差し込んできたように思えます。
行政が施設に入所している新入生のランドセルについては手立てを講じて来た事と思いますが、地域や社会が暖かな気持ちを込めて届けたランドセル、施設で子供達の面倒を見る職員、そして子供達にも励みになる事と思います。
限られた社会現象で終わらずに、広く社会が施設のあり方を理解し、今後も社会全体が施設や子供達に暖かく触れ合っていける社会でなくてはならないと思います。

今、地域や社会は、一向に方向性が定まらない国政を憂いながらも見守る中で、地に足付け日々頑張っています。
タイガーマスクのランドセル寄贈は、国政そして私たち地方政治に関わるものが、この現象を深く掘り下げ、真剣に考えなくてはならないと思うのです。
社会は、より良い方向を求め進もうとしておりますが、此のたびのタイガーマスクのランドセル寄贈は、社会全体に襟を正せと忠告をしているように思えてなりません。
一人の人の行動に何人もの人が共鳴している事に、事の重大性があると思うのです。


2011年01月08日 カラオケ

 昨日、新年会に出席した折に、田中区長のカラオケを聞く事が出来ました。
実は、私もゲストの一人として「北国の春」を歌いました。
同様にゲストとして参加していた所管の部課長は、「冬のリビエラ」「上を向いて歩こう」と続きました。
新年会に参加している人達の平均年齢が伺えるところです。
さて、区長の出番になり、披露された曲は以外で、天地真理さんの 一人じゃないて・・素敵な事ね・・何時までも・・何時までも・・との歌詞の歌で、題名を覚えてなく、申し訳ないのですが、なるほど、区長はこうゆう歌を歌うんだと、妙に聞き入ってしまいました。
区長の歌はソフトな声で良いと思いました。
区長の歌う曲、まったく想像がつきませんでした。
区長自ら歌い逃げと話し、次の会場に向かいました。
忙しい合間に歌った区長の一曲、出席者には良い思い出になったように思います。


2011年01月06日 音

 昨日、1月5日、杉並区の賀詞交歓会が杉並公会堂で行われました。
区長、議長の挨拶の終了後に都立杉並高校の吹奏楽部の演奏がありました。
百人の奏者が揃い聞き応えがありました。
金管楽器が主ですが、一つの小さな打楽器の音が生かされる時があります。
奏者の醍醐味なんだろうなと思いました。
小さな音がピリと味を加えているのが分かります。
人生、社会に生きていて、あまた輝く人生を送る人達の中で輝かずとも地に足付けしっかりと地域の役に立てる人間でありたいと思い演奏に聞き入りました。
又、今年は会の皮切りに江戸消防記念会の頭連中による木遣りが披露されました。
私は、頭連中の半纏姿が何ともいえず好きです。
理由を書き込む事が出来ませんが、組頭の通称あか半纏いいですね、年の初めに感謝。


2011年01月01日 2011年 平成23年 一月元旦

 新しい年を迎えました。
飛躍の年にしたいと願っております。
国政が揺らぎ社会は決して明るい状況とはいえません。
国民生活もそのしわ寄せの中で低迷が続いています。
しっかり地に足をつけ、地域生活の充実を図って参ります。

穏やかな区民生活をめざして、
地域の 文化 伝統 穏健な保守を醸成し、
失われつつある
絆 感謝 思いやりの心をとりもどし、
新しいまちづくりに日々挑戦してまいります。



2010年12月31日 2010年 お世話になりました。

 2010年、平成22年、12月31日、金曜日、今年最後の一日になりました。
「熊さんの一言」私なりに、日々の思いを少しづつ書き込んで参りました。
来年も私なりの一言を書き込んで参ります。
2011年は杉並区に取り、変革の期になると私は考えております。
私自身も、飛躍の年でありたいと願っております。
皆様方の益々のご発展をお祈り申し上げす。


2010年12月30日 2010年

 2010年は、今日と明日の二日間となりました。
今年、区議会では、混迷の度を増す国政の下、山田前区長が国政を憂い自らが新党の党首になり、区長を辞任し参議院選挙に挑戦をしました。
結果を得る事は出来ませんでした。
新たな区長には、都議会議長を勤めていた民主党の田中良都議が区長選挙を勝ち取り、新区長に就任しました。
新区長は、ボトムアップ、区民の意見を広く聞き、議論をして事に当ると話し、トップダウン、地方議会のトップランナーとして走り続けた山田前区長とは対照的です。
昨年の今頃、私は地域の街頭活動で山田前区長が進めた減税基金構想への理解を求めました。
今年の第一回定例議会で減税基金条例が可決されました。
しかし、一年経たない今、此の条例も基金の積み立ては僅かなものとし、ゼロベースでの再検討が行われる模様です。
又、地方自治体で初めて施行された多選条例も廃止されました。
田中新区長は、杉並区の中期構想を練り直す基本構想審議会を此の12月にスタートさせました。
新区長として、施策をニュートラルの状況にし、新たな杉並区の構築を進めようとしているのではと思うところです。
先に記しました杉並区の基本構想審議会も、来年12月に新たな指針を示します。
2011年は杉並区に取り、大変重要な一年と思われます。
又、来年は、私たちが挑戦する統一地方選挙も行われます。
私も結果を出し、杉並区にとり重要な変革の期に当る議会に参画出来るよう努力を重ねて参ります。
間もなく新しい年を向かえます。
新たな思いで、地域の責任年代として地域の声を議会と行政に届け、政治の最前線にある地方議会の一員として、地域の暮らしの安心と安全を築いて参る所存です。


2010年12月28日 お詫びと訂正

 此のたび皆様にお届けいたしました区政報告に文字の誤りがありました。
報告書をお読み頂いた方からご指摘を受けました。
勉強不足で心よりお詫び申し上げます。
以後、誤りの無いよう細心の注意を払って参ります。
誤りの箇所は、区政報告の裏面、右側の文章、最下段の区政報告討議資料の行を含め上へ16行目の、地域の皆様の声が繁栄されなくてはと印刷されておりますが、繁栄を反映とせねばならぬものです。
これからも、皆様のご指導賜りますよう宜しくお願い申し上げます。


2010年12月27日 少し日にちが過ぎて、クリスマス

 クリスマスの25日にあるスパーの食料品売り場に行きました。
妻が、体調を崩し寝込んでしまったので、自分の夕食を買いにスパーに寄りました。
時刻は6時前後ですが、クリスマスの必需品であるローストチキンが売れ残り値引きのシールが貼ってありました。
同じフロアーの別の場所でも同じローストチキンの安売りをしていました。
不景気で買い控えているのか、今はクリスマスと言ってもローストチキンは特別なものでなくなったのか、スパーではなくもう少し高級感のあるところのローストチキンなのか、もっと安く売られているローストチキンがあるのか、スパーを出た後もひとしきり気になり考えてしまいました。
特別に調査をしている訳でもありません、私の感覚的なところもありますが、沢山のローストチキンが売れ残るクリスマスが気にかかってなりません。
間もなく、お正月を迎えます。
いつもとは何か違う事を感じるお正月か、地域をよく見守りたいと思います。


2010年12月23日 事業仕分け

 12月22日、私が所属する杉並区議会「新しい杉並」は、非公開でですが議員による事業仕分けを行いました。
2名の外部委員を招き、民営化された区宿泊施設(湯河原杉菜、コニファーいわびつ、富士学園、弓ヶ浜クラブの4施設)、南北交通すぎ丸、勤労福祉会館の三事業に関する仕分けを行いました。
行政側からは政策経営部・部課長、区民生活部・部長、都市整備部・土木部長、区長室長が出席し、16名の会派議員が5人ないし6人で3つのグループに別れテーマごとに行政の説明を受け、外部仕分け人の意見を聴き議員仕分け人の質疑が行われました。
大変有意義な仕分け事業であったと確信をしております。
質疑内容と仕分け結果をまとめております。
区政の活性化に必ずつながる仕分けの第一歩を踏み出した様に思います。


2010年12月20日 質問

 外国人に、「あなたは、ご自分の国をどの様な国と考えておられますか?」と質問されたら、何と答えるのだろうかと考える時があります。
始めに、皇室を紹介します。
そして、文化伝統である書道、茶道、華道、武士道を紹介し、代表的な名所である富士山、京都、奈良そして各地の城を紹介し、鉄道などの交通機関を紹介し、現状の科学技術、自動車産業、電子産業、農業、漁業を紹介し、あらゆる分野が世界と肩を並べている事。
又、一年を通した一般的な国民行事、日々の食事や地域の習慣や町会商店街の成り立ち、そこに暮す人々が家族を大切にし勤勉で教育に熱心であると私は答えると思います。
書道や武士道を伝えるのに、相手が満足する納得する知識はないにしても、自分なりの思いを伝える事は出来ます。
ただし、日本語でしか答えられませんが、自分の日々の経験から自分の国を紹介出来ると思います。
ただ一点、国政、政治について紹介をするとなると、私たちの国、日本を紹介する時に自信を持って、今の国政を語る事が出来るであろうか。
私は、地方政治に関わる一地方議員として一抹の不安ともどかしさを感じます。
地方議会は国政に一石を投じる思いから改革を進めています。
始めに、もし外国人に質問されたらと記しましたが、自国の文化、伝統そして身の回りの地域の暮らしについて、誰もが誰とでも話が出来る社会であると思います。
しかし、今、国政のあるべき姿が見えてきません。
政治ばなれが心配です。
地方議会に転化されない様にしなくてはならないと思います。


2010年12月08日 第4回定例区議会閉会

 12月7日、第4回定例区議会が閉会しました。
今定例区議会では、区長就任期間を3期12年と定めた杉並区多選条例が廃止されました。
賛否を問い区民意見の提出も行われ、区民の意見も割れ賛否に開きがあまりありませんでした。
総務財政委員会においても厳しい質問が行われました。
昨日最終日の議案採決においても大変厳しい意見が述べられ、田中新区長が4選以上を目指しているのではないか・・云々、聞いていても腹立たしくなる意見もありました。
多選による弊害、区長と区施策に関わる業者との馴れ合いや、区職員との馴れ合い、議会との馴れ合い等さまざまな心配が浮かびます。
しかし、大切な事は時の首長の人間性であると思うのです。
私は此の一点に掛かる事と思います。
そして、有権者が選挙の折々に確りした判断を示す事とが大切と思うのです。
多選条例を推し進めた山田前区長は、任期途中で国政を憂い区長を辞任しております。
何だったのかな・・・と、肩透かしを食らった思いでもあります。
田中区長には、今を確り見据え杉並区のリーダーしてリーダーシップを発揮してもらうよう、議会に思いを届けて参ります。

 私が委員長を務める保健福祉委員会に一昨年より請願が出され、継続審議とされていた精神障害者の手当てについて再審議が行われ、杉並区独自の精神障害者手当てが実施される事になり、来年、初年度予算に組み込まれます。
田中区長が、先の決算特別委員会において、此の問題に関する前向きな答弁をし、此のたびの運びとなりました。
手当ての金額等を今は示す事が出来ませんが、区内に住まわれる精神障害者の方々は、国や都の施策に先んじ、杉並区独自の手当てを受給する事が出来るようになります。
小さな一歩かもしれません、でも大きな前進でもあります。
杉並区独自の施策が更に大きな成果となるよう、議長名で国と都に対し意見書を提出する事が最終日、議会において全会一致の採決を頂く事が出来ました。
感謝、


2010年12月04日 校歌

 本日、私の母校である杉並区立高井戸第二小学校の110周年記念式典が行われました。
5年前に他界した父が、100周年記念式典に出席した事を誇らしげにしていた事を思い出しました。
久我山に生まれ、育ち、暮らし続け、戦争、敗戦、ゼロからの戦後復興、生まれ育った土地で小売業を営み生計を立て、久我山の土に帰った父親の生き様を思い浮かべながら、記念式典の為に飾られた幾つかの写真に見入ってしまいました。
入学式、卒業式にお招きを頂き、その都度、懐かしく校歌を歌わせてもらっておりましたが、本日は感無量、涙がこみ上げ、声が詰まり校歌が歌えなくなりました。
来賓の井出教育長が祝辞を述べる中で、子供達に日本一を目指し、世界に挑戦する事の大切さを伝えられておりました。
競技スポーツの世界で青春時代をすごした私には、日本一を目指し世界に飛び出して行くとの言葉に、何か込み上げるものを感じてしまいます。
会場にいた、子供達に素直に聞き入れて欲しい気持ちでした。
自分が生まれた土地で、育ち、暮らし続ける事は一見楽そうに思えますが、その土地の伝統や文化を守り貫く事を意味すると思います。
地域の保守を真剣に考えていく事の大切さを、地域に確り示して参りたいと思います。


2010年12月02日 区長が示す道しるべ

 田中区政が始まり、4ヶ月が過ぎました。
その間、山田前区長が示した、とりわけ、目玉施策と言われる多選条例、減税条例、地域から多様な意見が届けられ転園が一部延期された杉並版子供園、杉並版事業仕分けの評価対象の施策等、それら施策が足踏みをしております。
立ち止まり、深呼吸をして、足下を確り見直す期間と私は理解をしております。
又、区民の代表、区内団体の代表、議会の代表、行政が共になって議論を進める杉並区基本構想審議会が今後一年を掛け、杉並区の新たな10年、中期基本構想を立てます。
杉並区が進むべき道しるべを作る事になります。
トップダウンからボトムアップへの変化と、区長自らも行政も認めております。
私は、その様な中で、区長交代後、2回目の定例区議会が行われ、基本構想審議会の立ち上げも決まっている中で、区長自らが示す構想や施策が見えて来ないように思えます。
区長は、杉並区を良好な住宅都市と称しております。
良好な住宅都市杉並区の区長が積極的に示す構想や施策が欲しく思うのです。
それらも、ボトムアップを重んじて基本構想審議会を経て、一年先に示されるものでなくてはならないのでしょうか。
区長が示す構想や施策に、区民は期待感を抱いていると私は考えます。
疲弊感が漂い、政治が混迷を続ける国政の下で、区長自らが立てる道しるべに期待が寄せられると思うのです。


2010年11月26日 多選条例

 昨日の杉並区議会本会議において、山田前区長が区長就任時に制定した、地方自治体で始めて制定された多選自粛条例の廃止案が田中新区長から上程されました。
区民意見の聞き取りでは、反対の意見が多少上回っておりました。
多選により、馴れ合いの弊害が生じる、多選による世代交代が進まないとの意見、あくまで、個人の問題であるから多選に関する事は本人の公約にすべきとの意見など様々です
一般的に考えると、選挙に出る出ないは当事者の責任に掛かるところが多く、当事者の政策や人柄、そして適任者であるかは、選挙民の審判が必要なのだから、有権者一人ひとりの自由に関わる事で、その時の区長が自身の為の多選自粛の方向性を有権者に個人の約束して示しておく事が大切と思います。
有権者に目を向けた、条例の制定より大切な事は、候補者の良識と思います。


2010年11月24日 砲撃

 北朝鮮が、韓国国内に砲撃を行い、韓国側に死者が出ています。
両国は、38度線を挟み長い間、緊張関係にありました。
北朝鮮軍部の暴挙が示されたと理解します。
徴兵制度を進め、軍隊を持つ国ではありますが、民主的に国家の繁栄を築く韓国国民には理解しがたい北朝鮮の行為と思います。
私たちの国、日本の隣国同士が再び戦いの場にならないようにしなくてはなりません。


2010年11月21日 第4回定例区議会

 昨日、11月20日より第4回定例区議会が始まりました。
第一日目は、災害対策、道路交通、清掃・リサイクル、医療問題、各特別委員会の委員長報告の後、一般質問が始まりました。
私が所属する会派 新しい杉並 では六人の議員が質問に立ち、区長の改革意識、スポーツ振興、地域交通、地域振興、まちづくり、発達障害に関する施策、在宅における高齢者医療・介護施策・待機児対策、若者の雇用等々区民生活区政全般に渡る質問が行われ、区長と理事者から答弁が行われました。
新たな提案は別ですが、行われた質問と答弁を思い起こすと、質問の施策は前区長時代から引き継いでいるものが多くある中で、適切な表現とは言えませんが、区長、行政、議会が、前区長時代ではあまり感じ取る事が出来なかった、「皆で一緒にやって行こう」と言う雰囲気を私は感じました。
区長が変わる中で、行政の答弁に丸みが出ている様にも思えます。
トップダウンからボトムアップへのギアチェンジです。
私自身は、このギアチェンジの受け入れに時間が掛かっております。
スムーズなオートマチックではなく、どうも私は、ノッキングの多いマニアルシフトのようです。
田中区長が示す、杉並区基本構想審議会の立ち上げがこの後行われ、一年を掛けた後に杉並区の新たな中期構想が示されます。
杉並区の新しい道しるべに、地域の声が繁栄されるよう頑張らなくてはいけないと思うところです。

私は、此のたびの定例区議会では一般質問を行いませんでした。
山田区政から田中区政に変わる間、選挙も含め変革期の中に身を置き、その時の流れを私なりに見てきた中で、前区政の言わば威信を掛けた施策、多選条例、減税基金条例、杉並師範館等々の施策がゼロベース、凍結、中止と告げられ、それら施策に関わる事業も様々あると思われる中で、私自身は、正直申し上げ戸惑い、地域の大切な声を議会と行政に今後どう伝えて行けば良いのか判断に迷う中、私なりに今議会のメモを取り、私なりに今議会を整理整頓の機会と捉える事と致しました。
今、此のメールを配信する途中でも昨日のメモを読み返し、私なりに新たな思いの中で議会の一端をお伝え出来たと思っております。

日々挑戦、一つひとつ積み上げて参ります。


2010年11月19日 久我山駅

 私は、杉並区の久我山に生まれ、此の地に暮らし続け今日に至っております。
私は、戦後父親が始めた、燃料の小売業を生業とし地域に根付いて来ました。
地域の変化を見つめて来た思いがあります。
今、私は57歳です。
小学1年生の頃からの記憶が鮮明にありますので、50年間、半世紀の間、地域を見てきました。
家が建ち並ぶようになり、人口が比例して増え、決して地域が広がった訳ではないのに、見知らぬ人が大勢になりました。
私は、朝、久我山駅の駅頭で地域の方々に朝のご挨拶をしております。
議員の駅頭スタイルは、政党や個人名の旗を持ち傍には拡声器がありますが、 「日々挑戦」 と私の思いを旗に記し、拡声器は使用せず「おはようございます。」のご挨拶をしております。
「何もしゃべれないのか」と指摘される時もあります。
しかし、その日、はじめての方に「おはようございます。」と声を掛けると、一人ひとりの方々に、声を掛けずにいられなくなります。
そうしないと、何か失礼をしているような気持ちになるのです。
朝、一日の始まり、仕事に学校に出かけられる多くの方々の姿に、地域の代弁者としての生を頂いている思いです。
感謝、そして素晴らしきかな人生。


2010年11月14日 事業仕分け

 本日、午後1時から、杉並版「事業仕分け」が行われました。
従来行われてきた事務事業外部評価を事業仕分けに置き換えたスタイルで行われました。
杉並区の事務事業外部評価委員が仕分け人になり検討事業の所管に説明を求めるスタイルで行われました。
該当の事業はコールセンターの運営、子育て応援券、路上禁煙対策、緑化助成の4事業が仕分け対象になりました。
評価は事業の方向性を、廃止・拡充・現状維持・縮小の4つに分け、事業の改善を、事業内容の変更・実施方法の変更と2つに分けました。
どの事業に関してもコストとサービス内容のバランスが問われておりました。
地域の為に、区民の為に、本当に必要な事業なのかとの踏み込んだ、際どさを感じ取るまでには至っていないと思いました。
杉並版「事業仕分け」として公開形式で初めて行われた為か、仕分け人側、特に座長の気配りが多分にあったように思います。
結果は、今年度末に外部評価委員会報告書に掲載されるとの事です。
私が所属する会派、「新しい杉並」も事業仕分けの申し入れを行っております。
受け入れられる事を望みます。


2010年11月09日 アジア大会

 今月12日からアジア大会が開幕されます。
開幕に先立ち、サッカーの試合が始まりました。
開催国中国と日本の試合が行われ、日本が3対0で勝利しましたが、試合観戦は当局の警備の都合から日本応援団が一ヶ所に隔離される状態でした。
新聞の一面に掲載されている、隔離された日本応援団の写真を改めて見て、残念と言うより虚しさを感じました。
試合のセレモニーでは日本国歌が流れた時に起立しない自国民に起立を促す事をしたとの事。
それは開催都市の配慮なのか、政治がスポーツに介入しているのか、不自然でならない思いです。
政治がスポーツに介入し、本来あるべきスポーツの気高さに憧れを抱かせるスポーツ文化独特の良さが曲げられているようで不安を感じます。

政治がスポーツのあり方を変えてしまうのは本当に残念です。
時が大分過ぎましたが、1972年ミュヘンオリンピックではイスラエル問題が火種になりパレスチナのゲリラが選手村で銃を乱射しコーチや選手が死亡しました。
1980年モスクワオリンピックと1984年ロサンゼルスオリンピックでは東西冷戦の中、東側と西側が交互に選手の派遣を中止しました。
当時、世界の頂点を目指していた、柔道の山下選手がモスクワ大会を泣いてあきらめ次回のロサンゼルス大会で奇跡の優勝をした事を思い出します。
又、当時絶頂期にあったレスリングの高田選手が泣いて訴えた記者会見が思い出されます。 高田選手は、次回のロサンゼルス大会では、残念ながら優勝に手がとどきませんでした。
残念と言っても、ピークを過ぎてから銅メダルを獲得しているのですから、4年間大変な努力を重ねた結果と思います。
現在、後進の指導に当たるお二人、政治に翻弄され悔しさを乗り越えたお二人の心根が若い選手達に伝わればなと思います。
このお二人に限りません、多くのアスリート達がこの間の試練を乗り越えています。
今回のアジア大会では、尖閣問題等に絡む中国国内の事情に警備当局は気をもんでいると思います。
中国では北京オリンピック、上海万博、広州アジア大会と各都市間のライバル意識も盛んであるとの事、広州市当局の意気込みは大変なものであると、日本選手団長を勤める市原JOC専務理事が述べておられました。
当局の過剰な反応が日本チームや日本応援団に不利な状況を作らないよう願っております。


2010年11月07日 更新

 ページの更新が滞っていました。
29日から本日まで、9日間が過ぎました。
この間、国政は皆様ご承知の通り、ロシア大統領の北方領土訪問・・子供手当ての拡充問題・・子供園10年構想・・尖閣問題・・尖閣問題の中でビデオ流失放映・・八ッ場ダム工事中止の中止・・TPP参加問題・・小沢前幹事長の金と政治の問題等々一つひとつが大きな問題です。
それらが、日替わりメニューのように新聞の一面を飾っています。
又、国際的にもアメリカオバマ大統領中間選挙大敗の中、日米間の政治経済の結びつき・・・中国の内政問題と日本外交との関わり・・国内朝鮮高校の無償化と使用教科書に絡む日朝間問題等々に懸念を感じます。
私たちが、自分達の国、日本はどうあるべきか、国家感が広く議論されていないが故に、今、日本は内外に混迷の度を増しているように思えてなりません。
官僚を問うより、理由はあるにせよ政治のリダーシップが欠けていると思うところです。
民意を問う、総選挙を行うべきと思うのです。
下らんと揶揄される事とかもしれませんが、立ち止まり、深呼吸と整理整頓が必要と思うのです。

 杉並区は、区長が変わり4ヶ月が過ぎようとしております。
杉並区の今後10年間の中期ビジョンの建て直しの為に、基本構想審議会が設けられ、今後1年間を期限に議論がなされ、杉並の新しい道しるべが出来上がると理解をしております。
審議会には、区民、区内諸団体、議会の各代表と有識者が参加します。
来年の4月は、統一地方選挙が行われます。
議会を目指す候補者は、基本構想審議会を意識し、新たな公約を示す事になると想像します。
今後1年間の議論に注目、期待をし、私も地域の代弁者として区議会に参画する一人として、
地域の声をしっかり届けてまいります。


2010年10月28日 先生

 先日、新聞報道にもありましたが、杉並区内の小学校の先生が生徒達からクイズを求められ、身内の葬儀に参列した人が好きになり、もう一度その人に合うには、どうすればよいかと理解できるクイズを出し、その正解は、身内を殺して、もう一度葬儀に来てもらえば合えるとの内容であったようです。
教員になり日の浅い方のようで、学生時代に仲間と面白半分にしゃべっていたような事が、そのまま生徒達の前で出てしまったように思えます。
生徒を介して事の内容を把握した親御さんから匿名の申し入れが学校にあったとの事です。
私は、人前で話をする機会が多くあります。
気を使っているつもりでも、足りないところがあり、後で指摘を頂く時があります。
一生懸命になり、気持ちが先行して大事な事を忘れている時があり、指摘を受けがっかりしたり、人前で指摘され、顔から火でも吹き出るよな恥ずかしさを覚える時さえあります。
気を取り直し、次の時に備えなくてはと自分に言い聞かせます。
気を取り直しても、申し訳ない事をしたとの思いが残り、心の整理は本当に難しいと痛感しております。
先程の先生の件は、深い反省を望むと共に、挫折をしないようにとも思います。
立ち直る事の難しさの中で、また反省の気持ちを大きくする事と思います。
話題が変わりますが、私は、あまり勉強が得意ではありませんでした。
成績も決して良いとは言えません。
でも、小学校一年生の時から高校を卒業するまでの間、多くの先生方に励ましを頂きました。
私にとっては高位の学業成績より大事な先生方の後押しの言葉が沢山ありました。


2010年10月23日 区政報告会

 本日、午後7時より久我山稲荷神社参集殿において区政報告会を開きました。
地域の方々にお集まりいただき感謝の気持ちで一杯です。
気持ちが先行してしまい、区政の状況を上手く伝える事が出来なかった点が多く、反省致すところです。
反省点を次回に生かしてゆきたいと思っております。


2010年10月17日 福祉会館まつり、すぎなみ舞祭

 昨日、16日・土曜日、高井戸東4丁目にある、社会福祉協議会・福祉会館まつりの開会式に出席いたしました。
毎年お伺いしておりますが、今年は、保健福祉委員会の委員長の立場で開会式に臨み、少し緊張を致しました。
区長と区議会議長のご挨拶に、精神障害者の方達への手当てについて、支給検討に向けた言葉がありました。
私も、委員会に以前より請願されている手当ての事を、確り所管と情報交換を行い、委員会で議論を進めて参りたいと強く思っております。
開会式の後、障害者の皆さんが作られた作品を見させて頂きました。
バザーの会場もあり、手づくりのビーズで作られたポケットティシュ入れを購入しました。
素晴らしい出来栄えで、帰宅して妻に手渡したら本当に驚いておりました。
因みに16日は、私たち夫婦に取りまして、33回目の結婚記念日です。
とにかく、様々な作品を見て思う事は、障害を持たれた方々の感性の素晴らしさです。
社会でその感性が役立つよう、議会と行政はもっと努力をせねばならないと思うところです。

本日、17日・日曜日は、第三回すぎなみ舞祭が開催され、開会式に出席いたしました。
今年は、会場を上井草運動場から杉十小学校と蚕糸の森公園に移して行われました。
出場チームも毎回増えており盛り上がりが感じられます。
今年も茨城や千葉など他県のチームや他区のクラブチームも参加し交流の場も広がっているように見えました。
出場チームの子供達が、他チームが演技している時に手拍子をし応援する姿がとても気持ちよく感じられました。
本当にダンスが大好きと言う感じが身体から湧き出ていて好感が持てます。
アップテンポの曲の間にハワイアンの曲が流れ、ほっとしたりもしました。
実行委員の方が、舞祭の会場を固定せず、何箇所かでローテーション出来ればと話されておりました。
良い試みと思いました。
私が住む久我山にある、NHKグランドも会場に使用出来たら良いと思うところです。
子供達の、しなやかな身体の動きと、若いお父さんやお母さん達が一生懸命子供達の面倒を見ている姿はいいですね。





2010年10月08日 議会最終日

 9月10日に始まった第三回定例区議会は本日が最終日です。
21年度決算委員会も昨日、各会派の意見開陳後に認定され、無事終了しました。
田中新区長が誕生して最初の定例区議会であり、議会も行政も様子見のようなところもありました。
田中区長は、山田前区長のトップダウン方式の施策を、先ず、凍結、ゼロベースに戻し、ボトムアップ方式の施策に切り替える意思を此のたびの議会を通して示しております。
ボトムアップの議論には、区民、議会、行政に熱心な議論が必要になります。
区民の声が伝えやすい議会と行政になる事を期待するところです。
今回の定例議会から、議会の様子を動画で区民の皆様に伝えております。
私のホムページのトップにリンク先の表示があります。
杉並区議会にリンクしていただき、そのトップページに動画の表示がありますので、ご覧下さい。
私は、10月1日、5日、6日に質問を行いました。

    此のたびの定例区議会の区政報告会を下記の日程で行います。

    月日  2010年 10月 23日 土曜日
    時間  午後 7時より
    場所  久我山稲荷神社  参集殿にて

ご来会をお待ち致しております。


2010年09月20日 常任委員会

 定例区議会では、一般質問が終了し、各常任委員会が始まりました。
現在、私は保健福祉委員会の委員長を務めております。
今回の保健福祉委員会では、山田前区長が推進した杉並区独自の子供園について議論がなされました。
区は4月より、六ヶ所ある区立幼稚園の中で、先行して二つの区立幼稚園を子供園化しており、それらの実施状況等と検証を踏まえて、来年度、子供園化が進められる二つの幼稚園の保護者の意見や心配を含め、委員会では質問、要望が活発に出され、所管も慎重に答弁を繰り返し行う中、区立幼稚園から子供園へ転園する条例の改正は賛成多数で可決されました。
子供園は就学前幼児の教育と保育を一元化する施策で、国政においても政権与党が積極的に進める施策で、将来的に現行の幼稚園、保育園等はなくなり子供園に統一されるとの事ですが、幼稚園、保育園は、以前は文部省、厚生省、現行の文部科学省、厚生労働省の下にあり、一元化されるまでには相当な時間が要すると思われます。
机上の空論と思われがちな施策で、政府も長期間に渡り本格的に手をつけていない施策です。
幼稚園、保育園に加え子供園の新しい選択肢が加わったと考えた方が良いと私は思います。
保育園の待機児童が急激に増してきた中で、杉並区の子供園化は、保育園の待機児童解消の施策と解釈され、本来あるべき子供園の議論は宙に浮いてしまっているようにも思えます。
杉並区独自とされる子供園、その検証と経過措置を踏まえて、定着するまでには地域の理解が何よりも大切であると思います。
行政は地域へ子供園に関する周知を確り行わなくてはならないと思います。
子供園の宣伝ではなく、子供園のあり方を明確に示さなくてはならないと思います。
行政には新たな施策の生みの苦しみがあり、新たな施策を受け入れる保護者には戸惑いがあり、理解のなされないところがあります。
経済が落ち込む中で家庭のあり方も少しづつ変化し、保育園待機児童の問題が生じました。
次に学童の待機児を生み出す事に発展します。
杉並区独自の子供園の施策の実施は、保育園の待機児とは別問題と前向きに考えたい向きもあるが、区立幼稚園の良さを地域が認め、その幼稚園を通して子供達の成長を見守ってきた保護者には本当に辛い選択であると思います。
社会が低迷し、経済の成長が鈍化する中、社会の在り方に変化が始まり、就学前の教育の在り方も変わり始めると思います。
当分の間、幼稚園、保育園、子供園等は現状のままでしょうが、その場しのぎの先送りばかりでは無く、政府も確りした対策を行うべきであると思う。



2010年09月10日 第三回定例区議会 一般質問

 本日から、一般質問が始まりました。
交渉会派とそれ以外の会派、一人会派の議員が質問に立ちました。
新区長を迎えて初めての一般質問ですので、各議員からは、新区長の政治姿勢を問う声が多く聞こえてきました。
昨日もお伝えしたように、田中区長は、区民からの多様な意見に対して議論と対話を重視しするボトムアップを強調する答弁と、新しい公共と協働が伝えられました。
前区長が積極的に進めてきた施策に対して、今は、ゼロベースが基本のように思えます。
田中区長が提唱する、杉並区基本構想審議会の発足が、待ち遠しい気がします。

区長の繰り返しの答弁が多いと感じる中、公明党の議員から癌対策に関する質問があり、区長は、積極的に癌対策の施策を検討、進めるとの答弁を致しました。
失礼な思いをされるかもしれませんが、その答弁に、ほっとした気持ちになりました。


2010年09月09日 第三回定例区議会 会派代表質問

 本日は、区議会交渉会派の4会派による代表質問が行われました。
新しい杉並、公明党、自民党、共産党の4会派が質問を行いました。
新区長の政治理念、哲学を示すようにとの質問、前山田区長の施策をどの様に評価するかとの質問、個々の施策の質問は、減税基金条例の凍結、教育憲章、子供園、外環の建設、杉並の文化のあり方等ですが、理念や哲学との質問に田中新区長は、議論、対話の重視と答弁。
減税基金条例の凍結にはゼロベースに戻し、災害時対応の基金を含め議論のやり直しと理解する答弁。
教育憲章では、教育基本法に基づいてとの事で教育憲章の論議はストップされると理解できる答弁。
子供園への転園問題に関しては、見直し等には触れず施策を進めるとの明瞭な答弁。
外環道については、広くは理解されており、地域的に反対の意見が出るのは常にある事で、進めるべき施策と答弁。
文化や従来進めてきた緑の保存に力を入れ、質の高い住宅都市杉並を目指すとの答弁が繰り返されたように思います。
田中新区長は、強いリーダーシップによるトップダウンの政治手法には否定的で、多様な区民の意見に対して議論と対話を重視しするボトムアップを強調しました。
地域の振興に関しては、大型店舗等の参入に対して、既存の小売業者との間にハンディキャップも必要との答弁をしました。
明日からは、一般質問に入ります。


2010年09月08日 第三回定例区議会

 本日より、第三回定例区議会が始まりました。
本日は、災害対策、道路交通対策、清掃・リサイクル対策、医療問題調査、四つの特別委員会委員長の報告と田中新区長の所信表明演説が行われました。

 田中新区長は、前山田区長の施策を肯定しながらも、田中色の色合いを鮮明に出し始めたように、私は感じ取っております。

 山田前区長の総仕上げとでも言うべき、減税基金条例の凍結、トップダウンの区政から区民参加の区政へと切り替え、杉並区基本構想審議会の設置を表明し、新しい公共を訴え区民との協働を推進するとの思いを表明しました。

 又、劇場型と揶揄される事業仕分けとは決別した、杉並版事業仕分けを行うと表明を致しました。

 区民の安心・安全を最優先した、福祉、医療、介護、教育、保育、商工業の発展、まちづくりの為の事業仕分けを歓迎するところです。
オーソドックス、誠実、堅実な区政運営に徹してもらえればと願うところです。

 本日は、議会開催前に二名の新しい教育委員のあいさつがありました。
その中のお一人に、五つ子の出産を経験された田中奈那子さんがいらっしゃいました。
大変なご苦労をされた事と思います。
その子育ての経験を生かし、大いに活躍をしていただきたいと思いました。

 明日から、各派の代表質問が行われます。
私の所属する新会派、新しい杉並は、本日も会派会議を開き、代表質問の打ち合わせを念入りに行い、明日に備えております。


2010年09月05日 交通教室

 本日、プロのスタントマンが交通事故を再現し実演する交通教室を見学しました。
大変熱い中でしたが、小学生の家族が多く参加しておりました。
最初の実演で時速40キロメートルの車が自転車をはね、自転車が実際にどれだけ跳ね飛ばされるのか実演されました。
即死の状況が直に伝わって来ました。
日頃ハンドルを握る私には、人ごとには思えず、絶句しました。
又、トラックの内輪差に巻き込まれる事故が再現されました。
此の巻き込み事故は、件数が多いので見学の子供達も緊張した面持ちでした。
自転車が関係する死亡事故が再現されました。
自転車が左側通行を守らない為に起きる死亡事故、本当に、行政や地域が真剣に自転車のマナー教室や啓発運動を確り行わなければならないと再認識を致しました。
一人ひとりが交通ルールを、勇気を持って守る事が一番と思う交通教室でした。


2010年08月29日 代表選挙 2

 社会は経済の停滞が続き、活性化が進まない地方、国民生活に元気が無く、社会に明るい兆しが見えて来ません。

 一年前、バラ色のマニフェストを掲げ政権交代が起きました。
今、政権与党は衆議院の安定多数だけが頼りで、指示をしてくれる有権者にも虚ろな思いの様に見えます。
政党の中だけで、代表選挙に向け進んでいる様に見えます。
公共工事はダム工事でつまずき先が見えなく無くなってしまったようです。
高速道路の無料化は中途半端で、モデル区間を定めては、テストの繰り返しを行っています。
教育は子供手当てでつまずき、その他の教育施策は子供手当ての影に隠れてしまっている様に見えます。
介護と保育に関する事は、長妻大臣の施設視察のニュースがクローズアップされ、介護施設の充実等、施策自体は遅れ保育園の待機者と特養ホーム入所希望者が増えております
外交も基地問題でつまずき、結果は先延ばしばかりされています。
鳩山前首相と小沢前幹事長の金銭問題は国民に理解を得られない中、今や、お二人は時の人となり、メディアの露出度も増え、又、此のお二人が国を代表する事があるかも知れません。
不思議です。
事業仕分けを行って、削減した予算が次に何処でどの様に生かされているのか説得力が無いと思います。
私の勉強不足でしょうか。
事業仕分けでは、世界の科学技術界で権威と言われる方や技術者にメディアを介し、二番ではいけないのかと科学技術否定論と取られる様な意見を伝えておきながら、結果が出ると世界一を褒め称える、自分でもおかしいと思わないのか、不思議です。
今後の国政を左右する税の問題で、時期尚早と思われる発言から参議院選挙を敗北へ導き、総括を先送りし、今、国政に混乱を招いています。
トロイカといわれた3人が、決別する為に代表選挙を行おうとしている様に見えます。
此の一年、政権与党はマニフェストの履行に向け一歩踏み出すと、何れも必ずつまずき、足腰の弱さを露呈して来ました。
順調に、つまずかずに済んだ事はあったのか、あったのか、なかったのか、その様な事を考える事も、何か変ですよね。
民主党が野党当時に政権与党に切り込んだせりふはただの張ったりでしかなかったのか、そんな気もします。
足腰の強い、ブレない、何が有っても前へ進む強靭な足腰を持った政治家を国民は嘱望している事を与野党問わず、国政に参画する政治家、そして政党は理解してくれているのか心配です。


2010年08月28日 代表選挙

 民主党の代表選挙が始まります。
菅首相と小沢前幹事長の一騎打ち・・・・とあります。
国民の政治離れが加速し、政治不信に陥ってしまう。
混迷する経済と社会、国民は政治に興味を示さなくなってしまうような気がする。
昨年8月、総選挙で自民党は政権を民主党に渡し、民主党のマニフェストが約束通りに履行されず今日に至っております。
民主党新政権を選択した有権者に対し、政権はこの間、マニフェストの履行、首相交代、金権問題等に説得力あるメッセージを示していない、その結果が参議院選挙に結果として表れていると、私は理解しております。
民主党代表選挙において、国民に民主党の反省と謙虚さが伝わるのか私なりに見て参りたいと思っております。

 私は、基礎的自治体、政治の最前線に位置する駆け出しの地方議員ですが。
杉並区議会で「 新しい杉並 」新会派に同調し参加しております。
地方政治から国政に一石を投じると言う私なりの重い決断があります。
議会内では、ご都合主義、何が出来るとの批判が出ております。
混迷を増す国政を上に見て、それに習うがごとく地方議会に参画するより、地方議員として見聞を広め、政党間のひずみや政策の是正に努力し、区民生活の安心・安全を築く為、区議会活動に挑戦する意義を見出して参る所存です。
日々挑戦。


2010年08月22日 盆踊り

 昨日と本日の二日間、私の住む久我山では、地元の商店会が主催する盆踊りが開催されました。
地域の若い家族と、夏休み中でもあり中学生も多く見受けました。
お孫さんを連れたおじいちゃんおばあちゃんも多く見受けられました。
伝統的な盆踊りの一面を残しながらも、地域の新しいお祭りの形が出来上がっている様に思いました。
模擬店をひらく商店主の方達は大変ですが、模擬店の味に会場の人達は喜んでおりました。
今年の盆踊りは、38回を数えております。
先陣の商店主達と今日を頑張る商店主の皆さんに感謝を申し上げます。


2010年08月21日 志賀の風

 十数年ぶりの夏休み、私の妻が白血病に属する骨髄異型性症候群と宣告され、闘病期を過ごし、骨髄移植を行い、夫婦で無我夢中の日々を過ごして来た中で、特別な思い出がありました。
家族で冬のスキーと夏のトレッキングに訪れていた志賀高原です。
その山々に十数年ぶりに、孫を連れて行く事が出来ました。
議員の職に就き、気が引け、夏休みが取れずにおりましたが、在宅介護で暮す母親のシュートステイが上手く重なった事もあり、この夏は思い切って、懐かしの山に出かけました。
久々に山の強い日差しを浴び、出る汗に爽快感を覚え、山の優しい風には、癒しを感じました。
そして、子供達を連れて登った山々が迎えてくれました。
へえー、あの山に子供を連れて登ったのか・・・、小さかった子供達も良く登ったものと、体力が落ちた私には驚きでした。
久々に迎えてくれた山々の木々に感謝の念を抱き、山の雨は強く下から風と共に吹き上げる雨、その中を子供達と登った山々に、人生の感謝を伝えて参りました。
素晴らしきかな人生、日々挑戦・・・・・。


2010年08月08日 ラジオ体操

 夏休みになると、地域の町会や自治会が行うラジオ体操が始まります。
学校の校庭、神社、公園等が会場として使われます。
私も、、8月1日から8月10日までの間、自治会のお手伝いをしております。
最近ラジオ体操の会場は、子供より大人が多いように思います。
早起きが苦手な子供が増えているのでしょうか、早起きは子供の得意技のように思うのですが・・・・、近所の子供同士が誘い合わせ一緒に会場に来る姿も少ないように思います。
「早起きは一文のとく」私自身、今現在実践をしております。


2010年07月31日 臨時区議会

 昨日30日、杉並区議会第2回臨時区議会が開かれました。
選挙後、田中 良 新区長と議場では、初めて対面する形になりました。
臨時議会では二名の教育委員と二名の議員監査を同意しました。
教育委員になられた方のお一人に田中さんと言う名字の女性の方がおり、田中さんは、五つ子のお母さんで、子育ては本当に大変だったと思います。
その様な中で、小、中、高とPTAの役員やボランティア活動をされたとの事です。
子育てや地域での活動が評価され教育委員に推薦されたと思うところです。
今日に至る多様な経験と活動を生かし、教育委員として力を発揮して頂きたいと願うところです。


2010年07月24日 新しい杉並

 私は、自民党に所属する杉並区議会議員で、議会では杉並自民議員倶楽部と言う名称の会派に所属し、区議会活動を続けて参りました。
国民、地域区民の方々は現状の政治に決して満足はしていないと思うところです。
経済に始まり、私たちの日々の生活に関わる、医療、福祉、教育、保育等の政策も確かな財源が示されない中で、小手先だけの改革が行われている様に受け止められているのではないのでしょうか。
地方自治体は、政治の最前線に位置し、私たち地方議員は地域と向き合う中で政治や行政のあり方を検証しております。
混迷が続く国政に対し、政党色等に囚われず、区民本位の地方政治と区民の日々の暮らしの安心と安全を求め、此のたび杉並区議会に所属する、杉並自民議員倶楽部8人、民主党杉並区議団6人、区政杉並クラブ3人の議員17人が統一会派 ≪ 新しい杉並 ≫ を結成いたしました。
地方議会から国政へ一石を投じる事が出来ればとの思いも含まれた、杉並区議会の新しいうねりに私も身を投じました。
ご理解を賜る事が出来れば幸いです。
何卒、宜しくお願い申し上げます。


2010年07月19日 国家

 今の国を思う私の気持ちです。
国家の在り方を本気で考えないと、世界の中で、日本は本当に中途半端な国になってしまう。
国家安全保障、経済、産業、商業、環境、建設をはじめ、教育、医療、福祉等このままでは、国家のバランスが崩れてしまう。
若者達が、夢を抱けない国をつくり、負担だけを押し付ける国をつくる事になりかねない。
与野党共に、政党間の駆け引きに躍起になり、地に足付け頑張る国民は政治に不信感を募らせるだけになってしまう。
選挙運動などのあり方を検証し、国民が冷静に本気で自分の生まれ育った国の繁栄につながる選挙を行う事が出来るよう、各政党は、国民に国家のあり方を明瞭に示し、真摯に国民の判断を仰ぐ、総選挙に望むべきではないかと、此のたびの参議院選挙を通して感じました。
国家の建て直しと示す事が出来るような総選挙の後に、地域の為の統一地方選挙に臨む事が出来たらとも思うところです。


2010年07月17日 マニフェストやアジェンダと言うけれど・・・

 選挙があると、マニフェストとかアジェンダであるとか横文字が口にされ、いかにも政策通と有権者に理解してもらいたいのか・・・、私は、基礎的自治体の一地方議員として、区民の日々の暮らしに本当に必要な施策は何かと考える時、憲法、法律、地方自治法、教育基本法等の下に自治体が条例を定め、国会があり都道府県議会そして私たちの地方議会が置かれている中で、地域の暮らしに本当に必要とされている事は何か、何をなすべきかと自問自答する中、混迷を続ける国政の中で公教育に目を向け、スポーツを通した教育、スポーツを通して子供達が人間学を学ぶ教育が必要と思うのです。
選挙の話しを持ち出しましたが、私は来年4月に改選を迎えます。
その様な中で、私は、小さなしっかりした公約の一つに、スポーツを通した教育を第一に挙げたいと思っております。
今後、来年の改選に向けた、私の小さなしっかりとした公約を上げてまいります。


2010年07月13日 参議院選挙、杉並区長選挙、杉並区議会議員補選終了

 杉並区では、山田区長が辞任し、新たに田中良区長が誕生しました。
議長、議会、行政のバランスが今後どの様に取られて行くのか暫らく様子を見る様になるのではないかと思われます。
定例議会前に新区長の方針が示される事になると思われます。
何よりも、区民生活の安心・安全が守られる様、行政のチェック機関である議会の役目を確り果たしてまいります。
杉並区議会において、地域の代弁者としての役割を果たしてまいります。
日々、私の思いを伝えて参ります。
日々挑戦頑張ります。


2010年06月24日 お知らせ

 本日から参議院選挙、7月4日からは杉並区長選挙、杉並区議会補欠選挙が始まります。
投票日は7月11日です。
その間、≪熊さんの一言≫と≪熊さんの瓦版≫はお休みします。
又、久我山駅駅頭の朝のご挨拶も先週よりお休みを頂いております。
宜しくお願い申し上げます。


2010年06月16日 みどり

 先日、地域の団体の行事に参加し、明治神宮と葛飾区柴又・帝釈天に行って来ました。
当日は大変天気がよく、平日でバスの移動もスムーズで車窓から東京の山の手から下町まで、逆に、下町から山の手へと街並みのありかたの変化を、私なりに見て参りました。
特に、帰路下町から山の手に至る街並みの変化を高速道路、少し高いところから見下ろす車窓の変化で気が付くのは、緑のありかたです。
緑比率については、東京都も、もちろん杉並区も力を入れておりす。
東京都は、複数年をかけて東京のみどえりの倍増計画を打ち出し、施策を施行しております。それらは鉄道敷地の軌道に沿った周囲の緑を増やす事や、東京湾ベイエリアに人工的な森を増やす事も進められます。
私達が住む久我山周辺では、東八道路、放射五号線に今後、人工的に増やす緑の施策が施行されて行きます。
明治神宮の森も、先陣達が作り出した人口の緑です。
皇居周辺の緑も同様と思います。
年月は要しますが、先陣達から受け継いだ緑を守り、私たちも後人に新たな緑を作り残して行かなくてはならないと思います。
東京の緑、特に23区内は自然を受け継ぐと言うより、時代に合った緑のバトンタッチを後世に続けて行く事が大切と思います。
受け継いで行く合間に緑の蓄積も行われると思います。
江戸川沿いの柴又あたりでは、河川敷の整備により緑は広々とし、地域にその場が、何時でも誰にでも利用できる様な開放感がある様に感じるのです。
ただ、一般の住宅地では、家と家の間や、道路沿い等、地域の中に木々が少なく感じます。
いわゆる山の手には、家と家の間に緑が増え、道路沿いの木々も増えておりますが、開放感のある広々とした緑はなくなります。
杉並区内の、善福寺川沿い、神田川沿い、桃井広場、柏ノ宮公園、NHK跡地等の緑の価値観を再認識しなければならないと感じました。


2010年06月14日 梅雨入り

 東京で梅雨入り宣言が有りました。
新聞の天気予報にも一週間先まで傘マークがついていました。
今晩は、梅雨時のじめじめした感じより、むしろ肌寒く感じます。
周囲には、鼻かぜをひいている人が多い様に見受けられます。
滅多にかぜをひく事がない私も、ここ数日間咳き込み鼻声です。
しっかり体調維持をしなくてはならないと反省をするところです。
さて、菅政権が誕生し、それまでの鳩山総理や小澤幹事長に対する新聞報道はどこかに飛んで行ってしまい、何の反省も無く、菅政権独自の色合いや変化を感じ取る事はまだ出来ません。
国中が大騒ぎした基地問題も声が小さくなり、郵政法案が先送りされ亀井大臣が辞任しても、北教組の小林議員の辞任があっても、多くの国民から批判され辞任した鳩山首相と小澤幹事長の報道後遺症とでも言う様な気配が広がり、その余韻が漂う中で発足した菅政権は、議論を尽くさず、抜き足差し足忍び足で、いつの間にか先に進んで行って仕舞う様な気がしてなりません。
政権運営が停滞し、時の政権のトップが変わる事は必要である、それが、対処療法ではなく根治療法であるべきと思う。
梅雨の様にはっきりしない、国民の理解を本当に受けたとは言いがたい。



2010年06月12日 区長選挙

 山田区長が辞任をし、新たな区長を選挙する準備が進められております。
又、杉並区議会48議席のうち、2議席が空席ですので、来年4月予定の統一地方選挙までの任期で区議会議員の補欠選挙も行われます。
新区長の任期は、当選後4年間となります。
今後、杉並区では区長選挙と区議会議員選挙が別々に行われる事になります。
さて、区長選挙には、現在3人の候補が名前を挙げております。
田中 良都議会議員、千葉 奈緒子元区議会議員、藤岡 隆雄元金融庁職員です。
今後、複数の候補者が出る事と思います。
私は、地域の代弁者として区議会に参画している自負を持つところです。
地域保守を意識しております。
地域の伝統や文化に代表される保守と、地域が持つそこはかとない安心感に包まれた人間関係から生まれる地域保守とでも言うべき地域コミュニティーの醸成が、私は、今の社会に一番必要と思うのです。
伝統に縛られ、地域を囲い込む様な保守は、毛頭考えておりません。
常に新し物好きでなくてはならないと思います。
隣人を大切にする思いを持ち合わせなくてはならないと思います。
好奇心旺盛に挑戦する思いが必要と思います。
その様な中から、新しい地域保守を示し、新しい杉並作りに挑戦する様な区長候補のお手伝いが出来ればと思うところです。


2010年06月05日 変化

 鳩山首相が辞任、小澤幹事長も辞任し、菅首相が誕生しました。
私は、民主党と対峙する自民党に所属し地域保守をしっかり守って行きたい地方議員の一人です。
鳩山首相から菅首相に代わったからと言って、総てが良くなるとは限らず、民主党はマイナスからスタートをし直したところで、スタートしたともいえない状況である。
閣僚も留任が多く、国会の会期延長を行い郵政の法案を通す様子です。
市民運動から生まれた首相と報道されております。
私は、市民運動の延長線上にある社会には警戒感を持っております。
しかし、新内閣は世論、官僚、野党、マスコミとの厳しいせめぎ合いもあり、尖ってもいられないところもあると思います。
地域の暮らしにどの様な変化が表れるか、此処で申し述べる事は出来ませんが、基礎的自治体の議会の議員として、地域の日々の暮らしの安心、安全にしっかり取り組んでまいりたいと、改めて思うところです。
さて、杉並区の区長選挙に関する情報はまだ少なく、7月11日の投票日は確定しておりますが、候補者の顔ぶれはまだ揃いません。
私たち、自民党も区民生活の安定を目指し、信頼される区長となる候補者を擁立する事が第一と思うところです。
先ず、地域から自民党が蘇る事が必要と思います。



2010年05月29日 新しい力

 迷走する国政、混迷を続ける国政に対して、地方や地域から政治を変える、国を変えると声が上がり、新党が立ち上がっているが、劇的な変化はそう簡単には起きそうに無い。
しかし、幾つもの新党が立ち上がり、国民の不満の受け皿が出来ているのだから、政権与党は衆議院を解散し、再度国民に信を問うべきと思う。
圧倒的な支持を得た政権与党が、一年に満たない短期間の間に国民の信頼を此処まで裏切った罪は重い、政権与党は、もったいぶった理由付けなどしている場合ではなく、地方や地域にしっかり耳を傾けるべきである。
政権与党は、信頼し票を投じた国民に何を示したのであろうか。
甚だ遺憾に思うところです。
単純な発想であるが、衆参同時選挙こそが、混迷をます社会の改善の第一歩の様に思えてならないのです。
本当に単純な考え方と笑われてしまう事だが、真剣に考えるべき事と思える。




2010年05月26日 辞任

 山田 宏 杉並区長が昨日、区長を辞任しました。
創新党の党首に就任をしておりましたので、区長の辞任は時間の問題と思っておりましたが、
不意をつく様な辞任と私は理解をしております。
行政関係者にも余り知らされていなかった様です。
厳しい選挙を勝ち抜く為には、新党の党首自らが先頭に立って戦うのが最善と私は思います。
辞任に関して、区議会では賛否両論です。
区長の職を全うすべきとの声も聞こえております。
様々な声が上がっておりますが、私は、党首として、悔いの無い戦いをしてもらいたいと願っています。


2010年05月18日 地方議会、地方議員

 地方議会に身をおく者として、混迷がます国政を上に見て不甲斐無く思う。
政権与党が国民の信頼を失い、末路を歩いている様に見える。
前政権、私が所属する自民党は、国民に批判を浴びながらも、支持率が下がる中でも、政権与党として党内の議論は進められたと記憶しております。
マスコミの批判や有権者の判断で政権交代が行われ今日に至りましたが、首相と政権与党の幹事長が以前に所属していた自民党を批判しているが、今の状況では説得力はなく、支持率は下がるとしか考えられません。
地に足着いた、しっかりしたリーダーが必要であり、此の国の納め方を変えなくてはならないと願うところです。
地方や地域の特色、実情をしっかり踏まえて、地方や地域に税源と権限を移し、国政と地方政治の線引きをやり直すべきと思うのです。
その中で、地方の格差是正の議論を熱く行うべきと思うのです。
地方が、国を変えるチャンスは今近いと思います。




2010年05月15日 神輿

 5月の此の週は、浅草の三社祭りです。
一ノ宮、二ノ宮、三ノ宮の三基の宮神輿が明日早朝、宮だしされ夜の宮入まで一日かけて浅草界隈の町会を町内渡しされ、渡行されます。
私も、若い頃は、浅草や鳥越をはじめ、都内神社の神輿を担ぎに行きました。
浅草と鳥越の本社神輿の町内渡しは、本当にすごい熱気です。
浅草と鳥越の町内渡しで、各町会が神輿を担ぐ時間は40分ぐらいですが、とにかく担ぎ終わると一年分の汗をかいてしまった様な爽快感を味わいます。
実は、此のメールを打ちながら昔の事を思い出しております。
前の町会から、神輿を受け継ぎ町内の頭が木を入れるまでの静寂、木が入った、その時の地響きの様なうねりの中、我先に担ぎ棒に飛びついて行く、その興奮は物凄いです。
あの熱気は今も忘れる事が出来ない、なんとも言いがたい、わくわくする思い出です。
雨が降ろうと、風が吹こうと、槍が降ろうと、神輿の担ぎ棒に取っ掛かり、グゥイと神輿が持ち上がり進みだす時の力強さは何とも言えない雰囲気を味わえる瞬間です。
取り留めのない事を書き込みましたが、何時か又、担ぎたい思いです。



2010年05月07日 つばめ

 今朝、久我山駅で駅頭挨拶を行っている間、つばめが飛び交い、何故かほっとした気持ちになりました。
皐月の空の下、今朝は南からの風が少し強く、その中を飛び交うつばめを足を止め見入っている人や、早足をやめゆっくり歩きながらつばめの飛び交う姿を見る人、皆さんの微笑で、今朝の久我山駅はちょっと良い気分でした。
特急つばめが、夢の超特急ひかりに変わりその超特急の名前もこだま、やまびこと速さが競われた名前になり、現在は、こまち、なすの、たにがわ、あさひと地名等に変わり、九州新幹線に再び、つばめの名称が使用されております。
特急つばめ、特急らいちょう、特急はくちょう等、在来線特急が懐かしい時代になりました。
技術の進歩が着実に進む中で、日々の生活、小さな出来事が積み重ねられていく、何気ない日々の生活の中で、先ほど示した特急の名前ではないが、少しゆっくり、ゆったり感が欲しい。
進むべきところはしっかり進んでいる社会と私は思っております。
その様な中、地域の生活には少しゆっくり、ゆったり感が必要と思います。
その様な思いを議会で伝える事が出来ればと思っています。


2010年04月27日 地方議員

 混迷と不安が増し続ける日本、新しい日本を作ると称して新党が連鎖して立ち上がりました。
今度は、名古屋市・河村市長が地域政党・減税日本を結党しました。
みんなの党以来6つ目の新政党になりました。
地方議員の中には、政権与党の民主党からも離反者が出て新党に席を移しております。
混迷する国政に対して、地域は頑張っている、地域が頑張る様に、何故、国には出来ないのか、国中に地域の熱い思いを伝えながら、地域が国を動かす様な底力がある発信を行う事は、物凄く大きな意味があると思います。
地域を引っ張る首長が新しい国をつくると意気込み新政党を立ち上げ、地域を引っ張る首長の情熱が、本当に新しい国をつくる源と成り、国の進路変更が可能なので在ろうか。
その情熱が、参議院選挙で本当に国民に伝えられるのか心配です。


2010年04月20日 反省

 混迷が続く国政、地方から、地域から政治を日本を変えると新党が立ち上がりますが・・・
有権者は、いまひとつ納得がいかないのでは無いかと思うのです。
政権与党、民主党は新政権だからと許されるところ等は無いと思います。
民主党は、有権者の期待に沿うよりも、政権が自分達のマニフェストに自己満足し酔ってしまい、国民に納得してもらえる様な成果や結果は目に見えるものが無く、評価は極わずかと思うのです。
自民党は長い間、政権を維持し制度疲労を起こし自滅をした感が否めず、前回衆議院選挙の折に、再生が必要であると多くの国民は判断をし、期限を示さずベンチに引き下げるペナルティーを課したと思います。
追放や退場ではないのであるから、自民党は猛烈な反省を示さなくてはならない、生半可な反省では国民は納得をしない、今がそうであるかもしれない。
自民党には、良き保守を守り続ける責任と、新しい風を如何に取り込むかの重大な決断と勇気が必要であると思う。
政策が古いとか、旧態依然と声を上げ、政策の転換を図るべき等と声を上げる前に、先ずは、
奢る事無かれ自民党、何処まで深い反省を示す事が出来、そして議会と国民と官僚を正三角形の各角に置く事が出来るかである。

明治維新に新党を置き換え心中を訴える政治家がいます。
又、自身を坂本竜馬に置き換える政治家もいます。
その意味は、理解を致すところですが、私はその様な事よりも、自民党の真の蘇生、よみがえる事が一番大切な事であり、安定した社会秩序の構築が進むと思うのです。


2010年04月18日 新党

 本日、杉並区 山田 宏 区長が多くの首長の方々と新党を立ち上げました。
私も、区議会議員になり、大変身近なところで山田区長と接して参りました。
区長は、ご自身の歴史観をはっきり示し、行政のあり方、国政と地方自治体のあり方を常に比較し、行財政改革と言う事に対して、常に挑戦状をたたき付けている様なイメージを私は持っています。
大きめな目標を立て、無理を承知で食らい付いてゆき、終わったら目標以上の成果を出している様にも思えます。

行財政改革では、民間の力を信じ必要としているところが大きく、改革を進めるに当り、民間の活力とノーハウに期待を寄せております。
コストの高い行政主導型を嫌い、官から民をアピールしていると私は思います

区の施策においても、皆様ご承知の様に、杉並公会堂、座・高円寺、ゆうゆう館の運営等など民間の力を大切にしております。

私は、新党の立ち上げに関して、区長本人の参院選出馬も止むなしと理解をしております。
行き詰まった国政に風穴が開く事を期待している有権者が多いのではないでしょうか。

何時も書き込む事ですが、私は、杉並区久我山に生まれ、育ち、暮らし続け、生き続け、終に帰るところは久我山の土です。
国政に閉塞感を感じる中で、私は新党に参画する様な事は無く、地域に必要な保守の生き方を守り、新しい風を取り入れ、地域に暮す事の大切さを区民の皆様と確り共有出来る様に、地域の代弁者として尚一層の自覚を持ち、地域の声を行政と議会に届け、地域のあらゆる安心と安全を築き守って参ります。

私自身の生き様を省みて、私は、今後の区議会活動で、教育に関して、自分自身の体験から、スポーツを通して教育の充実を図る施策に力を入れてまいります。
又、スポーツを通して子供達の人間形成に役立つ活動を拡げる事に挑戦をして参ります。




2010年04月16日 こんな時だからこそ・・・。

国民、地域の人々が、政権与党や他の既成政党に対して求めている事は、政党自らがもっと国民に近づき、日々頑張っている国民の心をもっと知るべき事と思うのです。

子供手当てと騒いでいるけれど、80パーセントの親達は子供手当てを歓迎していない様です。
国民と政治の間がちぐはぐな状態になってしまった感があります。
真のリーダーシップが必要です。

勇気を振り絞って、立ち止まる事が必要である。
大きく深呼吸をして、もう一度足元を見直す事をするべきと思うのです。

国も、地域の一人ひとりの方が、立ち止まる事を考えるべきと思うのです。
進む事より、立ち止まり、足元がおぼつかない人を見守り、手を差し出す事を忘れず、元気な人には積極的に前へ進む後押しをし、整理整頓が必要である。

立ち止まる事は、決して後退とは思いません。
本当に、何をなすべきか・・・、考える時間が必要と私は思うのです。


2010年04月11日 目標

 子供達の教育、私の年齢(57歳)になると、その子供達の年齢は高校生を含んでいます。
教育基本法に定められた中で、義務教育そして高校、短大、専門学校、大学・・・と目標を掲げて知識を身に付け、人生の目標を掲げ、社会人として、正に人生に挑戦をする事になると思います。
社会人としての人生への挑戦は15歳、18歳、20歳を過ぎてと段階があります。
一人ひとり様々な運命を背負って社会人として生きて行く事になります。
私は、人間、人はそんなに強いと思いません、生きて行くのに必要な事は、目標を持つ事だと思います。
目標を達成する喜び、人生の喜びと思います。

その様な中で、一人ひとりの目標を達成する意義を学ぶ為に、私は、義務教育の期間に、子供達にスポーツを通して、或いはものづくりを通して達成感、創造力、精神力、人間力を身に付ける教育の時間を増やして行く必要があると思うのです。

今、何もしていないと言うのでなく、今以上にその様な時間が必要と思うのです。
又、それらに今以上に地域が関わる事も必要と思うのです。

社会全体が、地域全体が子育てに挑戦、その様な思いを議会と行政に伝えて参ります。




2010年04月08日 新しい力

四月、新年度が始まり小学校こら大学まで入学式が行われています。
新しい力、息吹を感じます。

今朝の駅頭活動でも、私の前を新入生や新入社員が通り過ぎて行きました。
新入社員の様に見える人は、もしかしたら来年の就職活動かも知れません。

国政が混迷する中で、国民・地域の方々は確り地に足付け日々の暮らしを守っています。
その様な暮らしぶりに、政権与党が我が党が確り政策を進めているからとだけは言って欲しくない思いです。

新学期に思う事は、子供手当ての事です。
子供を抱える家族、親にとって子供一人ひとりに手当てが支給される事は望ましい事かも知れませんが、今まで国は、子供達の教育に関わる支援を何もしてこなかっった訳で無く、生活の苦しい家庭や、一時的に教育費が賄えない家庭に、様々な施策を講じて今日まで、国の教育を推し進め守ってきたと、私は理解をしております。
100パーセントの答えは出してはいないと思いますが、国は教育の堅持と教育の底上げを確実に行ってきたと理解をしております。

此のたびの子供手当ては、一時のお騒がせである様に思えてなりません。
教育の支援は、堅実性が何より必要とされると思うのです。
真に、支援を必要とする方に、手厚い即効性のある支援こそが必要と思います。

保育と放課後の子供達の居場所と介護施策の充実こそが、今、必要とされていることである、此の解決こそが国民から、真に評価を受ける事が出来る国政の第一ハードルと思います。
子供手当てでは解決出来ない教育問題・社会問題が、目の前にあると言いたい。


2010年04月03日 お花見

 今日は、お花見日和とでも言いましょうか、私が暮らしている、久我山の神田川沿いも桜が満開です。
午前中、土曜開庁している区役所前で区内生産者の方々が野菜の即売会を行いましたので、ご挨拶に伺い、帰り道に善福寺川界隈で杉並区商店会連合会がお花見の方々に模擬店を出すとの事でしたので、会場に伺うと大勢のお花見の方々で混雑しておりました。
天気も後押しして、家族連れでお弁当を広げたり、バーベキューを行っているグループもあり、青空の下で飲むビールも美味しそうでした。
日頃の忙しさや、ストレスも忘れて、家族で和気藹々と時を過ごしている姿は、傍から見ていても心が和みます。
毎日頑張っている国民は、心の底から桜の美しさを堪能出来ると思う、揺らぐ国政の中にある政権与党の議員は、どの様な思いで桜を眺めているのであろうか・・・。


2010年04月01日 エイプリルフール

 嘘をついてもよい日、他愛も無い嘘、笑って済ませる嘘、初めから嘘と分かる嘘、冗談と分かっていて聞く嘘、そんな嘘もつけない様な重苦しい国民生活が続いている様に感じる日々、天気予報ではありませんが、はっきりしないどんよりした国政が続いている様に思えます。
スカッとした、政治家が必要と思います。
無責任に言っているつもりは毛頭ありません、この国をぐいぐい引っ張る、小気味好い若大将の様な政治家がいても良いと思いませんか・・・。
私は、今月で57歳になります。
私たちの世代の「若大将」・・・皆さんイメージが湧いてくると思います。

エイプリルフールの日に書き込みました。



2010年03月28日 朝の駅

 私は、自分が暮す久我山の駅頭に立ち、地域の皆様に「おはようございます。」と一言、朝のご挨拶をさせて頂いております。
駅頭を足早に行きかう多くの方々に声を掛ける中で、地域の暮らしの安心と安全に対する使命感、地域の代弁者として議会に参画する自身に取って、先ずは地域の安心と安全、そして穏やかな日々の暮らしの為に活動を行い責任を果たしているかと自問自答をするところです。

仕事に向かう多くの方々の姿を見る中で感じる事は沢山あります。
日々の暮らしと言っても、大部分を仕事先で過ごす訳ですから、自宅や地域でくつろぐ時間は本当に限られてしまい、土曜日や日曜日に自宅そして地域での暮らしがある中で、議会や行政が、地域に暮す安堵感や明日への希望や意欲を提供出来ているのであろうかと自身に思いを投げ掛けるところです。

地域で暮す多くの方々の思いや願いを知る事に努力をしなくてはならないと自身に言い聞かせて参ります。

駅頭の事をお伝えしましたが、自宅から駅までの間と推測しますが、親子で言葉を交わしながら歩く姿を見掛ける時は、ほっとします。
特に、親子の会話が一番苦手になる年齢の中学生や高校生が親御さんと言葉を交わしながら駅に向かって行く姿は、一日の始まりに良い出来事と感謝の気持ちを持つところです。


2010年03月25日 卒業式

 寒い一日でした。
咲き始めた桜の花も、硬く花を閉じてしまいました。
今日は、私の母校、高井戸第二小学校の卒業式に出席をさせて頂きました。
又、19日には母校の富士見丘中学校の卒業証書授与式に出席をさせて頂きましたので、小学生と中学生双方の卒業に対する期待感、不安感、夢、希望、喜びや涙などなど多くの感激を三歳違いの児童と生徒を通して感じさせてもらいました。
第一印象は、一生懸命さが伝わってくる事です。
小学生も中学生も、在校生と共に合唱を行いましたが、それぞれの子供達が、歌の歌詞に心を込めている様に、私には感じ取れました。
子供達に感謝です。

今日は、卒業生一人ひとりが中学生活への思いを披露しました。
半数以上の子供が、部活動を取り上げており、楽しみにしている様子が伺えました。
勉強と部活の両立を期待するところです。





2010年03月21日 介護

 私は、現在妻と86歳の母親と3人暮らしです。
子供は、息子二人が独立をして外で暮らしております。
母親は、痴呆が進み、介護度4の生活をしております。
杉並区は、在宅介護を基本としておりますので、母親は、デイサービス、ショートス
テイ、入浴サービス、モーニングケア、就寝サービスや、自費で見守りを利用する時
もあります。
私は、区議会の活動等で家を留守にする時が多く、正直母親の介護は、妻任せになっ
て仕舞う時が多く、妻への負担が介護制度で守られる事に感謝をするところです。

私の、妻は、数年前に血液疾患の病気で、骨髄バンクを介して骨髄移植治療を行い、
奇跡の生還を致しております。
治療後、体力の低下と、治療後に発生した難病を抱える生活は厳しい面もあり、介護
制度の充実が日々進む現状には重ねて感謝をするところです。

長寿社会と言われ久しいですが、86歳の母親を私は長生きをしてくれたと思います。
その様な中で、痴呆が進む姿を見ると、せっかく長生き出来たのだから、もう少し周
囲の事が理解できれば良いのにと悔しく思う時があります。

しかし、母親の身体の中では、長い間、地域で商売を続けて来た事への思いが強い様
で、何時も忙しい店先の事、食事の世話をやかなくてはならない自分の役目の様なも
のが生きており、その世界に何時も生きている様です。

此の冬には、妻が、体調を崩し、肺炎になり通院や点滴治療で急場をしのぎながら生
活し、介護は、モーニングケア・デイサービス・入浴サービス・就寝ケアを利用し、
ショートステイの空き待ちをしました。
その間、ケアマネの方やヘルパーの方、介護事業所の皆さんに助けてもらい、家族感
の様なものを感じる思いでした。
誇張する思いは毛頭なく、介護制度が在ったればこその事で、この制度の充実に向け、
区民や地域の為に、区議会議員として出来る事を確り進めて参りたく思っております。

少子高齢化が尚一層進む事になります。
幼児、児童、生徒、高齢者、その間に生きる、生徒、学生は自らの事を進んで行い
社会の為に協力をする思いに、社会人は幅広く、地域の為に、更には自国の為にと
の思いや正義感がこれからは本当に必要な事になると思います。

少子高齢化が本格的に進む中で、実質的な働き手が少なくなる社会の超現実的な問題
を抱える中で、先ず地域が、保育や学童そして介護を通して、新しい地域の在方を示
す事が出来る様に、私は議会と行政に声を届けて参りたいと思います。


2010年3月19日 卒業証書授与式

 本日、私の母校である、富士見丘中学校の卒業証書授与式に出席させていただきま
した。
卒業を迎えた生徒達が緊張気味に、一人ひとり舞台に上がり、校長先生から卒業証書
を受け取る姿を見ながら思った事は、生徒達、一人ひとりがとても素直に見えました。
又、自席に座っている様子を見ていると、生徒達が緊張感に包まれ、一生懸命さが此
方に伝わってきました。
在校生からのおくる言葉と歌が続き、卒業生からも、別れの言葉が伝えられると共に
別れの歌が、在校生や先生方、そして出席者全員におくられました。
在校生も卒業生も伸びやかに、素直に歌い、歌を本当に楽しんでいる様子で、とても
気持ちの良い一時でした。
生徒達、家族、学校、地域の連携が取れているのかなと思いました。
仰げば尊し、蛍の光、送辞、答辞、卒業式、時の流れの中で少しずつ変わってきたの
かなと思いました。
時代の変化、社会の変化の中で、変わり行く子供達の心を確りつかんで行かなくては
ならないと思いました。
次世代を背負う子供達の心、若者達の心の変わり様を理解して、地域づくりを進めて
行く事が大切と思います。
その様な中で、地域社会の保守的な面を守る大切さも理解出来る様にならなくてはと
も思います。
とても気持ちの良い時間を過ごす事が出来ました。
生徒達に感謝。


2010年03月18日 部活

 私が、中学生の頃、今から40年以上前になりますが、放課後の部活が楽しかった、
学校には勉強を教わりに行くより、部活が目的の様な生活でした。
一生懸命でした。
私が、所属をしていたのはハンドボール部でした。
中学に入学したての頃、ハンドボール部が練習をしており、ゴールキパーがボールを
受ける特訓中で、その姿に魅了され、入部をしました。
その様な経緯から、私はゴールキパーを目指しました。
とにかくボールを受け止めるのが楽しかったです。
高校に進学してから、肩の強さを見出されシューターに転向をしました。
中学、高校、大学、社会人とボールを追い続け、日の丸を胸にそして世界に飛び出し
て行きたいと夢を膨らませておりました。
若い頃、一つの事に熱中する大切さを身をもって経験して参りました。
今、公立中学校の部活が停滞気味です。
顧問の確保など、問題山積の様ですが、文武両道を忘れず部活の復活を期待するとこ
るです。
和田中の夜スペに習って、杉スポーツ塾が欲しいところです。


2010年03月15日 議会が終わって。

 今日は、自民党鳩山代議士の離党問題が新聞紙上を騒がせております。
離党して、新党を立ち上げ、本当にリーダーシップを発揮出来るのか、甚だ遺憾に思
うところです。
民主党の支持率の低下も新聞紙上を騒がせております。
下がった支持率に対して、以前の民主党の支持率より高いと、答えた党幹部がいます。
何とも言い様のない返答です。

区民、地域で暮らす多くの人は、政権与党や国政に失望感を持ち、国政を意識して前
向きに理解を示す事が難しいのではと思うところです。

話が、少し変わりますが、私は、久我山に生まれ、育ち、暮らし続けて今日を迎えて
おります。
父親が戦後始めた、燃料業を共に営んできました。
家族総出の家業を営み、地域に根ざしてきました。
私の父親も、祖父も、曽祖父もこの地に生まれ、この地の土に返りました。
私も、何れこの地の土に返ります。
私には、地域保守の血が流れていると、常に意識をしております。
私は、戦後、昭和28年の生まれですから、私には、もう一つの血の流れ、地域で暮
らし続ける中で、身体に浸み込んでいるもの、地域保守自民党があります。

私は、この国が絶対自民党でなくてはならないと思ってはおりません。
ただし、国民、区民、地域の方々に、真に期待される自民党でありたいと願う一人で
す。
現状の国政に、勇気と正義を確り示す事が出来る政党であるべきです。

小手先や目先の政策ではなく、国民の思いを深く掘り下げ、国民の思いの奥底を、見
通した政策、多くの予算の配分より、現状の危機を乗り越えていくリーダーシップを
国民や地域は待っていると私は思うのです。

政府が、受動喫煙に関して、通知を自治体に出しました。
全面禁煙と取れる通知です。
喫煙権が守られない、分煙が確り行われていない中での禁煙通知、本当に身近な環境
問題ですが、禁煙権・喫煙権の両者が区別されないままの周知は行っても効果がない
様にも思えます。
曖昧なリーダーシップとしか受け取れない環境行動です。
この様な繰り返しは歓迎できません。


2010年03月15日 議会が終わって。

 今日は、自民党鳩山代議士の離党問題が新聞紙上を騒がせております。
離党して、新党を立ち上げ、本当にリーダーシップを発揮出来るのか、甚だ遺憾に思
うところです。
民主党の支持率の低下も新聞紙上を騒がせております。
下がった支持率に対して、以前の民主党の支持率より高いと、答えた党幹部がいます。
何とも言い様のない返答です。

区民、地域で暮らす多くの人は、政権与党や国政に失望感を持ち、国政を意識して前
向きに理解を示す事が難しいのではと思うところです。

話が、少し変わりますが、私は、久我山に生まれ、育ち、暮らし続けて今日を迎えて
おります。
父親が戦後始めた、燃料業を共に営んできました。
家族総出の家業を営み、地域に根ざしてきました。
私の父親も、祖父も、曽祖父もこの地に生まれ、この地の土に返りました。
私も、何れこの地の土に返ります。
私には、地域保守の血が流れていると、常に意識をしております。
私は、戦後、昭和28年の生まれですから、私には、もう一つの血の流れ、地域で暮
らし続ける中で、身体に浸み込んでいるもの、地域保守自民党があります。

私は、この国が絶対自民党でなくてはならないと思ってはおりません。
ただし、国民、区民、地域の方々に、真に期待される自民党でありたいと願う一人で
す。
現状の国政に、勇気と正義を確り示す事が出来る政党であるべきです。

小手先や目先の政策ではなく、国民の思いを深く掘り下げ、国民の思いの奥底を、見
通した政策、多くの予算の配分より、現状の危機を乗り越えていくリーダーシップを
国民や地域は待っていると私は思うのです。

政府が、受動喫煙に関して、通知を自治体に出しました。
全面禁煙と取れる通知です。
喫煙権が守られない、分煙が確り行われていない中での禁煙通知、本当に身近な環境
問題ですが、禁煙権・喫煙権の両者が区別されないままの周知は行っても効果がない
様にも思えます。
曖昧リーダーシップとしか受け取れない環境行動です。
この様な繰り返しは歓迎できません。








2010年03月13日 杉並区減税基金条例が可決

 3月12日、杉並区議会第一回定例区議会最終日に上程されていた減税金条例が議
長を省く議員45人が投票、賛成30反対15の結果により、減税基金条例が可決さ
れました。
新聞記事等でも大きく取り上げられ、行財政改革を進めて来た杉並区の更なる改革を
示す、第一歩が踏み出された様に思います。
しかし、厳しい社会情勢の中で、今、予算を執行するべきとの声も上がり、可決に至
る間では与野党の激論がなされました。
議場は騒然としておりましたが、私は、賛否の声をじっくりと聞き、賛成の票を投じ
た一人です。
積み立て基金の目的で、毎年予算の一割150億円が積み立てられると言われており
ますが、22年度は10億円ですから15分の1の額が積み立てられる事になります。
来年から150億円ともならないと思います。
10年後に、均して一割150億円と言うことになると思われます。
社会を、変えようとする意識を確り持つ事が大切と思います。
正直、国政は手詰まり状態、地方自治体から本気で社会を日本を変えていかなくては
ならないとの気概を持つ事です。
逆に、国政は、地方自治体を信じ、地方自治体に期待を寄せ、適正な税源移譲を行う
勇気を持つ事と思います。







2010年03月10日 予算委員会質問最終日

 本日、3月10日は22年度の予算特別委員会において、質問の最終日でした。
私は、都市整備に関して、電線類の埋設に関する質問を行い、杉並区の代表的な施策
であるコミュニティーバスすぎ丸の路線が、幅員の狭い道路をコースとしているので、
3つある路線の総てを、電線類埋設の事業区間にするべきと質問を行い、区民が電線
類の埋設を強く望んでいる事を伝え、区民の歩行の安心安全と、地域の開放感を、強
く訴え、所管も区民要望の強い施策と認識しており、慎重な答弁であったが、前向き
に検討を重ねるとの答弁をえる事が出来ました。
もう一点は、中学校における部活に関して質問を行い、学校、教員、地域の3点を通
し、それぞれに切り口を変え、質問を行い、教育長は、学校教育の一環として、世界
的に見ても、日本の部活の独自性を高く評価し、地域の協力等を得て、現状の部活の
あり方を今後も継承し、新たな試みを踏まえながら、部活の良き伝統を守りたいとの
答弁を致しました。
私も、区、議会、地域が中学の部活に更なる理解と協力を提供するべきと質問を致し
ました。













2010年03月06日 予算委員会での質問

 2月28日から始まった、予算委員会において3月1日、3日、5日の3日間3回
の質問を行いました。
3月1日は、杉並区が運用する積み立て基金について、この度の議会に上程された減
税基金条例に災害基金が集約された事や、22年予算編成においても基金の取り崩し
が行われ、21年度予算の基金繰り入れの倍近い130億が取り崩されたので、基金
の枯渇もありうると思い、条例を改正する中で、基金の集約が必要ではないかと問い
ましたが、思うような答弁はありませんでした。
もう一点、現況の厳しい景気の中、区内小規模業者に対する施策、小規模修繕の活用
を問い、実際の利用数は少ないが、確り受け入れ態勢は整えておくとの答えをもらう。

3月3日の質問は、区内農業、地産池消の野菜の販売量が増え、地域に食の変化をも
たらしているか、友好都市の産直品の販路拡大の為に区内まちの駅を利用できないか、
地域の商店が、地場の野菜や友好都市の産直品を商店のプラスワン商品に利用出来な
いか、杉並の農産物に杉並やさい等のブランド化が必要ではないかとの問いに、理解
を得る。
その他に、防犯カメラの質問を行う。
現在区内には、区が把握するカメラが1,945台ありそのうち区が助成する台数は
1,474台ある、カメラの台数が増える中、肖像権やプライバシーに関する問題を
質問したが、カメラのテープは監視はなく、事件等がなければ、2週間で自動的に録
画は消されているとの答えをもらい、将来的に中央監視室等も必要ないとの答えであ
った。

3月5日の質問は、環境基本計画について、始めにレジ袋に関して質問し、区内には
コンビニエンスが多く、そこから出されるレジ袋の数が多く、削減の難しさを示す。
脱石油社会、自然エネルギーの使用、太陽光発電が杉並区でも推奨され、国、都、区
各々の助成金の説明がある。
他に、厚生労働省が各自治体に通知した受動喫煙に、区がどの様なスタンスで望むの
か問う中、分煙の対策がまだ不十分との答えが返る。
区は、歩行禁煙やポイ捨てなど、現行、環境美化施策が中心であったが今後は、健康
面も含めた幅の広い施策となるのでマナー、モラルの提言を確り行うとの事。
久我山駅周辺にポイ捨てされる吸殻の削減に取り組む様、意見を述べた。
その後に、共感の輪を広げる施策で、骨髄バンク登録運動について、22年度の事業
目標を問い、積極的に支援を行うとの答えをもらう。

以上3回の質問の概略をお知らせいたしました。
私は、3月1日の質問のときに、今、社会は本当に変わらなくてはならない、地方から
本気で社会を変えなくてはならないと訴えました。
国政が揺らぎ、二大政党などと言っているが、片や支持率が下がり、片や支持率が上が
らず、国民の国政からの政治離れが本気で進んでしまう可能性があります。
政治の最前線は、私たち地方政治です。
地方から、本気で国を変えて行かなくてはならいと思います。



2010年02月28日 予算特別委員会

 杉並区第1回定例区議会、予算特別委員会が本日より始まりました。
初日の今日は、区民の方々が大変気に掛けている、減税基金条例の集中審議が行われ
ました。
この11年間、山田区長がリーダーシップを発揮し、推し進めてきた行財政改革の結
果が、減税基金条例を生み出した源であると私は理解しております。
景気の低迷が続く中で、委員会では、様々な意見質問が続きました。
構想自体は理解出来るが、今、厳しい社会情勢が目の前にある、そこへ予算をつぎ込
むべきとの声、福祉、教育へつぎ込むべきとの声、構想自体が今の社会に受け入れら
れないとの声、賛成を示す議員からも条例に付帯意見を付けるべきとの声が上がって
おります。
行革を先行し、結果を出した杉並区の一人勝ちのパフォーマスで、他自治体が受け入
れないのではとの声等、様々声が上がりました。
私は、今、社会が様々な変化を勇気を持って、示して行かなくてはならない時と思って
いるのです。
この度の、減税基金条例も、現況の社会情勢、特に国政を見てみれば地方分権を進め
地方政治、地域から、本気で社会を変えていかなくてはならないと思うのです。




2010年02月24日 教育

 杉並区は、公立小学校と中学校を同一の敷地内に設けた一体型の校舎を利用して、
小中校の一貫教育を始めるべく、準備を進めております。
平成27年開始を目途にしております。
核家族化や少子化の対応策、義務教育の9年間で、小学校と中学校の垣根をより低く
して、連続性のある教育を目指す計画を進めております。
少子化の中、学校に、兄弟や姉妹を感じ合える事を求める施策の様にも思えます。
私が、所属する文教委員会で昨年視察に訪れた、京都市の御池小学校では一貫校と言
っても、施設内に保育園、小学校、中学校、介護施設のデイサービスセンターがあり、
正しく、家族を感じさせる施策と感心を致しました。
視察中の廊下で、車椅子に乗る高齢者と中学生が行き交う光景はほのぼのとしており
安心感を抱かされた思いを致しました。
又、校舎内には、京都、日本の文化を感じさせるお茶室があり、杉並区の新たな小中
一貫校にも地域の文化を感じさせる様な施設が出来ればとも思います。
入学したての1年生と中学3年生が同じ部屋で給食を食べたりしたらどうかなどと、
思ったりもします。
興味が湧く施策と思います。
新たな、施設は和泉地区に予定され、現在地域での話し合いが進められております。
まだ先の事になりますが、学校は○○学園と称され、○○学園小学部卒業、○○学園
中学部卒業となるとの事です。
教師も小学校と中学校を兼務することになり、小学校と中学校両方の授業を行うとの
事です。
小学校から中学校までの連続性のある部活動にも興味を感じるところです。
何よりも、魅力ある公立の小中一貫校づくりに期待を寄せるところです。  







2010年02月18日 タバコのポイ捨て

 杉並区内は全域で歩行喫煙と、タバコのポイ捨てが禁止されております。
人通りの多いところでは、歩行喫煙の危険性から、過料を取る地域もあります。
区内全域の歩行喫煙の禁止についての周知が足りない面もありますが、タバコを吸う
方には携帯の灰皿を用意してもらえればと思うのです。
喫煙者の当然の権利の様に吸殻を捨てて行く人を見かける時があります。
その人達も、本当は分かっているはずです。
歩行喫煙の禁止を知らなくても、タバコのポイ捨ての禁止はマナーとして誰もが、分か
っている事と思うのです。
ついうっかり、分かってはいるけど・・・と、様々な思いがあるのでしょうがタバコを
吸う人の勇気かな、と思います。
分かってはいるけど、中々出来ない事て日常生活の中に結構あります。
公園にあるゴミ箱が分別されているのに、みんな一緒に捨ててしまう、小さな紙くずも
鞄とかポケットに入れれば良いのに、いつの間にか手のひらから風に舞うように離れて
行ってしまう、やっぱり、一人ひとりの勇気かなと思います。
丁度良いところに灰皿やゴミ箱があることも必要かなと思う時もあります。





2010年02月14日 第1回定例区議会

 2月12日、金曜日から杉並区第1回定例区議会が始まりました。
金曜、土曜と2日間に渡り各会派の代表質問が行われました。
厳しい経済情勢が続く中、杉並区においても約60億円、歳入が減りました。
しかし、当区においては、この10年間断行されてきた、行財政改革の真価が発揮さ
れ、起債をせず、基金の繰り入れを行い、21年度対比106%の予算案が議会に上
程されました。
一般会計の予算規模は1,521億円になります。
この度の議会では、区民の皆様にご案内をして参りました、『減税基金条例』が上程
されております。
杉並100年の計が問われる議会でもあります。
議会は、明日より一般質問を3日間行い、その後、各常任委員会、特別委員会を行い
2月28日から3月11日まで予算特別委員会が開かれ、3月12日に閉会されます。
私は予算委員会において、区が予算編成方針に示している『魅力ある中学校づくり』
に関連し、中学校の部活動について質問を予定しております。
私が暮らす、久我山駅周辺のまちづくり、新設された『すぎ丸』の運行状況、まちの
安全を確保する為の電線類の埋設等、地域の暮らしの安全、安心を第一に、穏やかな
区民生活を目指し、まちに活力を求めて、予算委員会では行政に問いかけて参ります。







2010年02月04日 大変だけど生きよう。

 人が生きて行く道が、人生と思います。
中々、思う様に行かないのが人生の常と思います。
不景気の中で事業が思う様に進展せず、資金繰り等に困りはて絶望し、自ら人生を終
わらせてしまう。
暮らして行くのに、商売を続けて行くのに、事業を展開して行くのに、必要なお金だ
けで良いからと思っても、中々手元にお金が作れない、返済の目処も立たない中で、
お金を借りる事も出来ない・・・・。
私自身にも同様の事が起きる可能性があります。
人生のどん底に突き落とされてしまう悔しさは、想像を絶すると思います。

 自殺を一件でも少なくする為に、『相談』話を聞いてくれるところが必要とありま
した。
親身になって話を聞いてくれる場所、人生のよりどころが必要なのでしょう。
お金の問題等、様々な事がその場で解決出来なくとも、苦しんでいる人の声を受け止
める場所が必要なのでしょう。
話す事、聞いてもらう事を通して、生きる道を再確認してくれる人が一人でも増える
事を祈ります。

 厳しい社会状況が続きそうです。
互いに支え合う社会、共感をより大切にする地域づくりが大切と思います。

 

 





 


2010年01月29日 学校適正配置

 私は、現在、区議会において文教委員会に所属しております。
昨日、委員会が開かれ、学校適正配置に関する所管(教育委員会)からの報告があり
ました。
少子化に伴い、区内公立小中学校の児童や生徒の人数が減少し、各学年が1クラス以
下になった小中学校では、隣接する学校との統合に付いて地域で検討が始められ、最
善の統合がなされる様、議論が重ねられます。
校歌や校章の変更に始まり、通学路の決定、クラスの編成、様々なハードルを越え、
適正配置が進められてゆきます。
少人数の指導が謳われているのだから、規模の小さい学校のままでも良いのではとの
声も上がります。
今回は、永福南小学校が永福小学校に統合される検討が始まりました。
私は、この様な施策が社会変化の中で起きるのは致し方ない出来事と理解を致すとこ
ろです。
その、対象になる児童達に何らかの不安や負担が掛からぬ様、私は、文教委員会の一
委員として、しっかり対応して参ります。
子供、大人に関わらず、変化は、チャンスであると、私は、思います。
今まで、少し学校に通う事をためらっていた子供が、クラス替え等、生活環境に変化
が起きる事により好転する可能性が大きいと思うのです。
学校適正配置が後退と思われない様、変化がチャンスと成る様な施策であるべきと思
います。
そうある様に、「日々挑戦」をしてまいります。
















2010年01月23日 オリンピック

 私は、現在、幸運にも日本スポーツマンクラブに席を置いております。
日本が世界に誇る偉大なるスポーツマン古橋廣之進さんが会長を勤めておりましたが、
昨年急死され、その職務を副会長である岡野俊一郎さんが代行されております。
国内外のスポーツ界で活躍され、様々なキャリアを積まれておられる先陣達の一挙手
一投足を見逃さずにとの思いでおります。

 先日20日に、スポーツマンクラブにおいて、バンクバーオリンピック選手団長を
勤められる、橋本聖子さんの講演会が開かれました。
メダルを期待される中、橋本団長は勝敗を抜きにして、一選手がオリンピックに如何
に臨むか、逆に、勝敗にこだわる中でオリンピックをどう考えるか、様々な思いを語
られました。
それらの締め括りの言葉に「スポーツは教育である。」と明言され、感銘を受けました。
又、橋本団長の現役当時の話をされ、大会間際に体調を崩し、病院に入院し、心閉ざ
された中、リハビリを行い、その場に居合わせたパラリンピックに挑む選手のリハビ
リを目の当たりにし、自分の小ささに気付いたとの言葉の、話し方と声に、当時、弛
まぬ努力と精進を続けていた、橋本選手の真実の声を、今、聞く事が出来た様に思い
ました。
人は、それぞれに、様々な運命を背負い生きている・・・素晴らしきかな人生。

 





2010年01月12日 成人式

 昨日、杉並区が主宰する成人式に出席を致しました。
平成生まれ、最初の成人式でした。
少子化が進み、全国の成人も130万人を始めて下回ったとの事でした。
核家族化が進む都会生活の中で、自分勝手、他人への思いやりに欠ける等と、少なか
らず、社会の批判を受けながら育ってきた新成人達を、本当にそうなのかと疑問に思
うところもあります。
社会の変化の中で起きた一面もあり、当人達には不満もあるのではと思います。
その様に思う私なのですが、昨日は区長の挨拶が続く中で、会場からは、話し声や笑
い声が聞こえます。
人生のけじめの意義ある時に、子供ぽさが出ている様に感じました。
人の話を真剣に聞く事が、周囲に対して恥ずかしく、わざとはしゃいでいる様いも思
えるのです。
昨日の会場には、その様な連鎖が起こり、ザワザワしていた様に思います。
只、黙って人の話を聞けと言うつもりはありません。
そんな、照れ隠しみたいな事は早く卒業しなくてはならないと思うのです。
それこそ、そこが大人にならなくてはならないところと思うのです。
「勇気を持つ事。」その一言に尽きると私は思います。






2010年01月09日 学童クラブ

 昨年、不況の中、収入が少なくなった事を理由に、小さなお子さんを抱える家庭で
共働きが急増し、保育園の需要が追いつかなくなり、杉並区も緊急経済対策の中に、
保育園の増設を盛り込みましたが、解決にはまだ時間が必要とされております。
保育園の待機児対策と同様に、小学生の放課後対策も緊急を要するところと成りました。
既設の学童クラブが手狭な状態になっている所もあり、子供たちの安心、安全の施策を
しっかり築き守らねばならないと思うところです。
区も、税収が減る中で、学童クラブの新設も容易ではないと思われます。
例えば、地域の育成会等が学校の空き教室等を利用して運営する手づくりクラブや、認
証保育所の様に、思い切って民間事業者が小学生の放課後の安心・安全対策に関わる
事も、必要とされるのではと思うところです。
2月中旬より始まる議会で、質問を行いたいと思っております。


2010年01月06日 お詫びと反省

 私は、杉並区議会において、杉並自民議員倶楽部に所属をしております。
昨年末、私共の会派で区民の皆様に会派の区政報告を新聞折込で配布をいたしました。
その中に、区が検討を進めております『減税自治体基金条例』に関するアンケートを
掲載し、多くの区民の皆様からご返事を頂いた中に、私宛に一筆、お叱りのご意見が
ございました。
内容は、区内の狭い道路の電柱の埋設(電線類の埋設)に関して、地域の方から埋設
の施策を進める様、お話を頂く中で、その後の活動報告がおざなりになってしまった
事へのお叱りでした。
大変申し訳なく、アンケートが何方からのものか分からないので、ホームページをもし
見て頂いているのであればと思い、書き込みを致しました。
又、地域の皆様から頂いた、ご意見には直接お話をしなくてはならないと思っている
中で、失礼があった事に深く反省を致しております。
お叱りを頂きました事を、真摯に受け止め、以後、地域の皆様への区政報告をしっかり
行って参ります。
宜しくお願い申し上げます。
電柱の埋設(電線類の埋設)につきましては、昨年の予算委員会等に置いて、機会のあ
る折に質問を継続して参りました。
特に久我山地域において、すぎ丸を運行する道路については特段の配慮が必要と、
昨年、決算委員会の意見開陳において、強く区に申し入れを行いました。
次回の予算委員会においても、継続してこの問題に関しましては質問を致します。
特に、久我山駅北口周辺では、東京電力の協力や国の補助金等を活用した無電柱化(電
線類の埋設)の実施の話が進んでおりましたが、社会情勢の変化の中でその計画が中止
されてしまった経緯もあり、誠に申し訳なく思っております。
区の政策経営部には会派を通して無電柱化(電線類の埋設)に関する予算要望を随時提
出しており、22年度の予算要望ではAランクに入っておりますので、久我山地区にお
いて施策の実施が行われる様、努力をして参ります。
合わせて、区内の幅員が狭く交通量の多い道路で、無電柱化(電線類の埋設)が進めら
れる様、技術的な問題に関しても、予算委員会等で質問を継続して参ります。
何卒、ご理解を賜ります様、ご報告を申し上げます。





2010年01月02日 晴天

 2010年、新しい年が始まりました。
大晦日に、大変強い風が吹きましたが、元旦と本日は穏やかな日和です。
本日午前中から昼を挟んで、妻と二人で、神奈川県登戸にある、私共の先祖を御祭り
するお社にお伺い致しました。
帰り掛けに、多摩川の堤防を少し歩いてきました。
穏やかな日和に、ゆっくりと散歩をする人達と出会い、凧を揚げる人もおり、その光
景は正月の恒例映画であった「寅さん」を彷彿させるところがあり、江戸川と多摩川
の違いはありますが、急に、懐かしく思いました。
私が、「寅さん」の映画で好きなところは、何時も、寅さんの実家「とらや」の家族が、
事あるごとに、一家総出、家族総出になる場面が沢山スクリーンに描き出されるところ
です。
喜び、悲しみ、悩み、人生の戸惑い、恋愛、怒り、何時も家族が共通の出来事として、
問題を分かち合っている様子が私は好きです。
本年も、心、温かな一年であります様に!、宜しくお願い申し上げます。


2009年12月31日 大晦日

 大変、風の強い一日でした。
現在の時刻は12月31日午後5時52分です。
後、数時間で2010年に変わります。
28日の午後と本日の夕方、久我山のまちかどで区政報告を致しました。
会社も休みになり、朝駅頭の活動で出勤途中にお会いする方も、普段着でご家族と
楽しげに歩かれ、年末の慌ただしさはあるものの、ほのぼのとした雰囲気が伝わって
来ます。
地域の安全、安心を築く事、地域の活力を築く事の大切さを年末の活動を通して、改
めて感じ取りました。
又、地域の代弁者として、地域の皆様から声を寄せて頂き、議会と行政に、その声を
しっかり届けなくてはならないと、強く感じました。
2010年は、減税自治体構想の議論が進められる年となります。
しっかり、地域の声を集め、議会に臨みます。


2009年12月29日 御用納め

 12月28日御用納め、平成21年の杉並区役所の業務は一応終了しました。
区議会も、事務局が業務を終了しました。
各議員もお正月に向け、各選挙区で活動をしております。

私も、駅頭での朝のご挨拶を終了しました。
御用納め当日の朝は、駅を利用して出勤する方々も大分少なく感じました。
朝、駅頭で、ご挨拶をする時に一番に思う事は、地域の安全と安心をしっかり築き、
それを守る事であると思います。
又、私の前を通り通学する子供を見送る時に思う事は、『大らか』に育てと思います。

世界的な経済不況が続く中での平成21年も、今日を含めて後3日、家族、地域の皆様、
この一年、様々な活動を通してお知り合いになり、お付き合いを頂いた皆様に感謝を
申し上げます。
有り難うございました。


2009年12月25日 頑張る!

 今、社会では鳩山首相の政治資金について、様々な記事が新聞等に掲載されています。
鳩山首相は、確か「国民は我慢強い」と発言をしたと、私は記憶をしております。
社会は、此処数年来経済状況は下降線を辿り、税収も減っております。
しかし、その様な中で、国民は頑張っている、我慢をしている訳でなく、不況と言う二
文字に対して、最大限の努力と挑戦をしていると、私は思うのです。
何をもって我慢なのか、前向きに頑張る国民に対して何故、我慢と言う二文字を使うのか、
残念に思うのです。



2009年12月23日 平成21年 杉並区10大ニュース

 12月も残す処あと僅かとなりました。
杉並区、区政に関する10大ニュースが発表されましたので、お伝えします。
1、 減税自治体構想の推進 (1月〜)
2、 ゴミ処理施設、杉並中継所廃止 (3月)
3、 緊急待機児対策として区保育室8ケ所を開設 (4月〜)
4、 新型インフルエンザの対応 (4月〜)
5、 座、高円寺会館 (5月)
6、 なみすけ商品券発売 (5月)
7、 角川庭園、幼戯山房、すぎなみ詩歌館の開園 (5月)
8、 路上喫煙に対する過料徴収の実施 (10月)
9、 長寿応援ポイント事業の開始 (10月)
10、杉並らしさが輝く条例の制定と改正
   ・景観条例の制定(7月)
   ・杉並区立子供園条例の制定 (12月) 
   ・杉並区民等の意見提出手続に関する条例の制定 (12月)
   ・まちづくり条例の改正 (3月)
   ・杉並区自治基本条例の改正 (12月)

以上が今年の10大ニュースとして上げられました。
最初に上げられた、減税自治体構想は22年の第一回定例議会で上程されます。
山田区長の念願が叶うか否か、激論が予想される処です。
私は、この案件には肯定的に取り組んで参ります。
しかし、社会情勢を鑑みれば、議論をしっかり尽くす事が大切と思います。


2009年12月18日 みどり

 東京、そして私達が暮らす杉並区、みどりの在り方に変化が表れています。
私が住む久我山でもみどりのあり方が変わり、雑木林や竹やぶが住宅地として生まれ
変わっています。
都市部では、社会の様々な変化の中で、みどりのあり方も変わらざるおえない事と
思います。
みどりが消えてしまった訳では無く、時代と共に変化する都市部のみどりの在り方を
如何に受け入れていくかだと思うのです。
今、以上に「みどり豊かな杉並」の標語が生きる様、新しいみどりの在り方を行政に問
い掛けて参ります。
山田区長が、積極的に提唱する連続性のある生垣作りもその一環と思います。
西荻北に残したトトロの木の様に保存を含め、まちの中に、立ち止まってほっと一息
つけるポケットパークの様な場所も必要と思います。
様々な、新しいみどりのあり方を問い掛けてまいります。



2009年12月15日 中学生区議会

 本日、杉並区議会議場において、区内中学生による区議会が開かれました。
私は、傍聴席から中学生区議会の様子を見させてもらいました。
中学生の目を通して、区民生活の疑問点を行政に質問をしておりました。
レジ袋、ごみ集積所のカラス、路上喫煙、新型インフル予防接種、自転車運転マナー、
等など、熱心な質疑が行われました。
想像以上に、日常生活に中学生の目が向いている事に驚きました。
終わりに、中学生による宣言が上程され、『人と人を結ぶ絆』に付いて様々な意見が
出され、中学生が地域との絆を求める声の中に、地域のお祭りやイベントに自分達が、
積極的に関わってゆきたいとの思いを寄せており、感心を致しました。
その思いが、実を結ぶ様、私も積極的に応援をしてゆきたく思いました。
地域と連携する学校支援本部の役割が今後益々、重要になると思いました。


2009年12月13日 杉並区中学校対抗駅伝大会

 本日、区内中学生の駅伝大会がありました。
区立中学、私立中学2校と交流協定を結んだ青梅市からも男女各1校が参加。
男子26チーム、女子25チームが走りました。
大会も10回目を迎え、杉並舞祭りに参加した二つのチームが踊りを披露し
花を添えました。

この大会を見て何時も思う事があります。
陸上部に所属してこの駅伝の為に練習をしているチームが稀で、各学校の選抜
チームが挑戦している事が大会を盛り上げていると思うのです。
各選手が、型にはまらず個性的に走る姿が印象的です。
意外性、バランス、力感、直向き、様々な印象を披露して走りぬけていく生徒達
の姿は、見ていて気持ちがいいです。
陸上競技に限らず、様々なスポーツを通して世界に飛び出し挑戦する生徒達がい
れば良いのにと・・・・思いながら閉会式に参加し、入賞した生徒達にメダルの
授与をさせて頂きました。
私は、若い頃に競技スポーツの世界に身を置いておりました。
スポーツを通して、夢を叶える為に挑戦する気持ちの大切さや情熱を、多くの
子供達に伝えたいと思うところです


2009年12月11日 学校給食

 本日、私の所属する文教委員会で学校給食に関する視察があり、給食に関する
様々な取り組みの説明を受けました。
アレルギーの児童に出す代替食で、ピーナツバターにアレルギーのある児童に代
替食できな粉を利用したクリームは中々です。
地産地消に取り組む地域農家から季節の野菜を仕入れて料理した里芋のコロッケ
は美味しかったです。
杉並区が取り組む、民間委託業者の給食を試食しましたがとても美味しく、味付
けも工夫されていました。
かぼちゃ等も、少しカレー味を付けるなどして子供たちには人気があるとの事です。
ご飯を入れる飯椀も以前はアルミやプラスチックでしたが現在は瀬戸物でお箸も
中々上質なものを利用しており時代の流れを感じました。
至れり尽くせりと思わせるような給食が、栄養士さんや職場の皆様の努力で提供さ
れていると強く感じて、視察を終えました。


2009年12月09日 杉並区減税自治体構想

 今晩は、山田区長が提唱する減税自治体構想が現実味をおび、
来年の第一回定例区議会に上程される事になると思われます。
区長在籍10年で行財政改革を断行し、区職員の削減、民営化、
教育改革、行政サービスの充実、そして約900億の借金を、限りなく
0に近づけました。
この10年間、返済に充て来た分を今後は積み増し、その運用益を減税、
或いは、大災害等の復興費用等に充てるもので、山田流行革は最終章に
差し掛かった様に見えるが、そこが山田流行革の始まりの様に思われます。
厳しい社会情勢の中での減税構想なので、今、その積み立て分を生かすべきとの声も、
決して間違いではなく、議論が重ねられる事と思います。
次回定例議会までの間、私もこの構想に関する勉強を重ねて参ります。


2009年12月09日 第4回定例区議会 最終日

 12月8日に区議会の最終日を迎えました。
この度の議会では、昨日もお知らせしましたが、幼保一元化による子供園の実施と区の憲法とも言える杉並区自治基本条例の改正と思います。
今、社会は疲弊感が増しております。
国より、地方議会から国を変えて行く様な元気が必要と思います。
しっかり、地域の安心と安全を作り上げる事です。


2009年12月07日 杉並区自治基本条例の見直し

 本日は開催中の定例会において、杉並区自治基本条例の見直しに関する、
特別委員会が開催されました。
平成14年に東京23区のトップを切って制定された自治基本条例の見直しが行われ、
区民生活の安全、安心の為に危機管理の改正や議会に関する改正の質疑が行われ、
私も、質問に立ち、議会の改正に関する質問を行いました。
区民の憲法とも言える自治基本条例を充実させ、更なる杉並区民の生活向上の為、
議会活動に力を注いで参ります。
皆様の区政に関する質問や、地域に関する疑問等ありましたら、ホームページ
『熊さんの瓦版』お問合せでご返信下さい。


2009年12月5日 新コンテンツ 『熊さんの一言』

 お世話になります。
熊さんこと大熊昌巳です。
この度、私の日々の思いをいち早く皆様にお伝えする為、
新コンテンツ『熊さんの一言』を始めました。
宜しくお願いします。

区議会は、現在、第4回定例区議会の期間中です。
本日の朝刊紙面に「幼保一元化」の見出しが有りました。
私が、区議会で所属する文教委員会では、杉並区独自の幼保一元化の検討がされ、区立幼稚園を段階的に一元化し区独自の「子供園」の実施に向け、委員会で賛成の採択がされました。
幼児教育の新しい選択肢が増えました。